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三秒殺しの日常  作者: 縁碕 りんご
日常~6月中旬~7月~
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平穏な再会

 山を背にした木造住宅街の中に溶け込む、一軒の家。そこに私は、咲真と一緒に来ていた。結局地図を読むのが下手で、親戚の人の指示と黒錐咲真の驚くべき「ルート探査能力」に頼り切りで来てしまったのだ。

 「…やっぱり人の親切には甘えておくものだね」

 『お礼の言葉が欠片も出てこないところが全くお前らしいよ。さっさとインターホン押せ』

 「…うん」

 迷っていちいち悩み始める前に、思い切ってインターホンを押した。この期に及んで、私はまだ母親と会うことが怖いらしい。

 二回ほど鳴らすと、ほどなく『は~い』と明るいオバサンの声が返ってきた。

 

 「…沢原、千華です」

 

 ―――――――


 「あがってちょうだい。そちらは付き添いの方?じゃあ貴方はこちらまで来ていただけるかしら」

 咲真はいきなり別の部屋へ案内されていく。さっさと彼を追い払うと、オバサンはにこやかに私に話しかけてきた。

 「よく来たわね。私は貴方のお母さんの妹なのよ。長谷川香織といいます。お母さん、千華と一緒にまったり話したいそうだから」

 「そうですか…」

 和風仕立てな家の造りだった。長い、よく磨かれた廊下を歩いていく。いろいろ見て、そういえば普通の家の、質素な建築を見るのが久しぶりだったことに気付いた。うちのフレンズがいかに金持ちすぎるかということだろう。

 私の前に立って歩いていたオバサンは立ち止まり、すっと障子を開けた。

 

 「では、ごゆっくり」


 私を縁側に面した和室に入れたかと思うと、すぐに退散してしまうオバサン。…ちょっと待って置いていかないでヨ!確かに目の前にちょっとした日本庭園があって、縁側にお母さんが着物姿で座って縁側で引き開けられた障子に凭れかかって微笑んだままこっちを見つめてるけど何だか話しづらいんだってぇ!!

 「千華」

 その声は私とよく似てる。

 「ぼーっと突っ立ってないでこっちにいらっしゃい。今香織がお茶を用意していると思うから」

 私の母、長谷川華代はせがわかよ。最後に会った時よりも、顔色はいいみたいだった。私は微笑みかえそうとして完璧に失敗しながら、母の隣に座る。

 「…ものすごく背が伸びたわね。お父さんと似ているわ…でも声は、私そっくりなものね」

 「本当に…」

 本当に、声だけはよく似ていた。でも逆に、母と似ているのは肌の白さと声だけなのだ。可憐な花みたいになよなよとした(しかし言うことはずばずば言う)お母さんと違い、私は背も高く、顔立ちもちょっと掘りが深いし、顔は平たくない。でも、父のことを言われると、何だか気持ち悪かった。

 「ちゃんと、千里のご飯食べてる?」

 「食べてる」

 「すごく勉強してるそうね…よかったわ、貴方が元気そうで」

 「元気…なのかなあ」

 「だって、七年前と違ってまるで殺気がないもの。大人を怯えさせるほど殺気だった小学生なんて、早々いないわよ」と淡々と言ってくる母の声は、けれどどこか沈んでいた。

 「思い出させないでくれる?今は…その、母さんの事情もちゃんと分かっているから」

 

 大人を怯えさせるほど殺気だった小学生…。この頃からすでに、私はクラスのリーダー格になっていたと思う。

 問題は一切起こさない。ちゃんと勉強もしたし、素行は悪くないはずだった。ただ、何かが欠けていた。皆、私に怯えて、私に一切逆らわないようにする。クラスの重要な問題を一切考えず、私一人が意見を言って、それが拍手で通ってしまう。

 それがますます私の苛々に拍車をかけた。そのうち先生までもが、私にびくびくしはじめた。私が怒って窓ガラスを叩くと、それだけで男子までもが黙ってしまう。


 …なんで、そんなに私を怖がるんだろう?


 「鏡、見てみたんだ」と私は言った。

 「皆、あんまり私を怖がるものだから、鏡を見たの。そしたら、ずっと眉間に皺つくって、睨みつけるような目つきをしている自分が…いたっていうか…」

 「ごめんね。七年ぶりの再会だったから言うけど。母親になれなくて、ずっと後悔していたわ。でも貴方は、ちゃんと成長した」

 「だから、謝らなくていいって」

 そう言って、私は改めて机の上に置きっぱなしになっていたたくさんの新聞を見る。かなり古くなって黄ばんでいる新聞を。母さんは思ったことを素直に口にする。…そうだ、この特徴も私は受け継いでいるんだった。

 「そう言えばね、これも二年前の話なんだけど…警察から電話がかかってきたの、貴方のことで」

 お母さんは相変わらず、微笑んだままとんでもないことを言いだした。私と同じように、遠い目で新聞を見ている。

 「…たくさん悩んだんだと思う。でも、貴方が考えていることは、間違ってなかった」

 「知ってたの?」

 「知ってたわ。増田さん…だったかしら」

 「またあのお節介刑事?なんで母さんにまで余計なこと教えてるの」

 新聞は大きな見出しで、「神奈川ソープランド襲撃事件」とか、「神奈川女暴走族の復讐」とか書きたてている。二年前…まだ私が清羅学園に入学していなかった頃に起こった事件。襲撃を計画し、暗躍したのは三秒殺しわたしではないかと、増田刑事は疑い、以後私をマークするようになり、私を「昼の世界」へ引き戻そうと努力し続けてきた。

 もちろん証拠なんかない。そう…私がやったという証拠は、何一つない。

 「どうせまたあの子が…って思ってたんでしょ」

 「怒ってないわよ、私は。でも褒めてるの。増田さんの言っていることが本当だったら、貴方は本当にすごい子だなって」

 「どうして?普通だったら、誰でも私を怖がるでしょう?」

 「貴方は何の目的もなく、むやみやたらにあんなことをする子じゃない。でも、目的の為なら手段を選ばない子ね。ほんと、子供みたいな目的よ…例えば、友達を助けるとか」

 「どうせあいつが全部喋ったんでしょ。私が言ったことを」

 「嘘じゃないでしょう?」

 やんわりと指摘されて、私は黙りこむ。やっぱり、母の指摘は鋭く、回避することができない。別にここで意地を張る必要もないだろうと思って、私は素直にうなずいた。

 母さんは、ずっとこのことを訊きたかったに違いない。我が子のことを推測でき、理解できたとしても、やはり警察から電話がかかってくるのは心配だった、とか。本当は何が起こったのか、子供は怪我していないのか、とか。

 「あいつらはクズだった。あんな奴ら、生きている資格はないし、捕まったって反省しない。あいつらこそ、死ぬべきだって…そう思ってた。

 でもさ、私を追いかけてきた刑事さん、なんて言ったと思う?お母さんと同じように、私の言っていることを認めたの。で、「あいつらを裁くのは君じゃない、暴力に暴力で返すような君のやり方は、私は決して正しいとは思わない」って」

 「世にも素晴らしいお節介刑事ね、増田さんって」

 母さんはくすくす笑いながら、私に同意した。

 「でも、刑事さんが頑張ってくれたおかげで、こうして貴方と会えたのだから。感謝しないわけにはいかないわ」

 「…事件のことはもう良いよね。具合はどう?」

 「具合が悪かったらこうして娘を呼びつけたりしてないわよ」

 

 穏やかな風が吹いていた。髪の毛が靡いて、初めて自分の髪の毛が少し伸びてきたことに気付いた。


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