無事だったけど
気が付く。
目を開ける。
すぐに綺麗すぎるシャンデリア…が目に入った。
ここは六本木ヒルズかどっか?
あーそうだ…あたし、倒れちゃったんだっけ。
無理もないか…土曜日、ぎりぎりまで学校に残って資料作って、勉強したし。
日曜日も勉強して、兄さんに料理の手ほどき受けて、夜遅くまで練習して。結局、生徒会の資料はちゃんと提出したにも関わらず、一週間連続でほとんど寝ていなかった。平均睡眠時間は3、4時間ってところか?
時間の使い方、へたくそなんだなー…と改めて自覚して。
ここはどこだろうと。
そしてぎゅーっと握りしめられている自分の手は一体何なんだろうと。
「はあっ!?」
叫び声をあげて起き上がる。ベッドの周囲を、兄さん、咲真、琴峰子規、そして何故か白石一樹まで取り囲み、全員ふかふかの布団の上に頭をのっけて爆睡していた。訳ありシスコンと二重人格エセ殺人犯と、女装好きと、姿も声も変化なう!なモデルね。
だってそうでしょう?エセ殺人犯は幼馴染のモデルにすらめったに笑顔を見せないのに私には笑顔を見せる。そして知らない人には殺すぞと視線で脅している。
シスコンはウザイけど、なんだかんだ言って私の唯一の肉親だ。中学時代のことを思い出したら、千里兄さんのシスコンぶりは仕方ないのかなって思う。
モデルはモデルで、最初は可愛い系って感じだったのに、何だか急に背が伸びてきた。少々声変わり中だった変な声も、段々安定している。こいつには多くの女性ファンがいるのに、何故か「女避け♪」と称して私にくっつきまわっている。
女装好きは女装好きで…勝手にあだなをつけるのは失礼かもしれない、この子だけはシキくんと呼ばせて頂く。うん、シスコンよりもダークな黒歴史を造り上げた子。詳しく話せば、かなりシリアスになってしまう。
っていうか真面目にここはどこだ!?本当に六本木ヒルズじゃないか!?豪華すぎるだろう部屋の設備が!!
「それに…琴峰さんは?」
「私は…ここです…」
か細い声がしたかと思うと、部屋のドアがゆっくりと空いた。
「お茶をお入れしました。ご気分はいかがですか…?」
車椅子の膝の上に簡易テーブルみたいなのを渡して、その上に5人分の湯飲みが置かれていた。こんな零したら即火傷しそうなのを、よく無傷で運んできたもんだ。
「あっ、あの、私自分で…」
起き上がり、立ちあがろうとしたけど、なんせ4人の男の頭が布団の上から私の足をがっちりと抑え込んでいたので、どうにもならない。
それに、ご気分はいかが?と優しく声をかけてくれた琴峰さん…らしき人も、決して人の心配はできない。よく見ると、スカートの下からのぞく左足は包帯で分厚く巻かれて、物理的にぶっとくなっていた。一体、私が眠っている間に何があったんだろうか?
「目が覚めたみたいだな」
黒錐先輩がにこやかな笑顔で琴峰さんに続いて入ってくる。
「あのっ、私本当に自分で……チッ、こいつらさえどいてくれれば!それに、その足どうしたんですか!?私が爆睡している間にいろいろ解決しちゃったのは理解できたけど」
本当に訊きたかったことを訊くと、琴峰さんも黒錐先輩も、そろって顔を曇らせた。
…どうやら解決していないらしい。
「千華。お前の家に行ったよ。目立たないように、タクシーでな」
「えっ…?」
それは、私の家にいた琴峰さんを保護しに行った、ってことだろうか。
「それで、ご兄弟に事情を離した。俺らが妖しいものじゃないって言っても、最初はなかなか信じてもらえなくてさ。千華に何があったかは必ずバレるだろうし、いろいろと隠しきれなくなると思って、事情話した。そうしたら、一枚噛む、妹が困るようなことは決してバラさないから、妹に会わせてほしいって言ってくれたから、一緒にタクシーに乗せた」
そこまではよかったんだけどな…と黒錐先輩はじっと宙を睨む。
「タクシーのあとをずっと、黒い車が着いてきた」
ぞくりと背筋が震えた。
「歩いていこうかとも考えたけど、そんな時、ずっと着いてきた黒い車がスピードをあげて隣を走ってきた。タクシーに体当たりしてきやがったんだ」
何だと…?
そんなの笑いごとじゃ済まない。立派な犯罪だ。
狙いは先輩なのか、それともやっぱり琴峰さんなのか。金目当ての犯罪って怖い。そして今回は人ごとじゃない。
「それで、心ちゃんが足を折っちまった。即救急車呼んだけど、渋滞じゃなかったからよかったようなもんだ。これで車が列を成して並んでいたら一体どうなっていたか…」
「でも、よく生きて帰れましたね」
「体当たりされたタクシーの運転手がすっかり怯えちゃってね~…俺うっかり怒っちゃって、外に出て思いっきりぶつかってきた車体蹴ったんだけど、そしたらなんか逃げて行った」
「なんで逃げていったんですか?話からして、いかにも先輩達を殺してやるって話だったんでしょ?うちの兄さんまで、命の危機だったんでしょ…?」
しみじみと言って、私は布団に頭を埋め、眠り続ける兄を見る。関係ない人間まで私の勝手にまきこんでしまったのは、これが初めてだった。
「…バカみたいな話だけど。俺の顔見た瞬間に、逃げだした」
本当にバカみたいに嘘っぽい答えが返ってきた。私は疑わしげに赤メッシュ男を睨む。
「本当なんです!あの男、先輩の顔を見ただけで、逃げて行ったんです…」琴峰さんが何故か必死になってフォローに入った。
「…どんどんお話、訊かせてもらいましょうか」
笑えなくなって、私はこの場にいないその男にずぅっとイラつきながら呟いた。