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夢のあとさき

 僕は眠らされても、さっきまでの世界に行くことはなかった。どうでも良いような取り留めのない、ホントに夢らしい夢を何個か続けて見てまた目覚めた。その時、

「お兄ちゃん、大丈夫?」

と僕の顔をのぞき込んだのは……なんとエリーサちゃんだった。彼女を見て、あ、僕はまた異世界に戻ってきてしまったんだと思って嬉しくなってしまっていた。現実逃避といわれても仕方ないかな。

「お兄ちゃん、本当にごめんね」

枕元で、エリーサちゃんが申し訳なさそうに頭を下げる。

「エリーサちゃんがどうして謝らなきゃならないの」

そうだ、エリーサちゃんが謝る必要なんてない。本当は大男に変身できる位の魔女だった訳だから、もしかして魔法を駆使して僕を強引に呼び戻しでもしたとか? でも、彼女から帰ってきた答えは僕の予想とは全く違っていた。

「絵梨紗が道路に飛び出したから」

「道路に飛び出した? エリーサちゃんが?」

グランディーナのどこの道路に飛び出したからって、どうして僕に叱られなきゃならないと思うんだろう。あ、隣国まで家出したことで、平手打ちにしちゃったんだっけ、僕。あれが、トラウマにでもなってる? 

 ううん、なんか違う。さっきから彼女はエリーサじゃなく、エリサって言ってるし、僕をビクじゃなくお兄ちゃんと呼んでいる。それに、よくよく考えれば(よくよく考えてみなくても)彼女がしゃべってるのは紛れもない日本語。僕や先輩や谷山先輩のそっくりさんがいたように、エリーサちゃんのそっくりさんもいたって訳か。もっとも、僕の側から言えばエリサちゃんのそっくりさんがエリーサちゃんというのが、正しいのだろうけれど。

 あの日僕たちは、アウトドアでの調理器具を展示するために、幕張に行く予定だった。先輩がセリカちゃんに乗らなかったのは、何のことはない、見知った道だったからで、そもそも迷子にもなってなんかいない。

 で、真相は、会社近くの道路に飛び出してしまったエリサちゃんを避けようとして先輩がハンドルを切り損ね、ガードレールに激突した、そういうこと。

 しかも間の悪いことに、僕たちはあの時、ロイヤリティーのチ○ッカマンを大量に乗せていた。事故後そのチ○ッカマンに引火し車は大破。僕たちは瀕死の重傷だったという。

「エリサちゃんはどこも怪我してないの?」

「うん」

「なら、良かった。謝ることなんて何もないよ。僕は君が無事でいてくれればそれで充分だよ」

僕はそう言って、エリサちゃんの柔らかくて細い髪を撫でた。エリサちゃんの頬がぽおっと薔薇色に染まる。

「でも、どうして、お兄ちゃんは絵梨紗の名前を知ってるの? 最初変なとこ伸びてたけどさ」

そして、不思議そうにエリサちゃんはそう聞いた。

「うん? 何でかな、エリサちゃんの夢を見てた。君が僕をここに連れて帰ってくれたんだよ」

「ひぇ??」

当然だけど、エリサちゃんは意味が全く解らないだろう。でも、僕はこの展開に運命すら感じているんだけどね。夢の中で言えなかった『I love you』をきっと言えると確信したから。

「僕のことは、夢の中みたいにビクって呼んでくれる?」

そう言った僕の言葉に、エリサちゃんは薔薇色を通り越して、茹で蛸になりながら、ブンブンと首を縦に振った。

 僕の耳に、相変わらず眠ったままの先輩が夢の中で言った、『お前、しまいに押し倒されっぞ』の言葉が聞こえた気がした。

 先輩、僕このままじゃ押し倒される前に、押し倒しそうですけど。それって、犯罪……ですよね。

 

僕の傷は順調に回復していった。先輩も傷は大分良くなっていて、もう命の心配はないという。だけど、先輩は僕が目覚めても一向に目覚める気配がなかった。

 とんでもない大事故だったにも関わらず、僕にも先輩にも脳に損傷はないという。なのに目覚めることがない先輩……僕はある一つの思いにどんどんと心が苛まれるようになっていった。

 僕たちがいたあの世界はもしかしたら僕の夢の世界なのではないだろうか。そして、本来なら先に先輩がテオブロに切られてこちらの世界に戻り、それから僕が戻る。あるいは、僕が本当はもうこっちの世界には戻ることができなかったのかも。

 だけど、僕は先輩を押し退けてテオブロに切られた。そのために先輩をあっちの世界に閉じこめてしまったんじゃないのかと。

 長い間眠ったままの先輩の肌は抜けるように白くなり、少し痩せてしまっている。でも、まだちゃんと生きていることを主張するかのように髭が少しずつ伸びる。その髭をまるで壊れものを扱うように優しく丁寧に剃る谷山先輩を見ていると、僕は胸が詰まるようだった。先輩、こんな戦闘不能の状態から早く抜け出してきてくださいよ。マシュー曰く、先輩は勇者様なんでしょ?

 

その日、先輩の髭を剃り終わった後、谷山先輩がぽつりと、

「宮本君、どうしたら鮎川は目を覚ますんだろうね」

と言った。

 僕は、(RPGの戦闘不能なら、死者蘇生の呪文を唱えればそれで良いのにな)と思った。

実はあの魔道書を最初に見た時、ゲーマーの僕はそこを真っ先にチェックしていて、死者蘇生の詠唱文言もちゃんと覚えていた。だけど、現実世界でそれが効くとは思えないし、そんな魔法は、ランク的に最上級に属するはずだから、よしんば僕にまだ魔力が残っていたとしても、全然MP不足だろう。でも、あっちの世界では超初心者の僕が結構ぽんぽんと上級魔法唱えていた。後で、ぶっ倒れるおまけ付きだけど。それでも、唱えてみるだけの価値はある? 

 もし効いたらガザの実のないこの世界では、僕の方が今度は寝たきりになってしまうかもしれない。ちょっとそんな考えが頭を過ぎって、僕はかすかに震えながら谷山先輩に、

「谷山先輩、僕ね、眠っている間すっごくチートな魔法使いだったんですよ。案外レイズデッドの魔法とか唱えたら、復活したりして」

とわざとおどけてそう言った。

「ぷぷっ、なにそれ。チープなコミックスじゃあるまいし」

案の定先輩はそう言って笑った。

「でも、やってみる価値はありますよね。何もやらないよりは良い」

僕はそう言って、やっとくっついたばかりのテオブロに切られた傷を庇いながら立ち上がり、背筋をピンとのばすと、

[黄泉の世界を統べるものよ、我の声に応えてこの者の魂を現し世に呼び戻せ、Rise dead]と高らかに詠唱した。

 先輩の頬が上気したような気がした。でもそれだけで、先輩はやっぱり目を覚まさない。当然と言えば当然だけど、魔法なんてありはしないのだから。

「ヤダ、それもしかしてラテン語? イヤに本格的じゃない」

谷山先輩が目を丸くした後、バカ笑いする。ひとしきり笑った後、小声でありがとうと言って、

「じゃぁ、お姫様がキスでもしたら、目覚めるのかしら。眠り姫ならぬ、眠り王子は」

と、言った。彼女は全くの冗談のつもりだったんだろうけど、僕が

「それ、アリかもしれませんよ。僕の夢の中では谷山先輩はお姫様で、先輩は王子様だったんです」

と、マジ顔で返すもんだから、ちょっぴり引き気味だったけど、

「じゃぁ、やってみよっか。やらないよりはマシかもね」

と、笑うと、照れながら先輩に顔を近づける。そして、二人の口びるが重なったとき……


 窓も扉も全く開いていない病室に一陣の風が吹いた。驚いて、窓を確認した僕の耳に、

【う……ん、フローリア愛してる】

と言う先輩の声が聞こえる。ギョッとして先輩の方をみると、先輩はがしっと谷山先輩を腕の中に閉じこめて、キスをしている。谷山先輩の方が突然の事態にあたふたしていた。

 唇が離れたあと、谷山先輩に、

「あ、鮎川っ! いきなり舌を入れてくるなんて、どういう了見? ホントはいつから意識があったの? このエロ親父!」

と言われてグーで殴られたことは言うまでもない。それに対して、先輩はきょとんとした様子で、

「フローリア」

とお姫様の名前を呼んだ。

「はい?」

それに、谷山先輩は疑問形で語尾を若干上げて応える。

【フローリアってんだぞ】

先輩は今度は英語でそう聞く。

「だから何だってのよ」

谷山先輩はそれに対して若干ウザ気にそう返す。

「お前薫だろ、何返事してんだよっ!」

「鮎川こそ何言ってんのよ、フローリアは私の英名! 薫は日本名!」

「は? 英名とか日本名とかセレブなこと言ってんじゃねぇよ、薫のくせに。お前、ばーちゃんがイギリス人なだけだろ」

「イギリス人だからよ。私ね、教会で幼児洗礼受けてるの。フローリアはその洗礼名なの! だけど鮎川がなんでその名前を知ってんの?」

「俺の夢の中に出てきたお前にそっくりな女がその名前だったんだよ」

谷山先輩の思わぬ発言に、先輩は舌打ちをしながらそう答えた。えっ、じゃぁ……

「もしかして、先輩も僕と同じ夢を見てたんですか?」

「僕と同じ夢って……お前、王都グランディーナとか言うとこに行ったか?」

やっぱり、先輩もグランディーナにいたの?

「はい、車ごとおっこちちゃいましたよね」

「スライム食ったか? しかも俺の分まで」

「はい。でも、ちゃんとスライムプリンって言ってくださいよ。なんかそれじゃ僕がスライムのおどり食いをしたみたいじゃないですか」

「似たようなもんだ。じゃぁ、マシュー・カールは?」

「はいっ!エリーサちゃんですよね」

やっぱり、僕たちは同じ異世界にいたんだ!

「俺と同じ夢見てたってのか?」

首を傾げながら先輩がそう言う。

「そうです。二人で同じ夢をみてたんですよ!」

「信じらんねぇ。まぁ、そこまで一緒なんなら、同じ夢だったのかもな」

そして、先輩は半信半疑ながらそのことを認めた。

「そうですよ。僕が目を覚ましても先輩ずっと目を覚まさないし、もしかしたら同じ夢の中にいるのかもって、戦闘不能を治す呪文唱えたんですけど、それでも起きてこないし、途方に暮れてたんです。そしたら、谷山先輩が『王子ならお姫様のキスで目覚めるんじゃないか』って。いやぁ、ホントにお姫様のキスが効くとは思いませんでした」

でも、先輩の生還劇を喜々として話す僕に先輩は、

「余計なことしやがって」

と言った。

「は?」

「お前が余計なことしなきゃ、今頃はその夢の世界で、お姫様と甘い新婚生活の真っ最中だったんだ。何が悲しくてこの凶暴女のキスで戻らなきゃなんねぇんだ」

「何ですって! 宮本君、あんたまだ魔法使える? お姫様として命じるわ、こいつを瞬殺して」

先輩の凶暴女の発言に谷山先輩は思わず暗殺(あ、大っぴらに殺すのは暗殺とは言わないのか)命令を僕に下した。

「しゅ、瞬殺って、物騒な。でも、谷山先輩すごく心配してたんですよ。それなのに、そんな言い方するなんて。海より深く反省してください」

と、言いながら僕は手を前に繰り出す。

「お、おい何の呪文をかけるつもりだ。宮本? まさか、あの『一億年』とか言わないでくれよ。ホント、ゴメンあやまるからさ」

その動作に、先輩は完全に怯えきっている。あれは夢の中のことで、僕が現実世界で魔法が使えるはずもないのに。でも、事故からの谷山先輩の気持ちを考えると、ちょっとお灸をすえないとねと僕も思ったし、かっこうだけしてみる。

 だけど、手を振り上げた途端、僕にまたあの上級魔法を使った後のような激しいめまいがして、僕は

「なーんてね」

と言いながら意識を失ったのだった。 

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