何も心配しなくてよかった
保健室の鳥井先生に私達にかなり怒られた。もちろん、友永くんの事情を知った上で。でも、私がさんざん頭を下げて、ようやく渋面を浮かべながらも、友永くんの顛末は誰にも言わないと約束してくれた。その結果。
制服を持ってきてくれた咲真達には、「友永くんは私以外誰にも言えない相談をする為に屋上へ呼びだした。私が面白半分でフェンスを乗り越えようとしたら間違って転落してしまった。彼はただ助けてくれただけだ」
そう言い訳した。
咲真は殺人犯の顔つきになってまだ怒っていたけど、白石くんとアラステアに引きずられて、私よりも先に下校していった。
だって、誰にも言わないと約束したし。
また私は熱を出してしまうんじゃないかって思ったけど、私じゃなくて友永くんが熱を出してしまった。鳥井先生は私に友永くんの側についていてほしいと頼んできた。放課後の職員会議に行かなければならないから、彼を一人残しておくのは心配だと。
確かに、放課後の保健室にいるのは私と友永くんだけだ。
「最初からそのつもりです」
「あと、友永くんのご家族に彼を迎えに来てもらえるように電話をいれたんだけど、お父さんは仕事でだいぶ遅くなるって…。沢原さん、時間は大丈夫なの?」
「どうせ私はヒマ人ですから。最近は勉強の仕方がわかってきたし」
かなり待たされるんだったら、ちょっと困るけど。私にも時間は無限にあるわけじゃない。
彼はそっと謝罪してきた。
「ごめんな…」
彼の白すぎる肌に、ほんのわずかに赤みがさしている。夕日は段々光を失い、空は闇が濃くなっている。保健室に電気をつけてから、鳥井先生は放課後の職員会議に出かけていった。
「私は元の制服に着替えたし。あんたは体操服に着替えた。もう水に飛び込む心配はないから」
「…どうして俺が、屋上にいるってわかった?」
「要らないものを全部置いていこうとしていたところから、もう嫌な予感がしてた。友永くん、傷ついたでしょう。私に嘘つきって言われて」
「……まあ、ね…」
「こっちこそ悪かった。キツイこと言って。だってあんた、「俺怪我しちゃった」って変なメール送ってきたくせに、それ以上何も教えてくれなかったから心配だったんだ」
「心配…?」
「で、一体何があったのかと思っていたら、あんたのギプスからは何の匂いもしなかった。薬の匂いも、湿布の匂いも…あなたは病院にすら行っていないんじゃないかって。だから、こいつ嘘ついているんじゃないかって思って、ためしにCDを投げつけた」
「…驚いた。そんなことまでわかるの?」
「一度嗅いだ匂いは覚えているから。救急外来に担ぎ込まれた時に」
「救急…?なんで怪我なんか」
「それ以上は教えてやらない。私のトラウマに触れるから」
そう答えてから、こいつが私の怪我を偶然見てしまっている可能性を考える。濡れたままタオルをかぶせられていた私は、制服を渡されるとそのままトイレに入って着替えた。…多分、見られていないはずだ。
「…でも…」
「人の過去を詮索するより、自分の高熱治すこと考えたら?…じゃないと…」家族の人が心配する、と言いかけて、私ははっと口をつぐむ。
「あぁ…あんたは、父さんが怖いんだったね。…辛かったね、今まで」
「俺、また泣きそうだよ、泣いていい?」
「…うん」
できるだけ微笑もうと試みる私の脳裏には、灰色と黒と赤の記憶が思い出される。
私だって哀しい。素直な気持ちを口にすると嘲笑われることが。
自ら死に近づこうとするバカが、自分を愛せないバカが。
バカを愛せない親が。
いくら引き留めても救えなかった、何十人もの不良達を。
「歪んでるね…あんたの父さん」
彼の片手に、ギプスはもうない。私を助ける為に、水の中へ投げ捨てたらしい。
「そんなに子供が差別されることが、嫌だったんだね」
「なんで…?あいつは、俺から何もかも奪おうとしているのに。子供が批判されていじめられたって、あいつは平気なんだ…鬼なんだよ、あいつは」
「…じゃあ、なんでハンデがある分勉強しないといけないって言ってたの?」
「…え?」
「よく思いだしてごらんよ。100点とった時、周りのあんたを見る目は確実に変わったんじゃないかな。オール5の成績表をもらった時から、もうあんたは“アルビノの可哀そうな子”じゃなくなっていたんじゃない?」
―あいつ、アルビノらしいし。昼間外に出られないんじゃあなあ…
―でもあいつ、いつも成績優秀らしいよ。毎回100点とってるんだ。
―へえ、すごいなあ。やっぱ勉強してんのか。
「それに、勉強と両立してバスケやるなんて、相当すごいことだよ。光を見にくいのにさ」
-信じられない、あんなに得点とるなんて。
-ただの病気野郎だと思ってたけどさ、案外やるんだな、お前。
-すげえよ奏!
「あんたは超絶ネガティブなのに、できるだけそれを表に出さないようにしてたんでしょ。…心配ばっかり、被害妄想してばかりなところ悪いけどさ。貴方は誰からも嫌われてないよ?どうして人の評価を素直に受け入れてこなかったんですか。貴方はいつだって努力してきたのに」
怖かったんだ、と彼は言った。人は何を考えているかわからないから、と。
本当に自分が人気者なのか、人から高い評価を受けているのか、確信がもてなかった。
「…人が何を考えているか、いちいちご機嫌窺ってたら生きていけない。あんたはもう、気にしすぎて鬱にならなくていいんだ。学校の中でのあんたは常にミステリアスに微笑んでいる、手の届かないイケメン。皆、あんたのことを崇拝してるんだから」
人が褒めてくれたことを、素直に受け入れることだね。




