どうしたい?
まさか私を殴ろうとするとは思わなかった。あの日の昼休みに、浅井くんから聞いていた有名な大学の学長が、私を殴るために手をあげるとは思わなかった。
なんで?いざという時もみ消せるから?
「…ふざけるな!!」
飛んできた右腕に瞬時に主刀を突き立てる。突き指するんじゃないかってぐらい力をこめて、標的が私の頬にロックオンされていた学長の右手の軌道を変える。そのままこっちの左手を伸ばしてその右手を掴み、無理やり後へ向かせようとして、
「っ…!!」
失敗。
腹に膝蹴りを受けそうになって膝と左手の肘で防御、それで学長の「悪魔の右手」を離してしまった。その間にこいつの両手が逆に私の左手を掴み、自分から後ろを向く。
(背負い投げされる…!!)
思いっきり油断していた。ケンカを売られたわけじゃない、殴られてもかわせばいいとたかをくくっていたのに、こんなことで全力でバトルしなきゃいけなかったなんて。
分かっていたら、すぐに回し蹴りしていたのに。
「っあっ…!?」
ダンッ、と畳に体が倒れこむ。うっと息がつまり、一秒後に頭をぶつけることを予測して、ぎゅっと目を瞑った。…が。
「…え…」
「理由もなく一般人にダメージを与えるわけがないだろう。すぐに息子の私物について教えてもらいたかったんだが、どうやら君はデキる方みたいだったからね」
訳が分からない。畳に勢いよくぶつかるはずだった私の頭の下に、武骨な手が差し込まれていた。
おかしすぎる。この一家、頭が逝っちまってるんじゃないか?
「…なんで…なんでなんですか?」
どうして訊かれたことを教えなかっただけで、私は背負い投げされているんだ!?
「咲真!」…が今にも飛びかかろうと学長の背後から迫ってくるのが見えたので声で制す。あのバカホストは目を丸くして明らかに焦っているらしい。
「なんでそこまでして、友永くんの私物を捨てたいんですか!?なんで私は、質問に答えなかっただけでこんな目に遭っているんですか!!」
「…ごめん…」
第三者の声が聴こえた。
母親からハンカチを渡され、それで傷を抑えつけている友永くんの声が。
「もう、いいよ。ごめん、ごめんね、沢原さん。僕が意地を張ったから…ここでバスケを続けたいって思ったから…」
仰向けに倒れ伏し、学長から見下ろされる…その側で、友永くんが今にも泣きそうな顔でしゃがみ込んできた。…私の嫌いな、あの弱い、女々しい顔。本当はもっと力が強いはずなのに、幼い頃からのトラウマで親に逆らえないでいて、ハンカチに血を滲ませた…
「…~~~っ!!!」
私は起き上がりざまに彼の襟首を掴み、強引に立たせ、学長の目の前に彼を押しだした。
「子供を見ろ…お前のせいで額から流血しまくってる子供を見ろ!!こいつに怪我さしてまで、こいつの好きなもの全部奪ってまでお前は何がしたかったんだ、言え!!」
「永遠にバスケを辞めろとは、一言も言っていない」
予想外。
予想外な台詞に、私は「え…?」と呟いてしまった。私に襟首を引っ張りあげられている友永くんも、「は?」って感じで、それこそぽかんと口を開けて学長を見ている。
「アメリカのバスケットボールの名門校…メンフィス大学。そこへ行く一番の近道は、もとからその地元になじみ、その地元の高校に通っていることだ。体格は小さいが、この子は昔からジャンプ力は有り余っている。
本当に選手になりたいのなら、仲間だの楽しさだの…そんなものは妨げになる。必要ない。それをこの子は分かっていない。だから清羅学園の者は全て処分させようとした」
…驚いた。
…やっぱりね。父親面した鬼じゃなかったらしい。きっと友永くんにも、「学園のバスケ部はやめろ」とかちゃんと限定していただろうに、友永くんは勘違いしちゃったんだね。
「寂しい人ですね…」
とぼそりと呟くと、お決まりの台詞…人の家庭のことに首突っ込むなとかいろいろ返ってきた。論理的に畳みかけられてしまう前に、私は言いかえす。
「…それって、子供に怪我させてまで押し付けることかな。見てくださいよこのネガティブボーイの顔!父親をこんなに怖がっている子供に、親の本当の気持ちなんか伝わるわけがないでしょ。
何より、ちゃんと訊いたんですか?「お前はどうしたいか」って」
「何を…」と学長が何か言い返そうとするけど…させんよ暴力男!
「仲間とか楽しさとか必要ないなんて言い切ってしまったら、それほど寂しい目的はないです。周りの人間は全部敵、蹴落としてしまえってことなんだから。…水瀬くんについての写真を送ったのは貴方ですね。学長はただ、息子の障害を取り除きたかったんでしょうけど、変なやり方…。
私も学長も、バスケなんてよく知らないのに…自分が今まで経験してきたことをバスケに当てはめてはいけないと思います」
だから今すぐ息子に訊いてください。本当は奏はどうしたいんだと。




