小さなご主人様
「お待たせしたかな」
よく通る声に少女は顔を上げた。そこにいたのは、ローズグレイのケープに身を包んだ、まだ若く端麗な美少年だった。声を聞かなければ女の子にさえ見える。
「ボクがこの家の主人、フォルセティ・グリトニルだ」
少女は戸惑いつつも立ち上がってお辞儀をした。フォルセティは微笑みながら、手で座るように合図をした。「いいさ、そんなにかしこまらなくても」
少女は無意識に長身の男性をイメージしていたから、いくら上品な印象であるとはいえ、背の低く中性的な姿の主人であるということに拍子抜けした。
「あの……フォルセティさん」
「うん?」
「あなたが、この家のご主人なんですか?」
フォルセティは小さく声を出して笑った。「まあね。そんな大層なもんでもないけど、一応主人ってことになるかな。よくイメージと違うって言われるよ」
「……すいません」
「別に気を遣わなくたっていいよ。初対面でもっとズケズケ言う人間は山ほどいるからね」フォルセティは苦々しい表情になって言った。
「さて。キミの話はさっきフリーンから聞いたんだけど……ああ、フリーンっていうのはさっきからいるメイドね。頭から変な白いの生えてるからわかると思うけど」
「あ、それ、気になりました」
「あれなんなんだろうね。ボクもよく知らないんだけど、触覚みたいなものらしいよ。ふにょふにょしてて気持ちがいい」
「そうなんですか」
「あとで触ってみればいいよ」
本当になんなんだろう、と少女は思った。
「えっと、なんだっけ、ああそう、キミの話だ。『記憶』を失くしたんだろう?」
当然のように言うフォルセティに対し、少女はぽかんと口を開けていた――正確に言えば、衝撃で何もものを言えなかった。そんなことはフリーンというメイドにも一度も口にしていないのだ。
「どうして、それを知ってるんですか」
「フリーンから聞いたんだ。あいつは特殊だからね……そのあたりはちょっと面倒な話だから、またいずれ話すけど。ともかく、キミが同じ境遇であることは間違いないと思う」
「同じ境遇?」
「うん。これまた奇妙な話だけど」焦らすように間を空けた。「なにぶん、ボクも、なのさ」