あなたも同じなんですか
「ああ、来た」
食堂では、フォルセティが本を読んでいた。ハムエッグやトースト、スープなどが緑のテーブルクロスの上に並んでいる。
「あの、あちらの方は」
少女はもう一人、既に食べ始めている少年に目を向けた。その少年は少女に気付いて、パンを食べる手を止め、ナフキンで手を拭いた。
「お前がフォルセティの言っていた奴か」
「え?」
「ああ、話をさせてもらったんだ。勝手にごめんね。でも必要なことだと思ってさ」フォルセティは本を畳んだ。「紹介するよ、こいつはウッル。ここの居候だね」
「居候とは無礼な言い方だな」
「他になんて言ったらいいんだよ。住み着くのを許した覚えもないんだけど」
「お前が許さずともフリーンの許可は得ている」
「……うん、こういう奴だよ」フォルセティは少女に向いて言った。呆れた表情をしている。少女は頷いてみせた。一方のウッルという少年は気にする素振りもみせない。
ウッルは鋭い目をしていた。雰囲気もどこか冷たい。少女が不安げにウッルを見ていると、彼と目があった。すると、ウッルは立ち上がった。
「そうだな、紅茶を淹れてやろう。何か好きな種はあるか?」
「えっ……好きな紅茶……ですか?」
「ああ。大体のものはここにあるだろう」
「ええと……あまり、詳しくはないのですけど、アールグレイでしょうか」
「アールグレイか」ウッルは戸棚を開けて、小さな箱を取り出した。静かに、ゆっくりとなめらかな手捌きで紅茶を淹れる。
「座りなよ」とフォルセティは彼の隣の椅子を引いた。それから少女に耳打ちをする。「無骨な奴ではあるけど、あいつの紅茶はおいしいよ」
「そうなんですか。こんなことを言っては悪いのですが、ちょっと意外ですね」
「ボクもたまに思う。でも紅茶に関しての話をするときだけは素直に嬉しそうな顔をする」
フォルセティはウッルが入れたと思しき紅茶をすする。
ほどなくして少女の前にもカップとソーサー、紅茶のポットが置かれた。白いティーカップの淵には、輪切りのレモンが添えてある。ほのかな柑橘系の香りに、少女は微笑んだ。
「あら、すごく美味しそうです。いい香りですね」
「ああ。ベルガモットの香りだな。癖はあるが、一度好きになった人間にはたまらない」ウッルはかすかに笑った。洗練された老紳士のような、知的で上品な笑みである。
「あとそのレモンはハチミツ漬けだが、一緒に食べるかは好みだな。別に食べる奴もいるし、カップの中に沈める奴もいる。そもそも私の趣味だ」
「ようは好きに飲めばいいってことさ」フォルセティは言う。
「そうだな。作法はあるにはあるが、それより楽しむことが一番だ」
話を聞きながら、この人は紅茶が好きなんだなあ、と少女はなぜか誇らしい気持ちになった。紅茶を前にした彼は、一変して和やかな雰囲気になる。少しの時間でもそれは汲みとれた。
「とりあえず食べな。お腹空いてる?」
「ああ、はい」
フォルセティに促され、いただきますと言って、目の前のパンのカゴからデニッシュを取った。
「おいしいですね。……前にいつ食べたかわからないのですが、すごく久しぶりな気がします」
「そうか、うん、いくらでも食べて大丈夫さ。たくさんあるしね」
「おいフォルセティ、そこのドレッシングを」テーブルの向かい側のウッルが言う。
「投げていいかな」
「ここまで投げられるのか?お前が?」
「ああ、こいつ殺したい……」フォルセティは忌々しそうに、ドレッシングの入った容器をウッルの近くへ荒々しく置いた。
「えっと、聞いていいことなのかわかりませんけど……お二人ってどういう関係なんですか?」
「主人と居候だよ」フォルセティが言う。「記憶を無くしてから、家が爆発したっつーから泊めたんだけど、そのまま定住しやがったんだよね」
「ば、爆発って!?」
「うん、ここからあまり離れてはいないけど……」
「人聞き悪いな。私は使用人の好意を受けただけだ」
「ちょっとキミ黙ってて」
「ふん」
フォルセティは咳払いをした。「簡単に言うと、家がなくてうろうろしてたウッルを拾ったって、そんな感じさ」
「あの、一つ、いいですか?」
「うん?」
「……ウッルさんも、同じ、なんですか?」
フォルセティもウッルも、一瞬はっとしたような顔になった。少女は撤回しかけたが、フォルセティが手で合図して抑えた。
「そういうことだよ。奇妙な話だ。昨日、『あと二人いる』って言ったけど、そのうちの一人はこいつ、ウッルだ」
少女は、確かにすごい話だと思った。偶然ということなのだろうか。にしても出来すぎていないだろうか。ひょっとしたら、稀な事例でもないのだろうか――そんな考えを巡らせていた。