第3球:スローボール
佐倉の投げる球を受けながら栄川は、大きく息を吐いた。
3人の上級生との1打席勝負を申し出た佐倉が、どれほどの球を投げるのか正直期待していたところがあったのだが、
投球練習で投げる球を受ける限り、その球速は良くて90キロ程度。
名門とは大きくかけ離れたこの芝桜高校野球部の部員ですら、この程度の球をフェアゾーンに打ち返すのは簡単なことだ。
「じゃあ、まず大西から。」
「あっ、先生。」
「どうした?」
「マスクだけでいいんですか?」
栄川はキャッチャー用のプロテクターやレガースをつけていなかった。
「ん? まぁ、大丈夫だよ。」
そう言って座り、キャッチャーミットのポケットの部分を2回、パンパンと叩いた。
「ま、初球で打ち返しますよ。」
座った栄川にしか聞こえない小さな声で、大西が呟いた。
「じゃあ、お願いします。」
佐倉は、胸の位置にグローブを構えると、大きく振りかぶった。
ゆったり左足が上がる。
右腕のテイクバックは小さめだ。
そして放たれたボールは、投球練習とほぼ同じ急速に感じられた。
「なめんなって!」
大西のフルスイングが風を切った。
低めに決まり、ワンバウンドになったボールを、栄川は捕球できなかった。
「ワンストライク、ですね。」
佐倉はかわいらしくマウンドで笑った。
2球目、3球目も華奢な右腕が投げたボールは、80キロ程度の球速のスローボールに見えた。
大西はそのスローボールをバットで捉えることができず、たった3球で三振となってしまった。
さらに、栄川が捕球できたのは最後の3球目だけだった。
「松岡幸三です。よろしく。」
「お願いします。」
爽やかに挨拶したふたり目の打者・松岡に対しての初球も、同じくスローボールだった。
大きくフルスイングしたものの、バットには当たらず、
ボールはバックネットのフェンスに当たって止まった。
「先生、ちゃんと取りなよ! スローボールじゃん!」
大西が小馬鹿にするように言った。
「バカ野郎、こりゃ、ただのスローボールじゃないよ。今のボールではっきりわかった。
松岡、お前にはこの球は打てないよ。そして、俺は防具をつけたい! ちょっとタイム!」
結局、松岡も3球三振。
プロテクターとレガースをつけた栄川は、体に当てながら佐倉の投げるボールを止めた。
次に打席に入ったのは、矢作雄二。芝桜高校野球部のキャプテンだ。
一番の実力者であり、ポジションはキャッチャーである彼は、佐倉の投げるボールの正体に、察しがついていた。
「先生。」
佐倉が投球モーションに入った時、
矢作は少し楽しそうに栄川に話しかけた。
「どうした。」
「このピッチャー、とんでもないピッチャーかもしれないですよ。」
「ああ、ちょっととんでもないな。」
矢作の打席結果は、見事な空振り三振だった。