第6球:4月21日 金曜日 午前7時30分
芝桜高校1年A組の祖師ヶ谷大蔵進は、いつもクラスで一番早く登校する。
特に大きな理由があるわけではない。強いて言うなら、彼の性格的な問題だ。
毎日決まった時間に起き、テキパキと朝食を済ませ、さっさと家を出る、一種のルーティーンのようなものだった。
制服の着こなしも校則にしっかりと従っていて、髪の毛もセットされている。
祖師ヶ谷大蔵進という人間は、そういう真面目な性格なのであった。
午前7時30分、一部の教師と事務員しかいない校舎に祖師ヶ谷大蔵は入った。
そして教師のドアの前でふと立ち止まった。
祖師ヶ谷大蔵は教室の電気がついていることに気がついた。
入学して約2週間、毎日教室の電気をつけるのは、いつも祖師ヶ谷大蔵だった。
−珍しい。今日は、もう誰か来ているのか。−
教室のドアを開けると、佐倉南が祖師ヶ谷大蔵の席に座っていた。
「おはよう!」
「おはよう。佐倉さん、今日は早いね。」
「ちょっと祖師ヶ谷大蔵君に用事があってさ!」
「僕に?」
「うん。どうしても、祖師ヶ谷大蔵君とふたりきりで話したくて。
いつも、早く来てるから、今日も来るかなって。」
「それは…まぁ…うん。」
「いつも、早く来て何してるの?」
「適当に…本、読んでる。」
自分の席に座っている佐倉を見下ろしながら、
祖師ヶ谷大蔵の鼓動は、少しずつ早くなっていた。
「本好きなんだ。なんか…本読む人ってカッコいいよね。」
佐倉の口から出た「カッコいい」という言葉で、
祖師ヶ谷大蔵の鼓動はさらに早くなった。
「それで、俺に用事って…なに?」
「あのね…。」
座っていた佐倉が立ち上がった。
その距離感の近さに、思わず祖師ヶ谷大蔵は一歩下がってしまった。
「祖師ヶ谷大蔵君…結構身長大きいんだね…。」
佐倉からシャンプーの良い匂いがする。
祖師ヶ谷大蔵の鼓動はもはや、バスドラムを叩いているかのようにドン、ドンと強くなっていた。
「あのね…。」
他の生徒が続々と登校して来たのは午前8時ごろ。
それまで佐倉と祖師ヶ谷大蔵は、ふたりきりの時間を教室で過ごした。