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文系のガソリン捻出大作戦

本日、かなり長目です。

 ご飯抜き宣言を無視してしっかり食べてぐっすり眠った僕は、翌日すっかり元気になった。魔力が完全に回復したかどうかは全然判んないけど、ガザの実を食べてしばらくしてから、どんどんと力が湧いてくるような感じがしている。あのガザの実って、実は強壮剤? マシューがいきなりかわいい女の子に見えちゃったりするしね。あ、でも先輩は先輩のままだったか。解んないからあんまり深く考えるのは止そうっと。

 朝食を食べ終えた僕は、先輩から“悲しいお知らせ”を聞く。どうやらあの通称ポンコツ(正式には社用車だけど)のガソリンがもう残り少ないと言う。

【たぶん、次の町までは保たないだろう。だから、ここに置いていく】

自家用車は、ガソリンなければただの鉄くず……よりまだ性質が悪い。中途半端なところでエンストしてしまえば道を塞ぐし、車を知らないこの世界の人の好奇の目にさらされる。悪くいけば山賊あたりにバラバラに解体されてしまうかもしれない。車だけじゃなく、僕たちも。

先輩の言うことはもっともだけど、気楽に着替えなんかの荷物は載せておけるし、何より僕らは営業と言ったって普段は電車や車を利用しての間つなぎの徒歩だ。そんなに長い距離を歩いている訳じゃない。あまり急な山道なんかはないみたいだけど、次の町まで歩き切れるのか?

【仕方ないかぁ……】

僕はそう相槌を打ちながら、ふと道端の屋台に目が行った。(も、もしかしたら、この手使えるかも……)その屋台は、軽く干した魚をフリッターにして売っている。

「宮本、お前朝あんなに食ったのに、まだ食うつもりか?」

屋台の揚げ用の大鍋を凝視している僕に、先輩は呆れ顔でそう言ったけど、僕はそれに返事をせず、逆に店のおばさんに

【この揚げた後の油ってどうされるんですか?】

と聞いた。するとおばさんは、

【えっ、コレ? 捨てるだけだけど。カスは肥料にもなるけど、油は使いようがなくってさぁ、いつも困るのよ】

頭を抱えるようなポーズをしてそう答えた。

【じゃぁ、僕がソレ、いただいていいですか?】

と聞いた僕に、

【こんなもんが要るのかい? 持っていってくれれば、こっちも助かるけど。そこの樽がそうだから、好きなだけ持ってきな】

おばさんは快く承諾してくれて、路地の隅に置いてある樽を指差した。だけど、

【じゃぁ、樽ごと頂いていきます】

と言って、樽に手をかけた途端、

【樽ごと? いったい何に使うんだい。言っとくけど、もうそんなのじゃ何も食えるもんは揚げられないよ。ウチの油で病人を出したなんてことになったら、後ろに手が回っちゃうじゃないか】

と言って慌てて止めに入る。

【別に食べませんから、大丈夫です】

僕はそれに対して笑顔でそう答えた。

【本当に食べるんじゃないんだね】

と、念を押すおばさんに、

【もちろんです。自慢じゃないけど僕、料理は苦手ですから】

と答えると、

【さぁ、樽をひっくり返すのを手伝ってください。転がしていきますよ】

と、先輩とマシューに言った。とたんに今度は、疑問符だらけだった先輩の顔が引きつっていき、

「お、おい。お前、まさかこれをあのポンコツに入れるつもりじゃねぇだろうな」

と、横にらみで僕に聞いた。

「ええ、そのまさかです」

僕は、先輩にそう即答した。先輩はそれを聞いて、

「宮本、てめぇの頭は飾りか? 確かにそういう車が一時話題にはなってたが、あれはソレ用に改造してるんだぜ。お前、ポンコツだからって完全に壊す気か!」

といきり立つ。僕はそれには答えずマシューに、

【マシュー、ここから王都グランディーナまではあとどのくらいって言ってましたっけ】

と聞いた。マシューは

【ああ、あと町3つだから、五十ノアルぐらいだな】

と言った。こっちの単位なんて分かんないけど、イギリスマイルと同じくらいならなら八十キロメートルくらいか。

【やっぱ、その距離ではこの車で王都までは走れないですよね。

大丈夫、何もそのままで入れるつもりはないですから】

「そのまま入れないってどういうことだ」

「先輩。まぁ見ててください」

僕はそう言って、首をかしげながら樽を押している二人の男の前を鼻歌交じりで先導していった。 

 樽を車の前まで運んでもらった僕は、

「いきますよぉ」

と言うと、その樽を凝視し、中身だけに集中する。

「よし、ロックオンっと」

「何をやるつもりだ」

と、不機嫌全開で聞く先輩に、

「先輩、石油っていうのは、太古の生物が化石になって液状化したものですよね。僕、文系だから詳しくしらないですけど」

「は? 俺も文系だしよく分かんねぇけど、そうだったかな」

「じゃぁ、それ再現しちゃえば良いんですよ」

「再現って……」

どうやったら再現できるってんだ? と頭の中に疑問符を一杯蓄えているのが丸分かりの先輩と、日本語で会話しているので、意味が分からず(もっとも英語で説明したってこの世界のマシューには内容が理解できるとは思えないけど)僕の出方を見守っているマシューを後目に、僕はもう一度樽の方に向き直って、

[汝その営みを止め、石となれ。Stone!]

と、中身を石化させ、

[Press]

と圧縮させる魔法を発動させる。それから、

[時の流れよ、汝の中で光陰の如く駆け抜けよ。Still!]

と、樽の中身の時間だけを一気に進ませた。

「さてっと、一億年ぐらい進んだかな」

「一億年!」

「先輩、中身が液状化してるか確かめてください」

僕は一億年という途方もない数字に驚いている先輩にそう指示した。先輩は、

「宮本の癖に、俺に命令なんかするな」

と言いつつ、素直に僕の指示に従う。樽の栓を抜くと、嗅いだことのある揮発性の香りがあたりに広がった。

「う、ウソだろ? ホントにガソリンが出来てんのかよ」

「じゃぁ、入れましょう」

僕はそう言うと、車のガソリンタンクの栓を開いて、高く手を挙げると、

[汝その重さを天使の羽の如くし、我の手の動きに従え。Move!]

と唱えると、樽は軽々と空中に浮き、自分からガソリンタンクにその中身を注ぎ入れた。こぼれてしまわない程度で僕は手を下におろす。樽はゆっくりと元の位置に戻った。

「はぁ、終わった」

その途端、達成感と共に、急激な疲労が襲ってきて、僕はその場に膝をついて崩れた。

【ビ、ビク!】

そこでかかっていた魔法が解けたかのように、今まで固まっていたマシューがものすごい勢いで駆け寄ってきた。

【ねぇ、大丈夫? 頼むから無茶なんてしないで!】

と、涙目で叫ぶその声は、いつもの低い声ではなく、高く透き通ったかわいい声だ。だから僕もついそのセリフを女の子語りで訳してしまった。

【マシュー、やっぱ、かわいい。でも、その顔で、オネエ、言葉は、ちょっと、キモチ悪い、かも】

それに対して僕は肩で息をしながらそう言ってグッジョブポーズで微笑む。目がかすんで体が傾ぐ。

 その時、いきなり僕の唇に何かが触れた。強引に口に押し込まれる。えっ、まさかマシューが、キス? と思った瞬間、目も覚めるような酸っぱさが広がる。


 それは、

【誰が男女だ。んなもん、お前にそのまま返してやるよ。ごたごた言ってないで、コレを食え! 死んじまうぞ】

と言いながら、真っ赤になって怒っているマシューが手にしているガザの実だった。

【まだ持ってたの?】

僕は酸っぱさで口を曲げながらそう聞いた。

【ああ、一つでもいくつでも手間は変わらんだろうが】

そりゃそうだろうけど、どうもこの強烈な酸っぱさは慣れない。『良薬口に苦し』とは聞くけど、『良薬口に酸っぱし』なんて反則技だ。まぁ、一晩ですっかり回復してまた魔法が使えたんだから、かなりの妙薬だってことは認める。でも、脳まで痺れる酸っぱさはどうにかしてほしい。

おかげで何とか倒れずに済んだんだけどね。

 せっかくガソリンを満タンにしたんだから、一気にグランディーナまで行こうと言った僕に、マシューは、

【王都は都会だ。こんなもんどこにも隠しておく所がない。リルムの町でもそうだったんだ、欲に駆られた連中にまた狙われるぞ。一つ手前のガルダモで降りて歩こう】

と言った。僕はそれに対して、ため息を一つ落として、

【そして、マシューは一人で行くんですよね、違う?】

と返す。マシューの肩が図星という感じで揺れる。

【俺には ……】

【大事な手紙を運ばなきゃいけないってことは解ってる……】

そして僕が言おうとしていることを聞きもしないで、

【解ってない、ビクは全然判ってない! 俺の正体も知りもしないでのこのこ付いて行こうなんてするな! それに、コータロはコータロの考えがあるだろうが】

と怒鳴リ気味に先輩に尋ねる。それに対して先輩が、

【いや、俺は別にマシューとグランディーナに行くのには異論はないぞ。大体、この世界じゃ右も左も判りゃしないしな。ってことは、俺たちはどこに行こうが何をしようが自由ってことだ。それに王都ならひょっとして俺たちが元の世界に戻る方法を知ってる奴もいるかもしれないしな。俺たちにとっても全くの無駄足じゃないと思ってるんだがな。それとも、お前の方が一緒に行ってまずい理由でもあるのか?】

と聞き返すと、

【い、いや……まずいことなんて……ない】

と、なんだかしどろもどろで答えた。

【じゃぁ、問題ないだろ。『袖擦り合うも多生の縁』ともいうし、な、宮本】

【はい!】

ニヤリと笑いながらそういう先輩に、僕が元気に返事をする。それから、先輩が少し声をひそめて、

【それにな、こいつを敵に回したら怖いぞ。本気で怒らせてあの『一億年』の魔法なんかかけられてみろ。一瞬で塵だぞ】

と付け加えた。それを聞いたマシューはぎょっとして僕を見る。そして、ぼそっと

【そうだよな、魔女様を怒らせると禄なことがないよな】

と、つぶやく。次の瞬間、

【誰が魔女様だって?】

と薄笑いする僕に、二人は完全に固まった。でも、

【冗談はそれくらいにして、早く行きましょう】

と、言って一歩足を出したところで僕は目の前が真っ暗になってその場に蹲る。結局、二人に支えられて車に乗り込む始末だ。

 これじゃ、メガン〇を連発するミニデーモンと変わらない……かも。

かく言う私も堂々たる文系ですので、このガソリンの作り方についての物言いは一切受け付けませんので、あしからずご了承下さい。

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