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三秒殺しの日常  作者: 縁碕 りんご
日常~4月上旬~
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欠席続きの子

 

 ふらふらと歩き続ける。


 この日、全てを終えて、彼女は解放され、家に帰ろうとしている。その顔は蒼白で、手はぷるぷると震えていた。

 死にたい。死にたい。こんな苦痛…死んだ方がましだ。

 お願いです、誰か、この悪夢を終わらせて下さい。






 保健室に向い、真っ白な湿布をしっかり右頬に張られ、トイレの床で体を擦った結果汚れた制服から、体操服に着替えさせてもらった。考えてみりゃ、教室から持ってきたらよかったな…後、私は気付かなかったんだけど、実は革靴で頭を床にぶつけた時にこめかみを切ってしまっていて、ドぼドボ血がでてくるから保健の先生はびっくりしていた。

 「随分派手に怪我をしたね。一体何があったの?」

 「転びました」

 「ふ~ん…」

 保健の鳥井先生は、疑わしげに私を見てくる。

 「私をこかした石。あれは粉々に砕いてきた・・・・・・・・からもう気は晴れましたよ」

 晴れ晴れとした気持ちでそう言った。鳥井先生は苦笑する。

 「まぁ、外見からして強そうだもんね、沢原さんは」

 「そんなことありませんよ」



 強いのはいいことだ。ああいう自分の権利を履きちがえた奴らを叩きのめすことができるから。ただ、むやみやたらに仮面を剥がしてはいけないと思う。もしかすると、あいつらが私の過去を調べて学校中の皆に暴露する、なんて可能性もあるんだ。

 だから、今回の痣のように、最初だけは攻撃を受けておく必要がある。彼女達がしかけてきたからやり返したんだ、っていうふうに。

 「もう、授業に戻ろうと思います」

 立ちあがり、軽くお辞儀して、保健室を出ていこうとするけど、

 「あぁ、沢原さん、ちょっと訊きたいんだけど」と呼びとめられる。

 「はい?」

 「琴峰さんって、今日も来てないんだよね?」


 琴峰さん…


 「琴峰、心さんですか…?」

 「そう。もう一週間来てないみたいだったから、ちょっと心配で」

 彼の優しげな顔が、心配そうに曇ってゆく。

 一週間前、というのは、入学式から来ていない、ということだ。恥ずかしながら、全くもって気付かなかった。生徒会長に彼女の名前を出されるまで、琴峰心という人そのものに興味がなかったということもあるけど。

 「具合が悪いんでしょうかね」

 適当に言葉を返して、私は制服が入ったエコバッグを抱え、授業に戻った。

 

 ***


 昼休み。資料を鞄の中にしまい、しっかりと安全確保して弁当を咲真の机に持っていくと、「その怪我、本当に大丈夫なの?」と白石くんが着いてきた。めずらしく心配そうに眉を下げて。

 無理もない。今の私は上半身だけ体操服に身を包み、頬に湿布を張って、大げさなことに頭に軽く包帯まで巻いているのだから。私は練習通りに微笑んで言った。

 「はい、本当に大丈夫です」今のところ、私は決して嘘はついていない。

 『本当に何があったんだよ?』と、咲真がメール作成画面をぐいっと見せつけてくる。

 「何もないよ、ただ話しあってきた・・・・・・・だけ。…これ以上しつこく訊いたらあんたの弁当全部奪ってやるから」私が脅すように箸をちらつかせると、咲真はたちまちのうちにケータイをしまってしまった。

 そんな様子を白石くんは憂鬱そうに見降ろし、突然自分の席に戻ったかと思うと、


 「僕も一緒に食べる!」と言って椅子と弁当を引きずってきた。

 

 一体こいつは何をしているんだろう。白石一樹と弁当を食べたくて仕方がなかった女の子達が、唖然とした様子でこっちを見てくる。私も訳がわからんというメッセージを送るため、どこぞのアメリカ人のように肩をすくめた。

 で、白石くんは堂々と私と咲真の弁当を食べているところへ乱入してきてしまう。私はとっさに、咲真がどす黒いオーラを出していないかどうか窺った。でも咲真は珍しく、不審そうに眉根を寄せるだけで、その兆候はなさそうだ。

 本当はやめてほしいし、このシチュエーションは避けたいんだけど、私がお呼び出しを受けたのは彼のせいじゃないしな…

 「珍しい!咲真が人を受け入れるなんて!」

 ほんと珍しいよ、白石一樹みたいな無茶苦茶目立った可愛い系は、まさに咲真とはミスマッチだと思っていたのに。

 「僕と咲真は幼馴染だもんね~」と、白石くんは朗らかに言った。

 「幼馴染?」

 「よく一緒に遊んだよね、小さい頃。僕の方が本家の方に引っ越してからは、会ってなかったけど」

 「んー、複雑な家庭事情なの?」私はいつの間にか彼に対して敬語を捨てていた。

 「そんなことないよ。おじいちゃんところで育っただけ」

 「あぁ、そこに咲真がいたんだね」


 それにしても…


 この二人が弁当を食べるなんて本当にびっくりだ、と私は白石くんの話とは全く関係ないことを考えていた。私と違って、咲真が料理ができた、ということも意外だった。

 「どうしたの、沢原さん。遠い目をして」

 「いや、二人とも金持ちなのにどうして食堂に行かないのかなって。まあ私には手の出ない食事だけど、あんた達は金持ちだから普通に食べられるんじゃないかなって」

 「あそこに行ったら、ちょっと食事どころじゃなくなっちゃうんだ」と、モデルの白石くんは苦笑した。なるほど…

 みんなにガン見されながら何食わぬ顔で食べるイケメン達を想像した。けっこう笑えてくると同時に、同情してしまうものがある。

 「しょうがない。あんたの目にとまりたい女の子がたくさんいるからね」

 「将来結婚は強制だって。だから、いつかはカノジョ選ばないといけないんらしいんだけど。その点じゃよりどりみどりかもね。ここに来るお嬢さんって、ほとんどの子が家柄がいいから」

 口調からして、白石くんは段々沈んでいくようだった。女の子にきゃーきゃー言われる身分を、楽しめていないのだろうか。それとも、婚約者云々の話が嫌なのかもしれない。

 嫌なら嫌と言えばいいのに、と思うけど、そう簡単な話じゃないんだろう。


 ん?

 

 婚約者?




 黒錐拓真の爆弾発言を思い出した。


 欠席が続いているという琴峰心は、黒錐咲真の婚約者だ。



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