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三秒殺しの日常  作者: 縁碕 りんご
CASE1:KOKORO
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少女の分身

 逃げても逃げてもその男は追いかけてくる。


 すでに私は殴られている。お腹だって蹴られている。両手は吐血したもので血まみれで、私は必死で逃げることしかできないのに。

 私は悪くない、何もしてない、何もしてない…誰か助けて!!



 何も言わずただ現場に座り込んだまま眠っているらしい男達。強烈なアルコールの匂いがした。こんなところで酔っぱらって寝ているというのか。

 …許せない。

 こいつらがのうのうと生きていくなんて。


 許せない。

 


 ――――――――「苦しんで死ね!!!!」




 『すぐにそっちへ人を寄こす。そこから動くな。生き残りはよく見張っておけよ』

 学生の身分で「人を寄こす」なんて言えるのはさすが金持ちだ。だけど…咲真は?本当に咲真は琴峰さんが嫌いで、病気がちすぎてイラついていたんだろうか?

 だとしたら、ものすごく外道だ。弟がやるべきことを、兄が必死になってやっている。

 『後な、咲真からの伝言だ』

 「…え」


 『さっきの言葉、訂正するよ。すぐにそっちへ咲真・・を寄こしてやるから』


 「はぁっ!?ちょっと待ってくださいっ!」

 私が驚きすぎて大声を出したところで、先輩の笑い声が聴こえたかと思うと、すぐに電話は切られてしまった。

 どういうことだっ、どういうことだよ一体!


 夕方、咲真に言った一言を思い出す。


 結果として私は、すごく酷いことを言ってしまった。今さらどの面下げて会えばいいんだよ…とにかく、まず一発殴られることは覚悟しなくちゃ。

 何だか酷く疲れた。嫌な気分になって天を仰ぐ。工事現場の生き残りはそのまま悶絶してしまったようで、うめき声はもう聴こえなかった。

 どんなふうに謝ればいいかな。そんなふうに考えていた時。


 鋭い殺気が背中に突き刺さり、私はぎょっとなって振り向いた。


 「………っ!?」

 体を仰向けに逸らし、軌道を描いて見えた鈍い金属の光を避ける。でも、すぐ足もとに男が転がっていたことが仇になった。私はバランスを失い、男が気絶している上に倒れこむ。普段の私と同じ、清羅学園の服を着た女子生徒が、仁王立ちになって私を見降ろしていた。

 その片手に握られているのは、間違いなくジャックナイフだ。

 「何だ。背が高いから、てっきりあの男かと思った。…でも、本物はすぐお前の下にいる」

 だけど、そのことに恐怖する前に、声に違和感を覚えた。


 「どいてください。私の復讐はまだ終わっていません。私が家に帰っていないことはもう学校に知られているはずです。…私はもう、後戻りできないんです」


 やっぱり…やっぱりおかしい。口調も声音も上品だ。だけど…

 

 「無理…だ。…だって、お前は…」

 「じゃあ、仕方ないけど、眠っていてもらいます。闇医者から事前に頂いてきたんです」

 少女は懐から太い注射針をとりだす。


 のしかかってくる。

 

 「っ…!」

 起き上がり、かろうじて注射針を持った腕を掴んだ。万力込めてその手から注射針を離してもらう為、思いっきり腹に蹴りを入れた、が…彼女は苦痛に顔をゆがめながらも、自由な左手にナイフを握る。目を覚ませよ少年、ということで。

 私は敢えて回避しないことにした。

 


 慣れていた熱い痛みが、三か月ぶりに左手の掌を中心に爆発した。

 

 どうやら、ナイフの柄でも彼女の腕でもなく、ナイフの刃を直に掴んでしまったらしい。少女は雷に打たれたようにぴくりと動きを止めた。刃物を直接掴んで止めた私の手を凝視している。

 バカ…


 正真正銘の、バカだな、…こいつは…


 「早いだけが取り柄…喧嘩なんて、ほとんど…したことがなさそうね…手が綺麗過ぎる」

 「あ…っ…ああぁっ…」

 カタンと音をたてて、注射針が地面に落ちた。


 …自分から手を傷つけにいった。こいつがしたことを、目と鼻の先で見せつける為。それにしても私は…三か月以上人を殴らなかっただけで、こんなに弱くなったんだな。だって、もっと前は、掌を怪我した程度で意識が朦朧とすることなんてなかったから。

 私は、熱に浮かされたように話し続ける。


 「羨ましいなあ。オカマのくせに・・・・・・・

 はっと何かに気付いたように、彼は私を見た。

 

 「人を傷つけるのが…どういうことか…知っておくといいよ。私、を、殺さなきゃ…私の下で寝てる男は殺せない。さあ…どうするつもり?」


 しっかりと刀を掴んだままの指の隙間から、どんどん血が溢れてくる。事の重大さを悟った少年は、半泣きになって私の手からナイフを奪った。何度もごめんなさいと呟きながら、ぽろぽろと涙を零しながら、

 自分の胸にナイフを突き立てようとする。




 バキィッ




 「……」

 「…っ」

 私はほとんど無意識に、無事な右手で少年を殴り飛ばした。

 「死なせないから…救急車を呼んでもらって…私に全部事情を話すまで、自殺なんてさせないから」そう言って、さらに一発殴る。それだけで、少年はおとなしくなった。

 これまで、何度も覚悟を決めてきたんだろうな。妹に何があったのかを知って、何度も何度も覚悟して、自分の行為を正当化してきたんだ。


 ナイフを奪い取り、少年の手には届かない、路地裏のもっと深い闇の奥まで放り投げた。



 

 「言えないよっ…こんなこと…誰にも言えないよ…」

 兄の前で彼女は泣き崩れた。確かに、あの父親だ。こんなことが世間に知れたら「自分の会社が」どうなるかと心配し、むしろ警察には知らせないだろう。

 …そして妹は一生、苦しみ続ける。本来「死ぬべき」である輩は、のうのうと日ごろのノルマだけをこなして楽に生きていくのだ。


 「わかった。僕が復讐してあげるから」


 

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