王都へ
やがて、僕らの前にグランディーナの城郭が見えてきた。お城だけではなく、町自体も堀で囲まれていて、その端には警備の兵が常駐している。マシューが言うようにのんきに車で乗り付けられる雰囲気ではない。でもよくよく考えてみれば、城下町にそう易々と入れるようではそれこそ問題なのだ。
僕たちは街道筋の外れに車を置いて歩き始めた。車に乗っている間に僕はマシューから口にねじ込まれたガザの実を身震いしながら完食してはいたけど、たかだか二~三時間のインターバルでは失ったダメージは回復しておらず、足下はおぼつかない。本当なら肩をかしてもらう所だけど、マシューも先輩も背が高すぎてそういう訳にもいかず、僕は蝉みたいにマシューにしがみついて歩いた。何故マシューかと言えば、先輩にそんなことをしたら、絶対に殴られるから。
だけど、町に入るための跳ね橋の手前の所で、僕らに突進してきた一団があった。ちゃんとこの世界のトレンドに着替えてあるんだけどな、それでも『お里』がバレちゃった?
思わず三人で顔を見合わせる。そして、半ば引き気味の僕たちの前に息を切らせながらやってきた老人は、先輩の前で膝を折り、
【殿下、殿下、よくぞご無事で。フローリア姫様が到着されてもお帰りにならないので、心配しましたぞ】
と臣下の礼をとった。で、殿下? 電化じゃなくって? (もっとも英語じゃ全く違う単語だけど)
老人はポカンとしている先輩にお構いなしに、今度は立ち上がって僕の手を取ると、
【セルディオ卿もお役目ご苦労様でございました。はて、そこの御仁は……】
握手を求めながらそう言う。えっ、僕も誰かと間違われてるの? その中でマシューだけがそっくりさん? がいないらしく、老人が胡乱な表情で彼を覗き込む。それに対して、マシューが
【わ、私はガッシュタルトのマシュー・カールと言う者です。フローリア姫に火急の文を届けに参りました】
と、つっかえながら老人に挨拶をした。
【なんと、ガッシュタルトのお使者であられるか。私め、このグランディール王国の家令を仰せつかっておりますクロヴィスと申します。さぁ、殿下、陛下も心配されておられます。一刻も早くお城へ】
と、先輩を促す。
「お、おいここは付いて行くべきなのか?」
それで慌てた先輩がこそっと僕に耳打ちをする。
「とにかく、マシューが手紙を渡すまでは、このまま付いて行った方が良いんじゃないんですか? でないと、マシューまで疑われて、手紙届けられなくなりそうです」
「分かった」
僕の答えに先輩は頷いてから、クロヴィスさんに続いて、城下町に入って行く。僕もそれに続いて歩きだしたけれど、まだ体に力が入らなくてマシューに寄りかかってゆっくりしか歩くことができない。それをクロヴィスさんに見とがめられた。
【やっ、これはセルディオ卿、いかがなされました。】
【あの、えっと、これはガス欠……いえ、ちょっと……】
ガソリン作ったから電池切れですなんて言えないしなぁ。僕が答えられずにもじもじしていると、
【長旅で体調を崩されましたか。それは大変】
クロヴィスさんは勝手に体調不良と判断して(この人ホント自己完結型だよねぇ)、一緒にいる騎士らしき人に目で合図を送る。
すると、見るからに屈強な男の人が、
【失礼します】
と頭を下げると、いきなり僕をお姫様だっこして歩き始めた。
【あ、大丈夫です。僕、ちゃんと自分で歩けますから】
男が男にお姫様だっこされているというとんでもなく恥ずかしい状況に僕は真っ赤になって抗議したが、だっこしている方の騎士は顔色一つ変えず、粛々と歩みを進めていく。
【ねぇ、降ろしてって言ってるでしょ!】
そして、なおも抗議を続ける僕に、少し前を歩いていた先輩がいきなり僕の方に向き直ると、
【そんなに気を使うな、セルディオは私を守るためにちと力を使いすぎた。ここまで戻ってきたからにはもう案ずることはないではないか。陛下の御前までは楽をさせてもらえ】
と言った。げっ、いきなり王子なりきりですか、先輩。確かに、みんなのためにガソリン作って力使い果たしましたけどね。そんな迂闊な発言して、もし偽物だってバレたらどうするんですか! 僕の顔が恐怖でひきつる。それを見た先輩はつかつかと僕の耳元まで戻ってくると、みんなに分からないように日本語で、
「こらっ、王子のフリしろってったのはてめぇだろうが。とにかく今はなりきって、お前の体力が回復し次第何か理由付けてばっくれりゃ良いんだよ。今のお前の体力じゃ到底逃げきれないからな。がんばってそのなんたら卿になりきれ!」
と言ってから、
【本当に、私に忠誠を尽くすのは良いが、自分の身も労ってくれよ】
とわざと大きな声でそう付け加えた。
【では、このように帰還が遅れたのはやはり殿下に……】
クロヴィスさんがそれを聞いて慌てて先輩に尋ねる。
【ああ、命も危うかったが、セルディオの力で何とかな】
調子に乗って先輩は王子の演技を続ける。それにしても、セルディオさんのキャラも知らないのに、そんなテキトーなこと言って良いわけ? でも、その発言に、みんながおぉという感嘆の声が挙がり、クロヴィスさんがにこにこしながら、
【殿下の危急を救われたのですか。さすがは稀代の魔術師と謳われたお方。私も見込んだ甲斐があったというもの】
と返した。良かった。そのセルディオさんっていう人もやっぱり魔法使いらしい。顔が似るとキャラもにるんだろうか。ホッとした途端、全身から汗が噴き出す。
【陛下との謁見が終わられたら、一旦城で休んで行かれると良ろしいでしょう】
あ、セルディオさんは一応お城の人じゃないんだ。
先輩さえ何とかできれば、僕は体調さえ回復したらここを出られる。僕は少しは希望を持てる展開に胸をちょっとなで下ろして、ふとマシューの方を見た。マシューの方も僕を見ていたらしく目があったが、何とも複雑そうな顔をして目を逸らした。マシューは日本語が解らないから、先輩は本当は王子様で、騙されていたとでも思っているのだろうか。
マシューに本当のことが説明できないまま、僕たちはグランディール城内へと入っていった。




