表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

揺気-yuki-解け

作者: ナガツキ




夕焼けに染まる教室で、一人の少女が机に伏せている。その背中は少し震えていて、触れたら壊れてしまいそうなほど脆かった。廊下に映る人影はその姿を確認した後、暗い廊下の奥へと溶けて行った。



*〜〜*〜〜*〜〜*〜〜*〜〜




裕が死んでから、もう一年が経った。




信号が青い点滅から赤色に変わるのに合わせて、私はピタと立ち止まる。暇そうに足元にある小石を小さく転がしながら、目の前の車が数台通り過ぎるのを見送った。



『手、繋ぐか』



ふいに、風に乗って懐かしい言葉が蘇る。

「じゃあ……手、かしてよ」

ぽつりと呟くその言葉さえも風にさらわれて、どこかへと消えて行った。あとには車のエンジンの匂いだけが残り、信号は変わらずに赤い色を示していた。

別に、生き返って欲しい、なんて無理な事は思わない。今でも生きていたら、なんて嘆こうとも思わない。ましてや、今でも彼の事を思い出しては涙が溢れて止まらない、なんて少女漫画の主人公のようになりもしない。

ただ忘れかけていく日々の中で、ふと思い出しては寂しく思う。去年はここに一緒にいたんだな、とただしみじみと…。初めの頃は、わけもわからずに泣いていた。実感はわかなかったくせに、事故にあったと聞かされた瞬間から馬鹿みたいに泣きじゃくった。胸が痛くて痛くて痛くて、理解なんかしたくもなくて、届かぬメールを打っては消してを繰り返しながら、私はその夜を過ごした。

それからは、まだはっきりとつかめぬ感覚に絶望しながらも、決められたことをこなすロボットのように生きた。味のしない食べ物を食べ、音のしない教室に向かい、色のない世界で、空っぽの笑顔を浮かべた。せめて、ひとつだけ。後悔なんてものをするとしたら…私は迷わずに言うだろう。




ーー裕と、手を繋ぎたかったと。




信号が青に変わった。大きく石を蹴り飛ばしてから、重たい足を持ち上げるように一歩進むと、



「おはよう、智花」



ソプラノの声が私を呼んだ。



「…おはようっ沙里」



とっさに明るい声で返事をすると、沙里は遠慮がちに、一緒に行っていい? と尋ねた。返事の代わりに隣へと並ぶと、ありがとう、といって沙里は笑った。

「今日は、ちょっと早く家をでたんだ」

「なんか用事でもあんの?」

「用事っていうか……話し、なんだけどね…」

後に続く言葉を待っていると、沙里は口を閉じて黙り込んでしまった。しばらく沈黙が続き、学校の門が見えてくるまで、私たちは黙々と歩き続けた。





「教室、まだ誰もいないね」

やっと口にした言葉がこれだった。静かな教室だと不思議とよく声が通り、なんだかいつもと違うような感覚がする。お互いの席へと向かい、荷物を下ろすと、ゆっくりと私を影が覆った。



「裕くんがいなくなってから…もう、一年が経つんだね」

顔をあげると、沙里は何の表情もない顔で私をただ見下ろしている。

「智花、ごめんね。私……知ってたの」



聞いちゃ駄目だ。頭の奥で警報が鳴る。それでも、私は聞かずにはいられなかった。



「何を…?」



ごくりと、唾を飲み込む音が響いた。



「裕くんが、智花のこと好きだったって」




一瞬、心臓が止まったかと思った。

ガラッと前のドアが開き、クラスメイトの一人が教室へと入ってきた。沙里は、おはようと言った後、私の方へと向き直って場所を変えようかと小さな声で提案した。

なんで…。なんで今更そんなことを? なんで沙里がそのことを⁇

少しパニックになりながらも、平静を装いつつ、私は黙って後に続いた。向かった先は、部室棟。今日は朝練はないから、とバレー部の部室の中へと私を招き入れた。




沙里は、大きく深呼吸をしてから口を開いた。

みると、その顔は悲しそうにも、柔らかく微笑んでいるようにも見える。

「裕がね…私に別れようって言ったの。ごめん、好きなやつできたって」

責められると思っていた私は、意外な話に硬くしていた身体の力を一気に抜いた。何て返していいかわからないうちに、沙里はもう一度口を開く。

「それで、私たちは別れた。そう

、もう終わってたの。ちょうど裕くんが事故に遭う一日前の、四月二十九日にね」

「そ…んな……」

「正直、まだもやもやしてて、みんなにもまだ言ってなかったからこのまま黙ってようかなんて思ってた」

震える声は、いまにも泣き出しそうだ。

「でも、昨日裕くんの机に座る智花の姿を見たときに、言わなきゃって思って……ごめんね、智花」



…そんなことない。

そんなことーー


沙里よりも先に、私の目から熱いものが溢れ出した。裕が死んでから、初めて流した涙だった。

「わたしこそ… 沙里の友達なのに…二人のこと応援してたのに…‼ 言えば良かった。沙里に、相談していたら……」




私は裕が好きだった。

でも、裕は沙里の彼氏だった。

沙里とは中学からの友達で、片想いのときから応援していた。

いまさら、相談も告白もできなかったーー



「智花は、ほんっとに馬鹿だねぇっ」

里沙は、いつの間にか大粒の涙を浮かべていた。そのままゆっくりと包むこむように私を抱きしめると、ほんとに馬鹿だよ…とつぶやいた。言い聞かせるように、優しく。

「そんなのとっくにきづいてたよ」

「えっ……?」

「気づいてたよ、それくらい…。何年友達やってると思ってんの」



お互い、もう何も言わなかった。それから私たちは、子供のように泣きじゃくった。



SHRに遅れて、二人して赤い目のまま先生に説教をされたあと、教室に戻るの気まずいからサボっちゃおうか? という沙里の提案に乗って、私たちはこっそり学校を抜けた。不思議と軽く感じる身体を目一杯伸ばしたあと、私は空を見上げた。雲一つない空の上を突き抜けるように、最高の笑顔を浮かべながら。



最後までよんでくださりありがとうございました‼

よろしければ、感想評価等お願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ