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三秒殺しの日常  作者: 縁碕 りんご
~In Summer Night~
96/104

囲まれて

 

 ―――――


 「はい、通報完了。香坂さんのメアドも電話番号も、全部刑事さんに教えちゃいました♪すぐに香坂さんと、ご両親に連絡が行くとおもいまーす」

 「ほ、ほんとに大丈夫なん!?」

 「大丈夫大丈夫。何とかなるって。さあ帰ろう。はいカバンもったげる」

 「さあ帰ろうって、ほんまに大丈夫なん…!?」

 「本当に大丈夫だよ。警察の人とね、私は知り合いなの。そいつがいつもお節介焼いてくれたから、そのお礼みたいなものかな」

 私は自分よりも一回り小さい香坂さんに自信たっぷりに微笑みかける。彼女を安心させる為に。

 「信じてよ。私はあんたよりもずーっといろんなこと経験してるからさ」

 「…ありがと」


 二人分のカバンを両肩にかけ、松葉杖でゆっくりとしか動けない香坂さんの歩調に合わせて、ゆっくりと大通りに向った。駅まで歩いていくのはとても無理で、タクシーを呼ぶためだった。今回は、私も付き添いとしてタクシーに乗れるってこと。


 「あのさ、二学期になったら、ほんとに私らのところにおいで。琴峰兄弟も、黒錐くんも、白石くんも、皆良い子だよ。アリス…あっ、留学生のアラステアのことね…あいつも普通に日本語ぺらぺらだし、心配ないよ」


 そう言って、桜組のメイド喫茶、執事喫茶の準備の進行状況について話したり、子規君のメイド服がものすごく似合っていて自分の中の何かが壊れかけた、みたいなことを喋ったり。私が最初に喋りつづけると、香坂さんは段々答えてくれるようになる。

 その談笑する時間が、タクシーの移動時間をあっという間に埋めた。


 香坂さんが料金を払い、先に降りるのを待って、私も後から降りた。

 「自販機でお茶買ってくるから、入口で待っててね」と言って自販機の前に立ち、からだ巡茶を買った。内心、香坂さんが元気になってくれたことにほっとしていた。まさかここで、増田刑事が教えた番号が役に立つとは…。


 「香坂さん、おまた…せ…」


 笑顔で声をかけ…そこねた。自分の笑顔が凍りつくのがわかる。顔から「仮面」がはがれていくのを感じながら、私は香坂さんーを取り囲んでいる男たちに近づいた。からだ巡茶をカバンにしまって、代わりにケータイをかまえる。


 「こんなところで女の子を取り囲んで…動画にしたら超ネタになるよね」

 「あぁ?…なんだてめえ…」


 香坂さんを取り囲んでいた四人の男たちが、ゆっくりと振り向いた。


 「…私の友達に何か用?」


 問い詰めると、男の一人が「は?トモダチ?こいつの?」と素っ頓狂な声で返す。視界の隅で、災難の気配を悟った大人たちがそそくさと避難していくのが分かった。


 「お前、何も知らねえの?こいつに友達なんかいたんだな!」

 「日本語でしゃべってくれる?ずーっと松葉杖ついた女の子を大多数で取り囲んでたらじきにポリくるよ」

 「だってー、こんなのが張ってあったんだぜ?」


 男が手にした、小さな張り紙を私の前に突き出す。それを見て私はぎょっとした。まだ新しいプリクラ…香坂さんが写っている部分だけが切り取られ、貼り付けられている。そこに電話番号とメールアドレスが記されていて、メッセージみたいに「遊んできゅ★」と書かれていた。


 「うち、そんなん知らん!そんなの書いてない!」


 香坂さんが悲痛な声で訴えてくる。私はどんな顔をしていいかわからなかった。安心させるために笑おうとして失敗して…それでも香坂さんをしっかりと見つめ返して、頷く。

 香坂さんを連れて駅の中へ逃げ込むことは無理だろう。彼女のことだから、さまざまな貴重品がカバンの中に納まっているに違いない。荷物を捨てて逃げても、個人情報がこいつらの手に渡ってしまえば何の意味もないんだ。


 「その紙、全部ちょうだい。そしてさっさと失せろ」

 「舐めてんのかてめぇ…女一人に何が――げうっ!?」

 自分の四肢が勝手に唸った。


 気が付くと重い参考書がどっさり入ったカバンで何度も彼らを殴りつけていた。


 男たちが地面に転がるのを確認すると、私は張り紙を奪い、人目も気にせず、香坂さんの手を引いて超スローペースの逃走に入る。香坂さんはゆっくりとしか動けないから、念入りにテキを痛めつけなきゃいけなかった。


 「…証言して、くれるよね」と私は問いかける。

 「え?」 

 「ああいうやつらは、後になって言いがかりをつけてくることがあるの…自分たちは被害者だって。もしそんなことになったら…」

 「…わかっとる。うち、ちゃんと沢原さんに…」

 

 ふっと言葉が途切れたので、私は香坂さんの横顔を見た。悪鬼に出会ったみたいにブルブルと震えているのは、多分…


 「…ごめん。怖がらせた」

 「ううん!べ、べつにうちは…」

 「一人で帰りたいなら…いいんだよ?怖がられても仕方ない。もうさっきからずっと人の注目を集めてる。香坂さんは先に…」

 「ええってば。どうせうちが先に帰ろうとしたって亀の歩みやし」


 うわずった声で香坂さんは否定した。その間に、ようやくエレベーターに乗り込む。扉が完全に閉まり、人目がなくなったとき、彼女は念を押すように聞いてきた。

 

 「でも、ちゃんと、話してくれるよな?沢原さん…」

 「…私の、言えないこと?」

 こくりと頷かれる。

 「確かに、うちは…怖かった。さっきのが、ほんとに沢原さんなのかなって…」


 あー…そっかー…


 「…もちろん。後日ちゃんと話してあげる。ちょっと怖い話になるかもしれないけどね」


 私って、どんだけ鈍いやつなんだろう?こういう殴り合い、拳での語り合いは慣れすぎて、余り恐怖を感じない。

だから、香坂さんにどれだけ怖い思いをさせたかもわかってなかった。

 自分の身を自分で守れるのはいいことだ。でも私の場合、時々やりすぎだ。自衛できずにただ恐怖に震えるということを知らない。もう、人をボコボコにしているところを、清羅学園の友達に見せつけちゃいけないだろう。

 

 しばらくして、両手足にかすかな痺れを感じた。背中に刻まれているものを、鉛のように重たく感じた。

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