再び夜の中へ
「…私に無理やり麻薬を売りつけようなんて、百年早い」
父が教えてくれたことは、良い勉強だった。そう思っていた時、夜の世界の中で溜まり、どこか知らない学校でリーダー格として粋がっていた連中が、私を取り囲み、どう見ても違法なクスリを買えと言ってきた。従わなければ、クスリを買わなかったことを「後悔させてやる」―――
…粋がっていたからウザかった。そいつは異常に自分の外見に自信があるらしかった。確かに女の子とよくデートしていた噂を知っていたけど…私より人数が多いし、男は力もある。リーダー格のその男は油断しきっていたみたいだった。
「わかった。どんなのか見たいから、それをこっちに渡してくれない?」
そう言ってブツを受け取ると、私はそれをぽーんと真上に放り投げる。皆がそれを目で追ったのを確認して、私の四肢が唸りを上げる。
5分後。
あれほど粋がっていた彼らは、お腹の痛みを抱え、床でがくがくと震えながら、恐怖と怯えに満ちた目で私を見上げてきた。
――――
「君が悪いんだよ、如月さん…」
ねっとりした声が呼びかけてくる。彼女はその声を無視して、必死に両手を固く戒める太い縄を解こうとしている。両足も縄で拘束されている為、苦痛を承知で逃げだすことも叶わない。口にはガムテープが張り付けられ、叫び声をあげることもできない。
「でも、一石二鳥だよな。もしかしたら、この子で「三秒殺し」が釣れちゃうかもよ?」
「だよなあ。もしあいつが来ちまったら最高だなあ。この街で番張ってた奴を倒せば、金儲けも上手くいく。…邪魔者が消えてくれる」
今までは、この街で麻薬取引の為に同世代の若者に渡りをつけようとすると、必ず三秒殺しが現れて邪魔をした。暴力団ひとつを壊滅させたとも言われる彼女は向かうところ敵なしで。この街の不良達は皆彼女に従っていた。
そんな“三秒殺し”が番を張ったこの街で、麻薬取引をこの場でしようとすると、必ず失敗したのだ。
「―――――楽しみだ」
後ろ手に縛られた手で、カバンから必死にスマホを取り出そうともがいていた彼女は凍りついた。
-うーん…私の名前を知っているってことは、夜もいろいろやらかしてる人達だと思う。確かにあの変なあだなは私のことだよ。でも、あんまりそれは聞かないでほしい。私の過去ってドラマにできるぐらいにシリアスだから。
助けは呼べない。
彼女をここに来させてはならない。
彼女との出会いがきっかけで、琴峰心という友人までできた。
まともに発言すると、「ちょーしのってんじゃねえよ」と女子から陰口を叩かれた日々。
そんな中で、初めて自分の言葉が通じたトモダチ。
彼女を傷つけてはいけない。
「餌を撒いておかねーとはじまんねーよ。まずはこっちから招待しに行こうぜ。…おい、音声ちゃんと撮っとけよ、小杉。それは絶対必要だからな」
と言いかけた男は、小杉と呼びかけた男の動作を見て、微かに口を歪めた。
「…まあお前なら、言われなくてもいろいろやるだろ。でもまだヤるなよ。一歩手前まで進めて、音声をこっちに送ってくれるだけでいい」
「りょうか~い」
「……!!」
ガムテープで口を遮られて意味不明の声しか出せない。その両目からは涙がぽろぽろ零れていく。小杉と呼ばれた男は、サディスティックな笑みを浮かべて彼女に歩み寄り、彼女の口からガムテープを引き剥がした。
***
「家に帰っていない…?」
『学校からの連絡網で回ってきたんだよ。如月恵鈴が行きそうな場所に、何か心当たりはないかって。誰でも彼女を目撃した人は通報してほしいってさ』
家の親機から電話をとっていた。
握りしめられた受話器がミシミシと音をたてていることに気付いて、慌てて力を抜いた。
「そんな…どこにいるっていうんだ…?」
心ちゃんの時は、事件現場が住み慣れた街で、方向音痴の心配がなかったこと、不良達の間にいろいろと聞きこみしたことで、奇跡的に彼女を知っている人物を探し出せた。でも私は、恵鈴ちゃんの住んでいる場所を知らない。
どうしよう…どうしよう?
電車の中で絡んできたナンパ師三人。
私の異名を知っていた奴ら。
ストーカーの話。しつこいメールや電話。
どこかで見たことのあったあの…生意気なツラ。
「あいつらは…」
一切の感情が消えていく。黒々とした思いが噴き出してくる。時計を見上げると午後6時。兄さんはまだ大学から帰らない。私は押入れの中に封印していた金属バットを使おうかとも思ったけど、やめた。あいつらのいるところには多分…鉄パイプがたくさんある。
私の勘違いだってことを祈って、恵鈴に電話をかけた。
-電源が切れているか、電波の届かない場所にあるため…
そのまま玄関に向おうとしたところで…
障害物が立ち塞がった。流暢な、でもドスのきいたEnglishで尋問してくる。
『どこへいく?』
『…どけ』
『もう一度訊く。どこへいくつもりだ?』
…いくらなんでも話をしている時間が惜しかった。
負けると分かっていても、私はアリスに向けて手をあげた。
…粋がっていたからウザかった。そいつは異常に自分の外見に自信があるらしかった。確かに女の子とよくデートしていた噂を知っていたけど…私より人数が多いし、男は力もある。リーダー格のその男は油断しきっていたみたいだった。
「わかった。どんなのか見たいから、それをこっちに渡してくれない?」
そう言ってブツを受け取ると、私はそれをぽーんと真上に放り投げる。皆がそれを目で追ったのを確認して、私の四肢が唸りを上げる。
5分後。
あれほど粋がっていた彼らは、お腹の痛みを抱え、床でがくがくと震えながら、恐怖と怯えに満ちた目で私を見上げてきた。
「…こんなものか」
ほらね。やっぱり不良なんて、怖くない。こんなふうに好き勝手な生活して、体を壊している連中に、私が負けるはずがないんだ。そして、私は悪くない。何故なら、脅迫してきたのはこいつらだから。私は被害者だもの。こいつらがしかけてこなかったら、こんなことはしなくてすんだのにね。
「さて…」
私は薄い笑みを浮かべて呼びかけた。
「金はとらない。これをネタに脅したりするつもりもない。私はあんた達と同レベルになりたくないから。でも。
…せっかくクスリもらったんだから、これ、あんた達のご両親に届けちゃおうかな」




