その舞台裏では
「待て!」
彼はスナイパーを追いつづける。けれど相手は、何か勘違いしているようで、こちらに銃口を向け、威嚇射撃しようとしてきたので慌てて叫んだ。
日本へやってきて以来、久しく使わなかった、英語で。
『俺だ、クロウ!…何故だ、何も覚えていないのか!?』
ぴたりとスナイパーの動きが止まる。その不自然な挙動は、確かにシートンの問いを肯定していた。
『お前は死んだはずなのに…なんで』
『今思い出せるのは、お前だけだ。…お前以外、俺は何も覚えていない。母国語すら、俺は…』
『本当に何も覚えてないのか!俺は確かにあの時…』
シートンが言い募ろうとしたところで、パパパパン!!と威嚇射撃を受ける。しかし、シートンがいる方向とは見当違いの射撃だった。
はっと顔をあげる頃には、すでに男は消え失せている。
(ハッタリかよ…畜生!)
さらに追跡しようとして…複数の足音に気付いた。倉庫の表にいる警官たちが、こちらにやってきている。ここで捕まってはまずい。
シートンは音もなく、いましがた自分が飛び出してきた裏口から倉庫へ戻った。
「背後に組織が…?」
救急車の中で、私は担架に縛り付けられたまま、自分に付き添っている刑事に問い返していた。…このお節介なジジイは、私の額の腫れ具合を見て、いきなり脳震盪を起こしているかもしれないと救急車を呼びやがったのだ。
「あぁ。だから、いくらケンカが強いからといって、もう下手に動くな。…今回は、君の友達が関わっていたとはいえ…」
いつも私の事情に首をつっこんできた増田刑事は、また父親面で私に「夜の世界とは関わらないよう」説教をかけてきていた。
「私はすぐに無茶な行動するから、って言いたいんですか。…組織って、また暴力団とか…?」
「いや…クスリのバイヤーは、外国のマフィアらしい。…とにかく、危険だとわかっているなら、不良との縁を切りなさい。せっかく家族が君を救いだしてくれたんだ。もう、夜の世界に関わろうとするな」 余計なことは教えてあげませんといわんばかりに、刑事は言葉を締めくくった。
「…関わらずにすんだら、それでいいんですけどね…」
「どうせ、大人は信用できない、とか言いだすんだろ。…私達を信じてくれなかったから、君はその足に火傷を負い、背中を怪我したんだ。自分がどれだけ無茶をしているのか、分かっているのか?」
「…仕方ないです。私は…いろいろと放っておけない。このまま貴方の言うとおりにしても…皆が心配で心配でしょうがない。何もできずにただ見ているのが歯がゆい。私はただ自分が正しいと思ったことをやっているだけです」
自分がこの身に負った怪我は全て、闇から弱い人間を守る為だった。誰も助けてくれないから、なら自分が人を助けられる存在になろうと思った。
けれど今は、その自分を救おうとする人間がいた。
私はいつまでも、昔のように血気盛んなダークヒロインで在り続けるわけにはいかないみたい。
救急車はサイレンを鳴らして、道路を走り抜けていく。自分の乗っている救急車に着いて来ているであろう恵鈴ちゃんと上代君を乗せた救急車。もう一台には、アリスとシートンさんが乗っているはずだ。全てはこの刑事のお節介だった。
病院での無駄な点滴に思いをはせ、私は目を閉じる。




