思わぬ懺悔
相談したいことがあるといわれ、理由もよく知らないまま、本人の自殺現場に遭遇。何があったかをやっと教えてもらえたと思ったら、巻き込まれてプールに一緒に屋上から飛びこまされる。
…これほど間抜けな展開をつくった私は一番間抜けだと思う。
体が水中から引き上げられるのがわかる。
「沢原さん!沢原さんっ!」
体の隅々まで塩素つきの水を血液の代わりに満たしてしまっている。何も聴こえない。
「…これ、は、こうなるわけ…?えっ、えっ、でも、やらないと、死ぬよな…」
寝ているのにあぁうっさいな誰かが喋ってるよ、程度のもの。
「ああ、もうっ!」
何か口に柔らかいものがあたる。
そうして空気が口の中に入ってきて、
そして私は何かの噴水のごとく大量の水を吐きだした。
「げほごほ…が、がほっ…」
「沢原さんっ…」
段々アルビノボーイの声が情けなくなっていくので、私はうっすらと目を開ける。
「何だよ…うっさいな」
こんな目に遭わされて、私は怒るべきなのか?…正直に言うと、これだけで済んでよかったと思っている。直前に聞いた話を思い返してみると、やっぱりこいつを「酷い目にあわされた」と大声で罵倒する気にはなれなかった。
「わざわざ…私が、止める必要もなかったね…」
「…っ」
「だって、たとえ一人でも、お前は死なずにすんだし…まだ私ら、生きてる、でしょ…もう、屋上から飛び込みは…遠慮したいけど」
「そんなことないし…プールに飛び込まずに直接固い地面にあたる角度を計算してた」
なんでそんなこと真面目に答えてくれるんだよ。
…笑っちまう。
「そんなもん、計算しなくて…いいんだよ…よかったよ、本当に…」
意識が朦朧とする中、アルビノボーイの泣きごとに答えてやる。
「ごめん…ごめんね…ありがとう…」
ただ、ひたすらに。
父は厳格な人間だった。厳格な家庭だった。
祖父は東大法学部のキャリアを積むと同時に、剣道5段の実績ももっていた。父は父で、今は有名大学の学長だ。父方の家系には、何か厳しすぎるものがあった。母は自分に対して優しかったけど、父はアルビノで生まれてきた自分を否定した。
ハンデがある分、キャリアを積まなくてはいけない、というのが、父の意見。それは、好きなことや他の人間としての義務よりも優先すべきことだと言った。母は父に逆らえず、人と目が合わせられない性質で、いつも疲れたようにうなだれていた。
言葉づかいから、礼儀作法まで厳しく躾けられた。
100点をとると、その日はいい一日で終わった。褒めてもらえた。
だけど悪い点をとると、無茶苦茶に暴力を振るわれた。
お前は人と違うし、ハンデがある。
その分を勉学で補わなければいけないというのに、何だこの点数は!
ごめんなさい、いい子になるから、
殴らないで、いい子になるから。
そんな頃に、親戚に勧められて始めたのがバスケットボールだった。スポーツというものは汗と共に、心の嫌なものまで流しだしてくれることを知った。その時初めて僕は、ずっと恐怖の対象でしかなかった父に「頼みごと」をした。
…勉強と両立するからと必死に頭をさげ、夕方はバスケにうちこみ、勉強し続けた。
整形を強制されたのは、中学卒業間近のことだ。それまでいつも、白髪と紅い目と、その醜さをからかわれてきたけど、生まれ持ってしまった外見だと割り切っていた。
だけど父さんは違った。
整形しろ。このままでは、お前はその顔で一生差別される。
整形というものがどんなものかは知らないけど、すごく痛いことだけはわかった。ずっと殴られ続けてきた僕は、痛みに恐怖した。
痛いのは嫌だ。痛いのは嫌だ。
嫌だ。
聞いてもらえない。術後は顔が腫れあがり、辛すぎて、大声で泣いた。すると殴られた。
けれど、どんなに辛くても、バスケは本来の自分を引き出してくれる。運命の相手と出会った思いだった。それなのに、俺は一日前からバスケさえも失いかけている。
あいつは父親なんかじゃない、鬼だ。
ああやって殴りかかってきて、すぐに俺の大切なものを攫って行くんだ…
「もう、俺を苛めないでください、父さん…」
ただひたすら、俺は意識を手放すまで、俺の命を繋ぎとめた女を抱きしめ続けた。




