敏腕営業マンの錬金術?
それから気を取り直して、僕たちは町で唯一の居酒屋兼食堂らしきところに入った。さすがにちゃんとした店構えならそんなに妙なものは出てこないと……信じてマシューに注文してもらう。ただ、先輩は料理と一緒にちゃっかり酒を注文していた。
「先輩、これからまだ車に乗るんだったら、飲酒運転はダメですよ」
と僕が窘めると、
「うるさい、これが飲まずにやってられるか。それに、車の存在していない社会で飲酒運転もクソもあるか」
と逆ギレした。言われてみればそうかも。たくさんあるからルールができてくるのであって、僕たちが乗っている車一台しかなければ、そんなものできる訳がない。
やがてやってきた料理を僕たちは一切聞かずに食べた。もし聞いて、その材料にさっきマシューが襲われていた『犬もどき』やその他の妙なモンスターなんかが使われていることが判ってしまったら、僕たちは餓死しかねない。僕はともかく、先輩はその可能性大だ。その証拠に、先輩はさっきからベジタリアンに宗旨替えしたのかと思うほど野菜しかつっついていない。
それでも何とか食事らしいものを終えると、先輩は徐にタバコを取り出して、ライターで火をつけた。それを見てマシューが驚く。
【コータロ、あんた剣の腕もあるのに、魔法も使えるのか?】
【は? ああ、これね。まぁちょっとな】
先輩はマシューがまじまじと見ている、今度の新商品につける予定だったロイヤリティーのライター(つまりタダもらいの品物)を手のひらで転がして不敵な笑みを浮かべた。
「先輩っ!」
「何だ、宮本。お前何か言いたそうだな」
「先輩、コレって要するにおまけじゃないですか。そんなんで魔法使いごっこなんかしてると後でイタい目に遭いますよ」
「堅いこと言うなって。あっちが勝手に勘違いしてんだから」
やがて、先輩が一服し終わり、僕たちは席を立った。
【あのぉ、お代は】
【はい、七十五ガルドになります】
そして料金を尋ねた僕に、店のおかみさんは愛想の良い笑みを浮かべてそう答えた。そうか、75。ずいぶん安いな。えっ? 七十五……七十五ガルドぉ!
「先輩、通貨単位が違う……」
「そりゃそうだろ。英語もどきの世界で、円が使える訳きゃねーだろ」
持っているお金が使えないことに気づいて慌てる僕に、先輩は平然とそう返す。
「じゃぁ、どうして払うんですか! マシューにばっかり払わせられないでしょ?」
「何なら、お前が身体で払う? お前なら高く買ってもらえそうだぞ。何せビクだもんな」
続く僕の言葉に、先輩はそう言って高笑いした。
……やっぱりこの人、鬼だ……
【旦那、お困りですかい?】
その時、店の奥から、ひとりの男が僕たちに近づいてきた。こぎれいな身なりをしていて、隙がない。旅人なのか、それとも王都あたりの商人でこの町に来ているのか、何にしてもこの田舎町には似つかわしくないギラギラとした目つきをしていた。
【良けりゃ、あっしがお出ししやすよ】
と、続ける目線の先には先輩が握っているライターが……えっ、それがお目当てなの?
【ふっ、あんたもこれが目当てか。安くはないぞ】
一応、先輩の名誉のためにライターとか言ったけど、実はアウトドアグッズの販促品であるそのチ○ッカマンを握り直して、先輩はそう言ってニヤリと笑った。そうやって見てみると、あの形はマジックロッドみたいに見えないこともないし、『キャンプのお供に……ファイアメイト』のロゴは、日本語なんて知らない彼らには何かの詠唱呪文を刻んでいるようにしか見えないかも。けど、安くはないって……元々タダでしょうが! 先輩、どんだけふっかける気なんだろ。
【数は用意できないでしょうかね。そしたらそれ相応の物はこちらも用意させてもらいやす】
【わかった、じゃぁ五つ六つ用意しよう。ただ、貴重品だからな、しかるべき所に隠してある】
車の中に問題のマジックロッドもどきは百個以上あるって言うのに、先輩はそう言って、一人先に店を出た。僕に日本語で、
「つけられないように、お前はここにいてあいつを見張ってろ」
と言い残して。




