長い髪
小学校の中からは、楽しげに遊ぶ生徒の声がする。
放課後は、校庭でドッヂボールや鉄棒の練習をする児童が多い。
ひとりの女の子が、金髪の長い髪を振り乱している。
後ろで結んでいたが、緩んできたので解いてしまったようだ。
男の子がいたずらで、長い髪を後ろから引っ張る。
女の子が怒って振り向くが、男の子は逃げていく。
女の子達はグループで男子の悪口を言い、
また逆上がりの練習に戻った。
先日引っ越してきたばかりのその女の子は、
真っ先に男子生徒の標的になりかけた。
染めているとはいえ、金髪は珍しかったのだ。
規則の緩い学校で、地方の私立ではあるが、
校風が気持ちよく、いじめや暴力の雰囲気もないので、
ほとんど非行に走る子がいないのが校長の自慢だった。
のどかに日が過ぎてゆくかと思われた。
金髪の女の子は家に帰り、
長い髪をもて遊びながら、母親に今日の出来事を報告した。
「さっきね、クラスの男子が髪を引っ張ったんだよ」
母親はうんうんと聞き流している。
「そう。言いたいことがあったら相手にちゃんと言うのよ」
その男の子に好かれているだけかもしれないし、
ただの悪ふざけかもしれないわね。
しかし、これが凶兆とは誰も気づかなかった。
次の日、クラスの皆は驚愕した。
いつもポニーテールにしている彼女の髪が、
短くおかっぱに切りそろえられている。
気分を変えたくて、自分で鋏を入れたようだ。
担任の先生もびっくりしたが、顔に出さず、
朝の出欠を取っていく。
昨日の男の子がこっそり女の子に質問した。
「なんで切ったの?」
「うっとおしいから」
自分が変われると思ったから。
似合わない髪形に、はあっとため息がこぼれた。
母親も動揺していた。
女の子の髪を伸ばしていたことには理由がある。
いつか、長くなりすぎた髪の毛を切る時に、
医療用かつらとして寄付したいと思っていたのだ。
そして可愛い盛りの女の子との、
ささやかで美しい思い出にしたかった。
まさか自分で切ってしまうとは思わなかった。
キッチンのゴミ箱に、娘の金髪が散らばっている。
思っていたより、まだまだ長さが足りなかった。
母親は呻いて座り込んだ。
見る間に天使の姿を取り、天界へ向かう。
切られた髪の毛を掴んだまま。
天界では、天使達を使役する神が待っていた。
長い白髪と髭をたくわえたおじいさんである。
「期限内のノルマが達成できなかったようだね」
神が鋭く言い放つ。
「人助けの為にも、もっと長さが必要だったのに」
「申し訳ありません。わたくしは……」
「これからは他の天使に任せる」
短い金髪を受け取らず、神は踵を返した。
神は一人になったところでこう言った。
「やれやれ、使えないな。
やはり人間界は駄目な所だ。
せっかく運命の計画があったのに」
下界では、病気の子どもが天に召されている様子が見える。
その頭には毛髪が無かった。
その他にも、この病気と闘う子ども達がたくさんいる。
その内の一人にあの長い髪を提供し、
慈善事業を通じて病気の子に役立ててもらうつもりだった。
天界は他にも、誠意ある人と共に、様々な形で人間を助けている。
「あの学校の男子にも一仕事してもらおう」
神はそう言って、下界の小学校を指差した。
その先では、あの男の子が遊んでいた。
神はその子を、将来は大物になるだろうが、
ゆくゆくはあの病気になるように、運命を作り変えてしまった。
そうすれば髪のありがたみも分かるだろう。
近所のサラリーマンの髪型も眺めて悦に入る。
そして、人生最大の拷問ともいえる、
髪が抜け落ちる無限地獄を楽しむが良い。
神は残酷に笑った。
本当の怪談は、ここから始まる……




