君の声あなたの声
初めはほとんど、二人の会話がありません。
深夜に煩く滅多に鳴らない固定電話が響く。初めは、眠いから無視する。だけど、煩くて枕に顔を埋めて、毛布で耳を塞ぐ。
やがて、留守番にかわって発信音の後に上擦った声で話す男の声が聞こえた。
「美智・・・すまない」
男は謝って直ぐ、電話を切った。美智瑠は、元カレかぁと半分寝た状態で、夢に誘われていった。翌朝、美智瑠は赤いランブがチカチカ光ってるのを見つけ、留守電を聞く。
「そう言えば、深夜に鳴ってたような」
美智瑠は、確か元カレじゃなかったか?と思いながら、機械声で一件のメッセージがあると話す電話に耳だけを傾けた。
『美智・・・すまない』
「誰?」
元カレじゃないと気付いた美智瑠は、もう一度メッセージを聞いた。
『美智・・・すまない』
二回、三回と繰り返し聞いてみたが知らない声。だが、美智瑠の事を美智と呼んで謝る為、知り合いなのかと思い出そうとするが、誰かわからない。
元彼や知り合いなら、固定電話より携帯に掛けて来るはず。ただの偶然で間違いだったのかもと、思い出せない結論から出た答えだった。留守電は直ぐに消して、美智瑠は何事も無く仕事に向かう。
「おはようございます」
「ああ、近藤君おはよう」
美智瑠はOLを大学卒業直ぐ就職して、五年間大手の企業に勤めていた。だが、そんなOL時代も昔の話でこの春から心機一転、カフェで働いている。
会社を辞めた理由はくだらない話だ、ばりばりのキャリアウーマンでも無く昇進も望んでいない影の様な存在で生きていた。
そんなある日、誰かが勘違いして他所の部署の課長と美智瑠が不倫してる噂が流れた。勿論ただの噂で根も葉もない噂だったのだが、その課長は部下と本当に不倫をしていたらしい。
それが何を間違ったのか、美智瑠と不倫をしてるとなってしまった。
そして何故か全く関係ない美智瑠だけが、会社を辞めさせられてしまった。しかも不倫していた課長は、美智瑠の事をストーカー呼びで被害者面までしていた。
元々辛気臭い所があったせいで、皆は課長の嘘を信じてしまったのだ。美智瑠も怒れば良かったのだが、馬鹿な事に簡単に辞表を出して辞めてしまう。友人には訴えてやれば良いのにと、美智瑠の分まで代りに怒って泣き、それで満足してしまったのだ。
今のカフェで働き初めて七ヶ月、一ヶ月半も経てば年が変わり数ヶ月後には二十八才になってしまう。
今年も彼氏無しの寂しいクリスマスに、年末年始は実家にも帰らず1LDKの狭いアパートに独りカウントダウンをするのだろう。
笑顔が少ないから接客業など無理だったが、この店は変わっていた。本当に味を楽しんでくれるそんな客が来て欲しいと、若い顔だけの子はいらない。そして真面目なら誰でも歓迎と、こんな無愛想な美智瑠でさえ雇ってくれた。
店長は男しか真面目な子は面接に来ないと、真面目な美智瑠を凄く歓迎してくれている。更に美人だから目の保養にもなると、たまにお世辞のセクハラまがいな発言もするが、優しい店長だ。
今日も一日、仕事を終えて帰宅。
のんびり過ごし夜の九時に風呂に入り、一時間かけて体をほぐしたらたっぷり顔に化粧水を塗りケアをする。あれこれやってる間に日付が変わって、二十四時過ぎ。美智瑠はそろそろ寝ようと、布団に入って目を瞑る。
プㇽㇽㇽㇽ..........
深夜に再び固定電話が鳴りだす。
『美智・・・すまない。だから、俺と話し合おう』
美智瑠と同じとも言える名前『美智』
男は間違えて再び美智瑠に電話をして、留守電に声を残す。昨日と同じ時間、午前二時十八分だ。こんな時間に、たとえ彼女だったとして非常識な男。
美智瑠は、何も知らないまま仕事が休みと言う事もあって昼近くまで寝ていた。留守電に気付いたのは、更に遅い夕方。
「また、間違い電話」
留守電を聞いて、昨日と同じだと知る。教えてあげようにも、深夜に電話を掛けて来る相手に付き合って起きてられない。だからと言って、毎日深夜に電話が鳴り響くのも困る。
美智瑠は考えた末、滅多に鳴らないのなら、電話線を抜くことに決めた。少々面倒だが、安眠の方が優先だと深夜の時間だけ電話線を抜いておく。
しかし、これがとんでもない事態になるとは、予想も出来ない。
あれから、一週間が経とうとしていた。
美智瑠は、電話線を抜いてから快適な安眠が守られていた。だが、何かを忘れている気がするのは、気のせいだろうか?
そんな事を考えながら、一週間ぶりの休日をのんびり過ごすはずだった。だが、それは突然の激しくドアを叩く音で、台無しになる。
何事だと思いながら、静かに玄関の方を見つめているとガチャガチャ音がし始める。一体何なんだと、思えばドアが開き、数人が入って来る音がする。
「お巡りさん、やっぱり可笑しいです」
「落ち着いて下さいお母さん」
「娘と連絡が取れなくなって一週間ですよ!?落ち着いていられません」
「それを今、調べる為に来たのですから落ち着いて」
玄関で騒いでる声に聞き覚えがあった。
美智瑠は、そっと玄関を隠れながら覗けば美智瑠の母、茂子に制服を着た二人の警察官と大家さんが立っていた。野次馬も数人覗いてる事に、美智瑠は出るに出れなかった。
警察官の二人が茂子をなだめ、中に入って来るので慌ててテレビの前に戻った。
「もしかして娘は事件に巻き込まれてしまったのですか?」
「だから落ち着いて下さい。・・・あれは娘さんですか?」
「娘、何処!何処にいるの?」
情緒不安定な感じで辺りを見渡す茂子。警察官の人が、少し呆れた様子で美智瑠の方を目だけで教えると、茂子が再び騒ぐ。
「美智瑠、一体何してるのよ!」
「何って、仕事が休みだから寛いでたんだけど」
「もう!居るなら居るって言いなさいよ。電話繋がらなくて心配したのよ」
美智瑠の固定電話が一週間繋がらないまま、茂子は不安になって警察に通報したと話す。美智瑠が『あっ!』と、思い出して電話線を抜いたままだった事を話した。
事情を説明した後、警察と大家に何度も謝り帰ってもらう。誰も居なくなったテレビの前で、漸く茂子は素をさらけ出した。
「あんた、いい加減にしてよ。繋がらないから通報しちゃったじゃない」
「それは貴女が勝手にした事であり、私には関係ありません」
「生意気な子ね、あんたの父親そっくり」
「貴女とは血が繋がってないのですから、似ていなくて当たり前です」
キッ!と美智瑠を睨み、これ以上は何も話す事がないと手を出して来る。美智瑠は当たり前の様に、鞄から財布を取り出してお金を渡す。
「たったこれだけ?」
「安定した職業は辞めてしまったので、今はこれが精一杯です」
「ふん、まあいいわ。じゃあ、今度はちゃんと連絡取れる様にしなさいよ」
(携帯に掛けてこればいいもの、馬鹿な人)
茂子はお金をあげれば、機嫌が良くなって帰って行った。美智瑠と茂子の関係、戸籍上では親子であり血の繋がらない母と子。二十年前、父親が茂子と再婚してからの付き合いで、数年前に美智瑠の父親が亡くなってから、お金をたかり始めた。
父親が事業を営んでいた事で、それなりに裕福な生活をして感覚が麻痺しているのだろう。父親が茂子の為に残したくれたお金さえ、あっという間に使い切ってしまう。
そして今まで世話してやったんだと、美智瑠からお金を定期的に渡すよう命じ、少しでも連絡が取れないと今みたいに騒ぎ出す。
茂子が帰った事を確認すると、固定電話の方へ向かい電話線を繋げる。滅多に鳴らない電話線を繋ぎ、溜息を長く吐く。すると、繋げて直ぐに電話が鳴り始め美智瑠は、ビクッと肩が動いて驚いてしまう。
(びっくりした。繋げた瞬間、鳴りだしたら心臓に悪いじゃない)
「もしもし」
『美智・・・美智なのか?良かった、繋がらないから心配してたんだ』
「あの」
『美智が怒るのも仕方ない、だけど話をしよう』
「あのですね、この間から間違い電話されてるの気付いてないでしょ」
え?と、不思議そうな声を出されてしまう。気づいていないのかと、逆に美智瑠も驚いた。
『そうなんですか?』
「はい、そうです」
『本当に?美智じゃないのか・・・』
「自分の彼女さんの声もわからないのですか?」
再度確認してきたが、きっぱり否定すると漸く諦めて電話を切った。数秒後、電話が鳴るのは勿論固定電話からで美智瑠は、まさかと思いながら出る。
『美智か?』
「・・・」
『美智だよな?』
「だから、美智は美智でも私はみ・ち・る!美智さんじゃありません」
ガチャっと激しく音を立てながら、受話器を置く。そして、またも電話が鳴りだすので冷静にならなければと、深呼吸して間を空けてから電話に出た。
「もしもし」
『あの、やっぱり美智じゃないですよね?』
「はい」
『君は本当に美智じゃないのか?』
何度言えばわかるんだと、美智は心の中で溜息を何度も吐く。どうして間違い電話と気付かないのか、美智は不思議でたまらなかった。
男は何度も質問してきたが、仕事で呼び出されてると慌てて電話を切る。騒がしい人だと、着信拒否設定でもしようか思い、問い合わせる事にした。
***
「お客様、調べた所海外からの履歴ですね」
丁度、契約先の会社が近場で直接来た。事情を説明して、調べてもらったところ海外からの電話だったと初めて知る。番号を調べてみると、ニューヨークでは知らない程の有名な大手企業からの着信だった。
(携帯からじゃなかったんだ)
「どうしますか?番号がわかるので、問い合わせて理由を聞く事も出来ますが」
「いえ、面倒だし正直深夜にかかって来るのは迷惑なんで」
「そうですか、では直ぐに着信拒否設定します」
設定されてから、美智瑠は気分転換に買い物をする。贅沢は出来ないが、毎月使える金額は確保してある為、今日は茂子の事もあって余計に何か買いたい気持ちになった。
何か買ってやろうと思う気持ちで、店を転々としたのだったが買いたい物が見つからなかった。休みだと言うのに、職場のカフェに行き珈琲を飲む事にした。
「あれ?美智瑠さん、休みなのになんで居るのさ」
「元木君、買い物しようかと思ったんだけど何にも見つからなかったから来ちゃった」
「折角の休みなのに、美智瑠さんてリア充してないね」
「ごめん・・・私おばさんだから、元木君の発言の意味わからない」
冷たい言い方と思いつつも、本当の事なので仕方ないと思う美智瑠。ある意味、純粋ですよねぇと元木に悪意のない笑いをされ、注文を聞いて去っていった。
飲み物がテーブルに来て、静かに本を読みながら過ごしていると突然、後ろから声を掛けられる。美智瑠は読みかけの本を一旦止め、後ろを振り向く。
そこには、高校三年生の一年間だけ一緒のクラスだった同級生がいた。もう少しで十年という年月、幼く感じた彼女は大人びていた。一年間だけのクラスメイト、十年も年月が経てば気付かない方が多い。
だが、美智瑠ははっきり覚えていた。それは美智瑠と似た様な名前で、男子から何かと比較されていたからだ。
「美智瑠でしょ?いやー偶然、久しぶり」
「どうも」
「何、まだ根暗やってるの?そんなんじゃ、男も出来ないよ」
げらげら笑う相手に、茂子や間違い電話の事で今日は厄日なのかと思えてきた。
別に根暗と言われて気分が良いわけじゃないが、本当の事だから気にしない。だが、彼女の見た目とは違う、下品な態度と正確に嫌気が差す。
「最近、知らない男から電話来ない?」
「はっ?」
「来ないなら良いんだけど、旅行で知り合った男が超イケメンで」
ダラダラ長い旅行の自慢話を勝手にし始めた。一体何が言いたいのかがわからず、黙って聞いてるフリしていた。
「で、お金持ってると思って滞在中は出してもらおうとしたら、超貧乏人だったのぉ」
語尾を伸ばしながら話す相手に、イラッとするが空気の存在と思うようにする。生々しい話などをしながら恥じらいはないのかと、品性を心底疑う。
「それで用済みだから別れたんだけど、しつこくて美智瑠の番号教えちゃったぁ」
テヘっと、アニメのヒロインがするような声を出し、舌を出す。可愛くないと思いながら、冷静に何で番号知ってるんだと考えていた。
考えてるのがわかったのか、共通の友人の友人のそのまた友人に聞いたらしく、悪気が無かったと話す。しつこいあまり、ニューヨーク在住で適当に住所を教え美智瑠の名前がぱっと浮かんで、思わず言ってしまったと言う。
それで相手に、わからない様ニューヨーク番号から美智瑠の固定電話に、転送される様やったらしい。
(絶対、わざと言ったんだ。厄介事は全部人に押し付ける癖は治ってない)
高校時代、名前がほぼ同じという理由で何かと話し掛けて来た。そして、都合が悪くなると名前間違いとか言いながら、美智瑠に面倒な事を全部振っていた。
これで何度も電話が掛かって来たのが、わかった。相手の男は騙されてるとも知らず、好きな女の為に何度も謝ろうと電話をしていたのだ。
だから、深夜の時間帯に掛かって来ていた理由も説明がつく。ニューヨークとの時差は約、十四時間きっと昼食休憩時間に掛けていたのだろう。
今更教えてあげようにも、着信拒否してしまったのだから仕方ない。相手もいずれは、騙されたと気付くだろう。しかし、目の前の相手はお金がない超貧乏人と言っていたが、有名な大手企業からの番号だった事は知っていた。
ただの偶然で全くの別人なのだろうかとも思ったが、美智と呼んでいたから多分本人のはずだと、美智瑠は気にしない事にした。
適当に話した後は、再びくだらない自慢話をし始め、美智瑠は右から左へ話を聞き流した。しばらく勝手に話していたと思えば、スッキリしたのか帰ると言って店を出る。
何も注文もせず、話したい事だけ話店を出る彼女に、一体何しに店に入ったのか意味がわからないと溜息が出てしまった。
そこに、元木が甘いアップルパイを出しお疲れ様と、励ましの言葉を掛けてくれる。レジに行き、アップル代金も払おうとすれば、サーブすと笑う元木。
売り上げはしっかりしなくては駄目と、財布からお金を出そうとすればメニューにないからと断られる。おやつに持って来ていたから気にしないでと、珈琲代金だけ受け取って仕事へ戻る。
(自然な行動に女は惚れちゃうわね。きっと、何にもの女を泣かしてきたんだわ)
◇◇◇
現在の時刻、午前二時十八分。一週間静かだった深夜に、再び固定電話が鳴りだし美智瑠はその音で目が覚める。留守電に切り替わり、無言で切れ美智瑠はゆっくり瞼を閉じる。
数秒後、再び鳴り始め又もや目が覚めてしまう。そして留守電に切り替わると、また無言で切れる。
そんな事を数回繰り返し、美智瑠は頭に来て次に掛かってきたら文句言ってやると完全に目が覚めてしまった。そして、同じように鳴りだす。
「ちょっと、誰だか知らないけどこんな深夜に電話なんて非常識でしょ!」
「えっ・・・すみません」
「あなたね、非常識な時間帯に電話して更に無言で留守電切るの止めてくれる?」
「あの、無言で切ったのは謝るけど深夜って?美智じゃないよね」
美智瑠は、名前を聞いてはっと思い出した。着信拒否したはずの、彼女に騙されて気付いていない馬鹿な男。どうして拒否したのに電話が掛かって来るんだと、混乱してしまう。
「美智はいないの?ルームメイトか何か?どうして電話が着信拒否される?」
本当に気付いていないのか、質問ばかりして来る。美智、美智と連呼する相手にイライラしてきて再び爆発してしまう。
「あなた、自分が騙されてるって気付いてないの?」
「何、いきなり」
「酷な事言うけど、あなた私の知人に騙されてるのよ」
「不躾な言い方だな、君は美智の何を知ってるの」
「はぁ、知らないって幸せね。あなたが掛けてる番号先、此処が何処かわかってる?日本よに・ほ・ん」
全部、本当の事を教えてやった。彼女の言葉が全部正しければの話だが、聞いた事全部話してあげると相手は黙ってしまう。
流石に怒りに任せて、言い過ぎただろうかと反省してしまうが急に相手が笑い出した。
「ははは、君って面白いね。良く、そんな嘘がベラベラ話せるもんだ」
「ふーん、じゃあ調べれば。とにかく、此処にあなたの知ってる美智さんは居ない」
二度と電話して来ないで!
そう、叫びバンと受話器を置く。その瞬間、隣からドン!と壁を叩かれ煩いと怒られてしまった。興奮した状態で眠り、深夜の影響で遅刻寸前の時間に起床、慌てて仕度する羽目になった。
(絶対、あの子とあの男呪ってやる)
必死に走り遅刻は免れ、ほっと安心する。だが、深夜の電話の事が頭から離れないで、苛立ちが治まらない。そもそも、彼女のせいのはずが自分にだけ迷惑掛かってるのが、許せない。
そう美智瑠は思うようになり、相手が可哀想かもなんて一瞬でも思った事を後悔する。その日の仕事は、客にまで心配されるほど苛立ちが隠れず、夕方には徐々に落ち着いた。
仕事が終わり帰り支度していれば、店長がストレス発散でもしに行くかと誘ってくれた。気を遣わせてしまった事に、何だか申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
それでも、店長の好意を申し訳なく思いながら断り、帰る。今は独り静かに、家で寛ぎたい気持ちだった。
深夜再び無い始めた電話に、美智瑠はいい加減にして欲しい気持ちで無視。留守電に切り替わり、しばらく無言が続いた。
また無言で留守電を切るつもりかと、毛布を頭まで被りイライラし始めればやっと話し始める。
『あの、昨日はsorry。君が言った通り、騙されていたよ』
(ほらみなさい!)
『知らなかったとはいえ、迷惑かけてしまった』
(そう思うなら、さっさと電話切って二度と掛けて来るな)
『怒ってるのは十分、痛い程わかってる。だから、ちゃんと謝りたい』
(謝罪はいらないから、もう電話しないでよ)
『また、電話する。電話越しだがちゃんと声を聴いて謝りたい』
(ちょっと、また電話する言ってなかった?)
今度は本当に電話を切ったようで、相手の声は聞こえなくなった。気のせいだろうか、留守電を再生するが最後の言葉は本当だった。
また、電話する。いつかはわからないが、深夜に掛かって来るのは迷惑だと常識の欠片が乏しくない事に、美智瑠は頭が痛くなる。
翌日の深夜、同じように鳴り始める電話。
体が朝だとでも言うかのように、さっと起きれてしまうのが怖く思える。このまま昼夜逆転、夜型人間になってしまいそうだ。
プㇽㇽㇽㇽ・・・暫くすれば、留守電に代り無言状態が数十秒。そして、昨日と同じように話し始め謝りたいから、電話に出て欲しいと願う。
相手の事は知らないが、お金は持っていないのはどうでもいい。だが、こんなにしつこいのなら美智留でさえ嫌になる。
とにかく出てくれるまで、電話すると切ろうとしていた所を美智瑠は慌てて出た。
「ちょ、ちょっと待った」
『君・・・良かった、美智みたいに出てくれないかと思った』
「いや、誰も出ないと思うけど」
『そんなに俺って嫌われてる?』
「否定はしないけど、こっち日本だってわかってる?時差知ってる?」
『日本、時差そっちは今・・・深夜時間だね。sorry』
「わかってくれればいいよ。それと、謝罪はもう留守電に聞いたし、電話は必要ないから」
それだけを言いたかったと、美智瑠が電話を切ろうとしたら突然大きな声で叫び出す相手に驚く。何事かと、電話を切らずに問いかければ、名前を知りたいと言ってきた。
二度と電話もしなければ、話す事もないのだから必要ないと断る。すると、勝手に調べて幼少期から何から何まで、調べても良いならと脅されてしまう。
そんな気持ち悪い事されたら気分が悪いと、渋々教える。だが、名前を教えた瞬間嘘は良くないと顔は見えないが、笑顔で怖い顔をしてるのが見えてくる気がした。
事実だと疑うなら、名前だけ調べてもいいと美智瑠も負けじと相手に対応した。信じたのかは不明だが、相手も名前を名乗る。別に聞きたいわけでも無かったが、勝手に教えて来るのだから仕方ない。
『俺の名前は、カイ・ぐれ・・』
「あー甲斐さんね。もう、眠たいから寝るんで切ります」
話途中なんだけどと、叫んでるのを無視して電話を切った。大きな欠伸をしながら、美智瑠は仕事に遅れない為にも早々に眠る。
これで電話は深夜に掛かって来ないと、安心しながら美智瑠は朝を迎え、仕事が休みの日まで安眠が確保されていた。
一週間ぶりの休みと、朝寝坊しようとわざと目覚ましをセットしなかったのに、思い掛けない相手によって起こされてしまう。
「は・・・い」
『あ、おはようって時間でも無いかな?こんにちは』
「あの、どちら様です?」
『え!?もしかして、俺忘れられてる。俺だよ、カイ・ぐれ』
「あーあの、しつこい甲斐さんね」
時刻を見れば、十時半過ぎだった。昼過ぎまで寝る予定だった美智瑠には、最悪な起こし方だ。
『時間は大丈夫だよね?ずっと電話したかったんだけど、仕事が忙しくて』
「気にしないで。綺麗に忘れていましたから」
『君は美智とは違って、coolだ。でも正直で気に入ったよ』
「・・・バカにしてるしか聞こえないわ。で、何の用事?早くして」
『用事という用事はないが、明日は仕事休みなんだ』
だから?
そう言いたくなるほど、どうでもいい話だった。カイの仕事が休みだから、向こうの時間では一晩中話せると意気込んでいた。
美智瑠も昼間で起きているから、話せれるはずだと勝手な言い分に美智瑠は意味がわからなかった。どうして間違い電話で知り合った男に、付き合って話し合いしなくちゃいけないのかと。
「甲斐さん、今日たまたま私の仕事お休みだったけど昼間は私だって働いてるの」
『そっか君も働いてるんだね!でもgood timing今日はいっぱい話せるよ』
「話す必要ないから切ります」
本気で鬱陶しいと思ってしまうそんな相手。カイの発言に美智瑠は無性に腹が立ち、睡眠を邪魔された事で余計にイライラする。
数秒後、再び電話が鳴る。電話線を抜いてやろうと思ったが、その間に茂子から連絡があっても困る。無視してやれば、留守電でぶつぶつ文句を言い始める。
決められた時間が過ぎ、勝手に留守電が切られると再び掛けて来る。そんな事の繰り返しで、仕方なく出る羽目に。
『お、やっと出てくれた』
「あなた何でそんなにしつこいの?まだ、彼女に未練あるの?そんな事しても、居場所知らないわ」
『えっと、美智の事は綺麗に諦めたよ。だけど、君とは何かの縁だ少しは仲良くしたいだろ』
「私は仲良くする気持ちないわ」
『君はいわゆる、ツンデレだな。日本はそんな言葉が、流行ってるんだろ』
「残念ね、私物凄くおばさんだからそんな言葉知らないわ」
何だかんだで話に付き合ってしまって、一時間が経過していた。渋るカイに、用事があるといって切らせる。話の中で少しだけ、面白い事もあってちょっとだけカイに好感を持った。
それからカイと、美智瑠の仕事が休み以外は数分だけの会話が、一ヵ月続いた。
『今度、日本に仕事へ行くんだ』
「そうなんだ」
『嬉しくないの?』
「何で?」
『君はcoolって知ってるけど、流石にその反応はキツイな』
日本へ来る日だけ教え、いつもは時間ギリギリまで話すカイが直ぐ切ってしまう。
(なんだったんだろう?流石に国際電話を、一ヵ月半してたら高いか)
彼女の言葉をふと思い出し、お金は大丈夫だろうかと心配してしまう。もしかしたら借金しているのかもしれないと、そこまでさせて電話したいわけでは無い。
次に電話が来たら、電話は止めようと思う。手紙にしないかと提案しようと、考えていたがそれからカイの電話は一回も来なかった。
悲しいわけじゃなかった。昔からこんな性格だった為、突然無視されたり音信不通になるのは普通だった。だが、カイとの出会いで確かに楽しい気持ちがあった。
寂しい気持ちが心の中にあると、美智瑠は気付かないでいるのと同時に、チクッとした痛みが何なのかわからずにいた。
それから、カイが日本へ仕事しに来る予定の前日ポストに真っ白な封筒があった。不思議に思いながら、中身を開けてみると、招待状だった。
『近藤美智瑠様。明日、十二月二十四日〇〇ホテルにて重大な発表があります』
悪戯だろうか?
差出人はカイ・グレディと書かれている。美智瑠は、カイの事を日本人だと思っていた。流暢な日本語と、カイというのが名前では無く、甲斐という名字と思い込んでいた。
覚えのない名前と、美智瑠はいつもの休日の過ごし方をしようとしていた。翌日、朝早くから呼び鈴が連呼され、眠たい思いをしながらドアを開ける。
「美智瑠様ですね。さあ、時間がありません急ぎましょう」
「え、な、何?誰?ちょ、何処行くの!?」
頭がボサボサ、上下スエットの状態で三人の怖い女性達に連れて行かれる。怖い女性とは、黒スーツにサングラス。チラッと腰から見えた拳銃を所持の、SPのような女版。
そして、誰もが美智瑠よりも背が高く外人だった。
(怖いんですけど・・・この人達なんなの!誘拐しても貧乏だから身代金でないよ!)
外に連れて行かれ、真っ黒な車に乗せられる。前方のガラス以外、全てが黒いガラスで外からは見えない様になっていた。そして、いきなり怖い女性の一人が美智瑠の腕を掴み始めて思わず、殺さないでと叫んでしまう。
すると、ふっと笑いながら安心して下さいと言われ、ネイルをし始める。へっと間抜けな声を出せば、黙々と女性達はネイルを塗ったり、化粧をし始めたりと大忙し。
そうやってあれこれしてる間に、目的の場所へ辿り着くと最後に黒を基調した綺麗なドレスを渡され、着替えさせられた。
車から出る時には、美しい大人の女性へとまるで、シンデレラの様な気分に美智瑠は驚くばかり。事情を聞いても何も説明をしてくれない女性達に、持ち上げて谷底に落とす様な真似されないか不安がよぎる。
「此方の会場です」
立派なハイヒールまで履かされ、見た目重そうなドアを軽く開ける。中に入れば、誰かがスピーチをしていて一部報道陣なのか、カメラが数台と外国人が沢山いた。
(な、なにこれ?)
呆然と立っていると、優しそうで紳士に見えるお爺さんが誘導してくれる。訳も分からず、言われるまま移動するとスピーチをしていた男性が、チラッと美智瑠を確認し一旦話すを止めた。
お爺さんに男性と同じ位置まで連れて行かれ、男性がニコリ微笑むと突然手を握り片膝をついてしゃがむ。一体何なのかわからず、戸惑っていると男性は話す。
「美智瑠。会った事もなくて驚くだろうけど、俺はカイ・グレディ知ってるね?間違い電話で知り合って美智瑠と会話していて、好きになったんだ。どうか、俺と結婚してほしい」
美智瑠はただ見つめているだけだった。
他の外人や報道陣の前で、返事を欲しいと微笑んでいるを美智瑠は冷めた目で見る。
「急だったかな?それなら、結婚前提でも・・・」
「あんた、私の事バカにしてるの?会った事ないからわからないとでも思ったの」
「ど、どうしたんだ?急にこんな大勢の前でプロポーズしたから」
「だから!あんた、カイじゃないでしょ。声聞けば直ぐわかる。それに、あの人は名前を呼ばない」
「そんな事は・・・」
いつまでも握ってる手を振り解き、高いドレスで握られた手を拭く。まるで、汚いものを触ったかのような態度に、後ろで笑いが聞こえてくる。
「はっはっはっ、私の負けだ。良かろう、お前に会社を託し婚約も破棄して娘さんとの結婚を許す」
「祖父さん、言っただろ?最高の女性だ」
「あなた!あなたが本当のカイね」
「おっとsorry試すみたいな事して祖父さんとの約束だったから」
「どういうこと!?これは何?」
「落ち着いて、ちゃんと説明するから」
カイの胸ぐらを掴み興奮する美智瑠をなだめ、これは芝居だったと説明する。この会場にいる全ての人間はエキストラで、カイ自身が雇った者達だと。
カイ役の人間も、声が似てる日本語が出来る男性を探したものだった。何故そこまで手の込んだ事をするのか、美智瑠は聞く。
「勿論、祖父さんとの約束もあったけど俺が見る目あるかも確かめたかった」
「どういうこと?」
「知っての通り、俺は美智に騙された。まあ初めに俺が騙したのが先だけど」
カイの事を知ってる人間なら、どんな手を使ってでも近付きたいと思ってる。そんな下心たっぷりの人間に、カイを知らない相手でも騙すようになった。
「俺を知ってる知らないに関係なく、会社は継がないし金は持っていないと言ってた」
「だから彼女もあなたの事、超貧乏人って言っていたのね」
「暫くは連絡を取る形で、そんな俺でも良いと言ってくれる女性を探していた」
見つかる事もなかったと笑っているが、少しだけ悲しそうに見えた。それで彼女が、同じように騙してると知って美智瑠の事を知り、初めは興味本位として連絡を取る様になった。
次第に裏表のない言葉に、カイは少しづつ惹かれていった。だが当時、会社の利益になる為なら誰でも良いと婚約していた。相手はそこそこの会社の一人娘、婚約破棄するにも苦労する。
そこで、カイの祖父でもあり現社長のマルコ・グレディからの提案を飲んだ。日本で偽のプロポーズをして、金に眩まないかカイだと信じてOKするかどうか。
「つまり私は、試された上騙されたって事」
「ごめん、でも君はこうして祖父さんにも認められた」
「ねえ、あなた何か勘違いしてるわ」
「え?」
「私あなたと結婚するなんて言っていない。付き合ってもいないのに、勝手に話進めないで」
呆然とするカイに、美智瑠は慣れないヒールと服に苛立ち会場を出る。
(何が認められたよ!私は何も聞かされていないのに、はいそうですかなんて言えるわけ無いじゃん)
カイへの想いが何なのか知った美智瑠だったが、同時にカイに対し苛立ちを抱いた。たとえ認められる為の条件だったとしても、美智瑠の意思を無視しての行動。
そしてカイ自身からの告白など一切無いのだ。それで、結婚話だけが先走って順番が違うではないかと美智瑠は怒る。
階段を下りようとすれば、慣れないヒールのせいで足を挫いてしまいヒールは片方脱げてしまう。
「もう!こんな高いヒール履けない。足が痛くなる」
もう片方のヒールも脱ぎ、挫いて歩くのが困難でいるとカイが追いかけてきた。
「無理に歩いたら痛みが酷くなる」
「触らないで」
美智瑠を抱きかかえ様とし、カイは今だけは大人しくしてと無理に触れる。お姫様抱っこと言われる体制に、美智瑠は恥ずかしくて暴れるが重いの一言で静かになった。
ホテルの医務室に運ばれ、足を冷やす。
「君の言った通り、承諾も得てないのに勝手に話進めてごめん」
「・・・私も、もう少し言い方があったわ」
「今更なんだけど、俺は君の声に惹かれたんだ。君の声は心地よくて、そして君は素直だ」
「無愛想なだけで、そんな褒められる人物じゃない」
「いや、君は自分自身の魅力に気付いてないだけで素敵な女性だ。こんな形だが、俺と結婚して欲しい」
ソファーの上に乗ってる美智瑠は、カイが床に膝をついてる為見下ろす状態。逆に、美智瑠を見上げてる状態のカイは、上目遣いの様な艶のある顔に美智瑠は女として自信を無くしそうだった。
「結婚は嫌」
「どうして!?俺の事嫌い?」
「ええ、嫌い」
「君は俺の何処が嫌いなんだ、女々しいかもしれないが直す。だから」
「それ、その君って呼び方。私は美智瑠という名前があるの」
一回も名前を呼ばれた事がないのに、プロポーズされても悔しいじゃないかと美智瑠は思う。それに本当は、同じ名前の美智が忘れられなくて、呼べないのかと疑ってしまう。
そんな事を考えていれば、カイは目をぱちぱちさせて美智瑠をぎゅっと抱きしめて離さない。
「ちょ、何抱きついてるの!離れて」
「嫌だ、離したくない。君のその発言、反則だ」
「バカじゃないの!今の何処が反則なのよ」
「名前を呼ばなかった事に拗ねてるのが、可愛い益々好きになってしまった」
ぎゅーっと抱き締め、恥ずかしい言葉を平然と言えるカイに美智瑠は恥ずかしくて、顔を赤くする。赤くなってしまった事に対しても、可愛いと褒めるカイ。
(外人って皆、こんな人達ばっかなの!?)
「はぁ、駄目だ。可愛くて誰にも見せたくない閉じ込めたい」
「何か怖いからやめて」
「ははっ、やっぱり君はcoolそんな所も好きだよ」
ちゅっと、頬にキスをするカイ。
「此処は、今は我慢してあげる」
「ぅぅぅ・・・」
「その顔も可愛い。我慢しても、長くは持たないから早く俺のものになって」
美智瑠の唇を人差し指で押さえ、もう一回頬にキスをする。
「美智瑠、好きだよ愛してる」
初の外人さんと日本人の恋愛?となりました。全然進まない、異世界小説も書いてるけど同世界でのカップルは初めてです。七ヶ月記念を遅れるどころか、八ヵ月記念までもやって来た上遅れました。これを書いてる間、アクシデントが沢山あって諦めようと思うほど。そして、力尽きてしまった・・・七ヶ月&八ヵ月記念の合体した作品です。文字数も二作品ぐらいの文字数だから(私にとって)合体にしちゃいました。力尽きたのもあり、誤字脱字や間違いが多々あると思います。