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三秒殺しの日常  作者: 縁碕 りんご
ケータイに登録されたプロフィール
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抜けだした日

 しん、と空気が澄み渡っている。


 いつの間にか大量の本をお腹にのせたまま、眠ってしまったらしい。耳元でケータイがブ―ブ―鳴って煩い。起き上がると、お腹の上から本がドサドサと床に滑り落ちていく。眠ってしまう直前に読み終わったライトノベルは「ヘヴィーオブジェクト」の第一巻だった。

 朝五時だった。

 姿見に映る左右反転した部屋の中。鋭利過ぎる切れ長の目つきをした、女にしては引き締まった顔が、静かに自分を見つめ返している。乙女ゲームのヒロインのように、もうちょっと柔和な顔になればいいのにと思う。その頬には、まだ新しい、殴られたような痣ができていた。

 

 『せいぜいエリートコースつっぱしってろ!!』


 殴られた理由はわかっていた。

 神奈川でレディースのヘッドをしていた親友は、自分も彼女自身に力を貸してくれるものと…自分は彼女と同じ境遇だと、奇妙な連帯感をもっていたのだ。それがあっさり裏切られたから、私が底辺の世界から抜けだしてしまうとわかったから、殴ってきた。


 「でも、どうしようもなかったんだよ、優子」


 痣を撫でながら、私は呟いた。


 「私は優子より恵まれていたんだから」


 そう。どん底に落ちたと思っていても、どれだけ人を殴り続けてきても。たった一人の家族が私を見捨てなかっただけ、私は恵まれている。この紅いメッシュも…あと数時間で、シャワーで洗い落とす。そうすれば、私の不良っぽいスタイルとは永遠にお別れだ。

 一緒に暮らそうと言ってくれた兄の為にも、まっとうな道へ戻らなきゃいけなかったんだ。


 「千華、おはよう。今日はよく眠れた?」


 私とは真逆のほんわかした雰囲気をもつ兄さんがエプロン姿で話しかけてきた。私が地味にぐるりと回って制服を披露すると、兄さんー千里は女の子みたいに嬉しそうな笑みを浮かべて、コップに入った野菜ジュースを指しだしてきた。

 「やっぱり、清羅学園に妹が通うっていうのは鼻が高いな」


 そうやって喜ぶ様は、美しいモデルが男装をしているようにしか見えなかったけど、口に出さないでおく。


 「入学式だから、千華の好きなカレーライスつくったよ♪食べて食べて」

 「…頂きます」


 どうして兄さんはそうしゃきっとしていられるんだろうか。

 そうか、朝のちゃんとした時間に起きるのがひさしぶりなんだ。


 清羅学園。自分には決して手の届かない、夢のまた夢のお金持ち学校の試験に通り、学費不要の特待生として入学を許された。信じられないキセキだった。本来よりも一年遅れた入学だったけど、病気がちだった母は泣きながら喜んでくれた。

 長いことしていなかった親孝行ができて嬉しかった。

 カレーライスを食べながら、兄と二人で暗い過去を少しだけ語り合った。それから兄さんは大学へ行った。


 「やり直そうね、千華」


 心からの笑顔で、兄さんはそう言ってくれた。


 ――――――――…


 気持ちを新たに電車に乗る。


 そこでひとつの問題に気付いた。


 「あっ、あれっ…?」

 メモがない。学校まで乗り継ぐ交通機関のタイムスケジュールとか学校への道筋とかを書いたメモがない!確かにブレザーのポケットに突っ込んでいたのに!!

 必死に制服のあちこちを探ったり、鞄をひっくり返してみたけど見つからない。

 「この電車に乗ることは覚えてたんだけど…」

 すっかり困って、まだ空いている車内を見回す。入学式初日から、私はいきなり迷子の危機だった。一秒で焦りは臨界点を超えた。


 けど。


 次に停車した駅で、同じ制服の男の子が乗ってきた。私よりも背が高い。多分身長は190ぐらいあるんじゃないか?

 …まーいいや。とりあえず、迷子の危機は去った!

 困ったらこの子に着いていけばいい!!

 そう思ったけど、男の子は私の視線に気づいて、


 「………………」

 「…!?」

 

 何も言わずに人殺しの視線を向けてきた。私はいきなり彼に警戒されているらしい。

 「……」

 仕方なく立ちあがり、彼に歩み寄る。条件反射的に一般人を睨みかえしたら、警察に通報されかねないことは経験でわかっていた。笑顔を心がけて話しかけて、ちゃんと言うんだ。

 

 「あのー、同じ学校の人ですよね?」


 にっこり笑顔にっこり笑顔にっこり笑顔…しかし彼は警戒を解いてくれないまま頷く。でも、人殺しの目つきで見られるのは慣れてる。できるだけ丁寧な口調で話し続けた。

 「私は今年から入学するんですけど、まだどこをどう乗り継いで行ったらいいのかわからなくて。べったりくっついて回るわけじゃないので、一緒に着いて行ってもいいですか?」

 おっしゃ私完璧!仮面はうまく私の顔に張り付いている。


 けど…何だよこの人。一言も喋ってくれない。口を開こうともせずに、ただ私をガン見してくる。ただ、警戒は薄れているみたいだった。そのうち、私は男の子の首にまかれた真っ白な包帯に気付いた。その首は、ゆっくりと縦に動いた。

 どこか、怪我をしてるのか?

 でもこの質問は口に出してはいけないような気がしたから、代わりに声をひそめて言った。


 「答えられないんだったら、別にいいです」


 この男の子が自分より上級生なのか、それとも今年から入学するのかはわからないけど、下手なことを言ったらあの「人殺しの視線」が永久的に続くだろう。

 男子生徒は完全に警戒を解いてくれたみたいだった。今ではあまり見かけなくなったタイプのケータイをとりだし、何やら入力している。現代の学生にしてはめずらしく、スマートフォンを持っていないようだった。

 ちなみに私も、いろいろあってスマホを壊してしまい、旧型のケータイを持っている。

 メール作成画面にあったのは、『今年から入学 いっしょ』

 「あぁ、私の話に付き合ってくれるんですか」と私は本気で言った。彼には、道案内だけをしてもらうつもりだったんだけど。でも単刀直入に質問したい。例えばあんたのその首の包帯とか包帯とか包帯とか。禁句とわかっていても、質問しそうになる。

 でも、包帯で包まれた部分からほんのわずかにはみ出た、皮膚に残るグロテスクな傷跡を見ると、質問する気は失せた。怪我は辛い記憶だ。人の痛みを思い出させてはいけない。

 

 トントン、と肩を叩かれ、さらに画面を見せられる。


 『訊かないのか』

 「何をです?」


 彼はかすかに笑って、自分の首を指さす。さきほどとの態度とはがらりとうって変って、優しそうな男子がそこにいた。ちょっと「え?」ってなった。一体彼の思考パターンはどうなっているのだろう。さっきまでは私を「殺してやる」といわんばかりに睨みつけていたのに。そんなに私に気を許してくれるとは思わなかったよ…?


 「そういうことは、聞かない方がいいと思いますが」


 でもちょっと嬉しかった。

 きっと、「声大丈夫ですか?」「声でないんですか?」とか、くだらない質問はされたくないでしょう。そう言うと、


 『うん だからびっくりした 質問しない人間もいるのかって』

 「その特徴で同情されるよりは、ハンデは無視してもらった方がいいものです」


 ケータイをカチカチ打つ反応はない。

 何をそんなに驚いているのだろう?一瞬だけ彼は目を大きく見開いて、それからまたすっと目を細めて、じっと私を見てくる。

 「人のことをじろじろ見るのはよくないです」とだけ言っておいた。自分の顔に何か着いているのかと不安になってしょうがない。指摘され、車窓に映る自分の顔を見て、ようやく彼も気づいたらしい。彼は再びこちらを向いて謝ってくれる。

 うん…多分。口の動きからしか言葉は判断できないけど、たぶん「ごめん」って言ってくれたんだと思う。でも、


 「別にいいです」睨みつけられるのは慣れている。だから今さら怯えたりはしない。

 『敬語、やめて』と彼は言ってきた。


 うん…彼になら、仮面をちょっとだけ外してもいいかな。

 多分彼は外見ほど怖い人間ではない。彼の中では、私はめでたく「笑顔を見せてもいい人間」として登録してもらえたようだし。

 運が良ければ、この特殊な男子生徒と友達になれるだろう。


 「ありがと。丁寧口調が面倒になってきたとこ。メアド交換する?」

 

 プロフィール No.7 

 黒錐くろぎり咲真さくま 

 

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