お呼び出し②
私は常に上昇志向で生きてきた。勉強すれば金持ちになれる。ひいてはもう底辺の世界で辛い思いをする必要もなく、兄と共に穏やかに暮らせる。だから私は、拳で殴り合う底辺の世界から、勉強できる世界に憧れ、その世界に踏み込んだ。
でも。
その世界も、底辺とはまた違った意味で大変なんだなってたった今知った。
婚約者とか…現代においてまだ存在していたなんて。
(あぁ…未だ慣れないな、そういうの。上流階級では“アリ”なのか…)
もうすぐ授業が始まる時間だった。生徒会長からの「指令」と、渡された資料を抱え、足を速めた時。
その集団は現れた。
殺気を感じて、顔をあげたら。教室の出入り口で、何気に上品にたむろして。その全員が私を見ていた。私は軽く会釈して彼女らの側をすり抜けようとしたけど失敗。
腕を掴まれる。
その前に私はもらった資料をロッカーの上に放り投げる。私の腰ぐらいまでの高さしかないロッカーの上に、資料の束は上手いこと滑り降りた。それを確認したすぐ直後に、右腕を力をこめて掴んでくるのを感じた。
へー。
恐れていたことが起きた、ってことか。
「ちょっと沢原さん。一緒に来てくれる?」
「なんで私が?」
私は場の空気が読めていないかのように笑顔で問い返す。が、結果は周りの取り巻きが言葉を荒げただけだった。
「いいからさっさと着いてこい男女」
………あぁ?
男女って言った?今。
綺麗に掃除されてはいるけど、決して広くはない女子トイレに連れてこられる。でも平民出身の私にとっては、そんなトイレだけでも百万円以上の価値があると思われた。
「すっごいな…これをトイレとして使うんですね~」
「何突っ立ってんだよ!」
まあここはお呼び出しの定番だったよな、最悪の形の。
背中にすごい衝撃が走る。あわや床に倒れそうになったところを、体を転がして瞬時に上半身を起こす。
「真弓、こいつ黒錐先輩達と関わって調子乗ってる奴だよ」
「へえ、この子が…」
「そうそう、生徒会に媚売って庶務になった女」
「いやあ媚売ってるのはあんたらだろ」
ガンッ
「今だって調子こいてるよね~」
固い革靴で頭を…正確には頬を踏みつけられ、強引に土下座させられる形になった。
「ちょっと早く早く」
私を呼びだした、外見だけはお嬢様な子が何かを急かしている。じゃーっと水道水が流れ出るのが聴こえた。…バケツに水を入れている。
「5、4、3、2、1…」
私は頭を踏みつけられたまま、床の上を頭を中心に回転する形でスライドさせ、無防備だった彼女のもう片足を蹴りあげた。
その瞬間に固い革靴の拘束は緩み、私はその一瞬の隙をついてその足を押しのけ、立ちあがりざまに手刀を彼女の腰に突きいれた。ここまで一度も人を殴らなかった私はエラいと思う。
一秒で回りを見回すと、やはりトイレの出入り口付近は逃げられないように姫ギャルスタイルの奴らががっちり固まっていた。一方、蛇口をひねってバケツに水をちょうど満杯にしたところの無防備な背中をさらしたギャルが一人。
近寄るのに一秒。
考えるのに0.5秒。
ここって本当にお嬢様がいる学校か?
私はそのまま足をフルスイングして、水一杯のバケツを持ち上げようとした彼女の背中に思いっきり蹴りを叩きこんだ。
彼女の動きが鈍かったわけじゃない。実際、襲い来る私に反応したからこそ、バケツをとっさに持ち上げようとした。だけど、何が何でも私にダメージを加えようとする前にあんたは逃げるべきだったんだよ、馬鹿が。
こいつはそのまましゃがみこんでめそめそ泣き出す。しかもバケツの水は零れ、こいつは自ら水の上にしゃがみこむ形となった。
私はそいつを無視して、鏡で自分の顔を確認した。最悪なことに、くっきりと靴跡が頬に残っている。これだけ跡が残っていれば、私が一方的に「かよわい女」達を襲撃したなんて言いがかりをつけられることもないだろう。
「てめぇ!」
モップで攻撃してきたギャルの顔に、私は振りかえりざまに殴…らずに、片手でモップを防ぎ、思いっきりビンタを見舞う。
「あっははははは!!!!」
そして次の犠牲者の腹に拳…ではなく手刀を突きいれる。
その腹に手刀を突っ込まれたギャルがへなへなと座り込んだ。
「…次、泣きたい奴から前に出ろ」
私は拳に掌を突き合わせて一歩踏み出す。生き残っていた姫ギャル達が、蒼ざめて後ずさる。
バタバタと逃げ去った。
「あっさり逃げられたな。残念。用が済んだなら私は授業に戻るよ」
声をかけてから、姫ギャル達の逆襲を受けないうちに、私はさっさと女子トイレを出た。大丈夫、あの外見だけはお嬢様な子のダメージは足だけ。そしてギャルの背中は骨が折れるほどにはダメージを与えていない。
そして私の頬に刻まれた靴跡。時間は1分と経っていないのに、靴の形をなくし、青あざにまでなっている。だから私はこの件で上からおとがめを受けることは絶対にない。
ばーか。お前らばかだろマジで。
廊下の時計を見ると、すでに授業は始まってしまっていた。まずはこの痣を手当してもらい、さらに「私は怪我をしました」アピールをする必要がある。授業をサボるのはいやだったけど、真っすぐに保健室に向う…前に、あの資料のことを思い出した。
あれを、私を恨む奴らがめちゃくちゃにしてしまう可能性がある。
私は仕方なく、薄汚れた制服と青あざを見せつける状態で教室に入った。驚愕の声をあげたのは、外部から入ってきたクラスメートだけ。咲真はがばっと立ち上がり、数学の先生も目を丸くして私を見てくる。…今まで真弓グループが「制裁」を加える為に女子トイレに犠牲者を連れ込むことなど、中学からの持ち上がり組にとっては見慣れていたんだろう。
私はそれら全ての視線を避けて、ロッカーの上を見た。
何もない。
ふつふつと苛立ちがこみあげてくるのがわかる。
でも、私の肩を叩いてくれる人がいた。
「咲真…?」
差し出されたのはあの資料。
「あぁ、咲真が持っていてくれたんだね」
その後、先生が素早く近寄ってきて、「早く保健室に行ってきなさい」と、資料をもったままやはり教室から追い出されてしまったのは言うまでもない。




