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会議は生徒会室で起こってるんだ!

 新生徒会活動は、第一歩でつまづいた。

 始業式の翌日、新学期二日目、つまり楠木生徒会長率いる生徒会が発足した翌日のことだった。

 時は放課後。場所は校長室である。

「それは難しいね」

「い、いや、だから我々が責任を持って運営をすると」

「それは大いに結構なことなんだけれどね、君らだけの責任じゃないからねぇ」

「あのようなことにはならぬようにみんなには徹底管理を促しますゆえ!」

「それも立派な心がけだとは思うし、当然のことなんだけれど、もう少し質素にできないのかね?」

「それではやはり限度があるでしょう。生徒に負担はかけられないし、ほら、資金源はきちんと」

「それもやはり問題なんだよ。いくらあそこの御息女とはいえ、生徒一人からの援助でとなれば、私たちも回りの目というものがあるからねぇ。彼女の例外を通すのにも苦労しているんだよ。それに文化祭の予算は全てカットされているわけじゃないから、足りない分を生徒らで補えばいいことだよねぇ」

「うう~……」

 大人と子供のやり取りだった。

 俺は傍観者として突っ立っているだけだけど、目の前では校長と楠木生徒会長のやり取りが繰り広げられている。副会長として無理矢理連れて来られたのだ。

 昨日、資金源を得た楠木会長は文化祭をどんな形で盛り上げてやろうかと一人で楽しみに計画を練っていたようだが、それはまず学校側の許可が下りてからの話しだったのだ。

 例年通りの文化祭を計画していた学校側は楠木生徒会長の話しを聞くなり、その申し出を却下した。理由としてはまず予算。学校側としてはそんなに高い予算をかけるわけにはいかないという。それに梓、神宮寺グループがバックにいることが余計に体の悪いことだそうだ。その次に以前までの文化祭を実行した場合の世間体だ。これについては俺が推し量れるものじゃないが、PTAやら他の学校との兼ね合いやらいろいろとあるらしい。そしてその根本にはやはり、以前の事件のことがあるようだ。

「子供たちの自主的な活動にどうか寛容な心を!」

 必死に頭を下げて願い倒しする姿勢の楠木生徒会長だった。

「今の段階では何とも言えないよ。校長とはいえ、私ひとりの独断で決めるわけにはいかないからね。ただ、さっきも言った通り実行に移すのは難しいよ。学校側が出した予算の中でなら全然構わないけれどね」

「だからそれではたかが知れてると」

「正直に言えば、私たちから見る文化祭の価値はその程度なんだよ。なんとなくやらなければならない学校行事の一つでしかないんだ。去年の生徒たちも面倒臭そうだったろう?」

 聞けばなんとも腑抜けた学校運営だ。だけどそれも現実なのだ。実際、去年は文化祭を楽しみにしていた奴なんか特にいなかったし。ただ授業がないから喜ばしい、その程度の楽しみだった。文化部の面々は気合い入っていたところもあるようだったけれど。

 校長のその話しを聞いていた楠木生徒会長は、くわっと目を見開いた。

「それを我々が変えて見せる!」

 そして高々と宣言した。校長はおっかなびっくりとした表情だった。

「みんなが進んで参加したいと思うような文化祭にする! みんなが楽しめる文化祭にする! それはあなたたちも同じだ! わたしは生徒会長としてこの学校にいる全員が楽しめる文化祭を実行するのだ!」

 ものすごい啖呵を切りやがった。

「行くぞ来栖真!」

「えっ、ちょ、失礼します!」

 無理矢理に連れて来られて、脳内書記の機能もろくに果たせなかったまま、校長室をあとにした。

 そして、文化祭運営本部となる生徒会室にやってきた。

「あっ、先輩おかえりなさい」

 梓は面倒だからと生徒会室に残っており、俺たちが校長室に行っている間、以前の文化祭の資料を漁っていたようだった。長テーブルには乱雑に資料が放り出されていて、すでに飽きているようだったが。

 楠木生徒会長は自分の定位置に座り、ふんふん鼻を鳴らしながらまずは愚痴を漏らす。

「頭の固いつるっぱげめ! なんだかんだ理由つけてあれは単にビビっているだけなのだ! 世間体しか気にしないつまらん大人だ奴は! あのハゲめ! 鼻毛引っこ抜いて頭に生やしてやろうか!」

 口の悪い子供だった。足を乱暴にテーブルに投げ出して、スカートの中が丸見えだったけれど子供のそれだったから気にしない。一応校長のために釈明しておくと、校長はつるっぱげではない。多少薄くなっているけれど。

「パンツが見えてますよ。どさくさに紛れて先輩を誘惑しないでください」

 梓はパンツを気にしていたようだった。

「ああ~? お前の男はこんなロリボディに欲情するような変態なのか? ……いや、そうだったな」

「な、なんですかその納得した感じ! 言っときますけど先輩は巨乳好きですからね!」

 おうおう、危険な香りがするぜ。

「へー、そうなのか? あーあ、なーんかおもしろいことないかなー」

 そう言いながら、楠木生徒会長は携帯を操作し始めた。言いたいことはわかるぞ。しかしそれは単なる八つ当たりだ! うまくいかなかったからって俺に当たるなよな。

 くるりと、梓が無表情でこちらに振り向いた。

「先輩、もしかして……」

「お、お前が考えているようなことは何もない。あんな幼女に興味はないって」

「ふんっ、甘いな来栖真」

 楠木生徒会長は得意げな笑みを浮かべ、

「わたしはもう十八歳だ」

「はい?」

「つまり、合法だ」

「えー……っと」

「幼女に手を出したい変態でも、わたしを抱くなら犯罪には――」

「危ねーからやめろその発言!」

「これから先、わたしの需要は増え続けるだろう。うわーっはははっ!」

 すげえな。ほんっとに完璧に自分の容姿を武器にしている。

「あー、笑ったらすっきりした。これからどうしよっかなー」

 頭は成長した方がいいと思う。

「どうしよっかなー」

 楠木生徒会長はちらりと、横に視線を流す。

「なぁ、どうしよっかなー」

 そこには昨日、みんなに答えてもらったアンケート用紙の束が置かれてあった。俺は言わんとしていることをいち早く察知し、逃げの姿勢を取った。子供のようなずる賢さだけは兼ね備えている頭だなこんちくしょう。

「そうだ、今日は妹の受験勉強を見てやらないといけないんだったー」

「えっ? あゆみちゃん受験勉強必要ないって言ってましたよ? それに勉強だったら梓が教えた方がいいですし」

 がっくし。梓……、俺とお前の意思疎通はそんなもんだったのかよ。

「くっかかかっ。万策尽きたな来栖真よ! その嘘が露見してしまってはお前に予定がないのは明白だ! 働け働け若人よ! アンケートの結果をあのハゲに突きつけてやるのだ!」

「えーっ」「えーっ」

「な、なんだ二人して。いいではないか。三人でやればすぐ終わるってー」

「終わらないでしょ。どんだけあると思ってるんですか」

「梓は先輩と放課後デートするんですぅ。そんなことやってられないですぅ」

「そ、そうだ。そうだな、デートだデート。楽しみだなぁ、梓」

「きゃぴーん! 先輩が乗ってきた! 久しぶりに先輩の家行きたいなー」

「馬鹿かお前ら! 時間はいくらあっても足りないんだぞ! 文化祭の準備はまだ始まってもいないんだ!」

「まだ一月近くあるじゃないですか。少しずつやりましょうよ」

「梓と先輩の邪魔するなです」

「明日からは手伝いますから」

「気が向いたら来てやります」

 二対一で捲し立てられ、楠木生徒会長は唇を尖らせ拗ね始めた。

「い、いいもん。いいもんいいもん。じゃあわたしひとりだけでもやるもん。お前らなんかもうあてにしないもん。どっか行け。行っちゃえ。うう~……」

 マジかよ。ずるいぜその拗ね方。こっちが悪いことして子供を泣かせたみたいじゃないか。泣かないでって頭を撫でたくなっちゃうぜ。しかし相手は俺より年上の十八歳だ。どんなに子供っぽくてもここは大人の対応を……。

「うにゅん……?」

 と思っていたのに俺は自分でも気が付かぬうちに楠木生徒会長の頭を撫でていた。ナデナデしていた。効果音のような可愛い声が俺をさらなる深みへと誘う。止まらない。ナデナデしたい気持ちが止まらない。

「てつだって、くれゆ?」

 それに俺はもちろん、

「うん。いいよ」

 そう答えたのだ。

「だあああああぁっ! せんっっぱいっ! 甘い! 甘過ぎるぅ!」

 梓の嘆きの遠吠えも、どこか遠くへ消え去ったように思えたのだった。

 そして結局は梓も交え、三人でアンケートの集計をすることになったのだが、とても一日でさばき切れる量ではなかった。枚数だけならなんとかなるにしろ、質問の数が多過ぎた。


 一日目。

 約三分の一の集計が終わり、おかしいなと思い始める。楠木生徒会長、まだほんの一部だしと楽観的。

 

 二日目。

 さらに三分の一の集計が終わり、結果が顕著に見え始める。楠木生徒会長、喋らなくなる。


 三日目。

 残りの三分の一の集計が終わり、達成感を得る。楠木生徒会長、疲労と敗北感に苛まれる。


「終わったぁ!」

「やったぁ!」

「そんな馬鹿なぁ!」

 アンケートとの三日間の死闘の末、その結果に楠木生徒会長は落胆の色を隠せないようだった。結果を大雑把に言えば、総合的に見て文化祭を楽しみにしている生徒は全体のおよそ六割だった。つまり残り四割の生徒は文化祭なんてどうでもいいと思っているのだ。

 真面目にアンケートに答えている奴がどれくらいいるのかわからないけれど、とにかく結果はそう出てしまった。俺としては過半数の生徒が楽しみにしていると思っているのだから良い結果だと考えているのだけど、どうも楠木生徒会長は納得がいかないらしかった。

「ダメだダメだダメだ! これじゃああのハゲを納得させられない!」

 頭をわしわしとしながら「うあ~~~~」と嘆いている。

「多数決ってことでいいじゃないですか」

「いくない! わたしは教師陣も含めて全員が楽しめる文化祭にすると宣言してしまったのだ! 生徒にやる気がないならどうしようもないではないか!」

「だから最初にそう言ったのに……」

 生徒会としてはアンケートの結果は良かったと思うけれど、俺自身は四割の方だ。もともと文化祭はどうでもいいと思っていたのに、今はどういうわけか生徒会に所属している始末。できればこのまま生徒会は解散ってなことになって欲しいんだけど――

「来栖真! 何か対策を考えろ!」

 どうもそういうことにはならないようだった。

 対策っていってもなぁ……。楠木生徒会長はつまり、残り四割の文化祭をどうでもいいと思っている生徒らを楽しみだと言わせたいってことだよな。それを校長に突きつけて文化祭を実行する許可が欲しいと。

「みんなは五年前までの文化祭がどういうものだったか知らないわけでしょ?」

「ん、知らんだろうな。兄妹がいるところなら知っているかもしれんが」

「それならまずそこからじゃないですか。楠木生徒会長がどんな文化祭にしたいのかみんなにはわかってないんだから。もしかしたら四割の人たちって去年と同じこと想像してるのかもしれないし」

 そうだ、楽しみにしていると思う生徒はアンケートが配られたことによって去年とは違うものだと感じたのかもしれない。生徒会長がこの人だってことはわかっているから、何かしてくれるものと期待しているのかもしれない。

 楠木生徒会長は頷きながら、「うーん」と首を傾けた。

「わたしのことは会長と呼べ」

「は?」

「生徒会長よりもただ会長と呼ばれた方が偉そうだろ?」

「いや関係ないでしょ今」

「ふん。わざわざ楠木生徒会長と書くのが面倒臭いのだ」

「……それ、今さらのような気がしますけど?」

「これから楽になるんだからいいじゃないカ」

 まあよしとしよう。そういうことにしておこう。今後のためにも。

「話しを戻すぞ。なにか、お前はまずみんなにどういう文化祭にするのか説明が必要だと言っているのか?」

「ええそうですよ。くすの……会長が思い描いている文化祭にみんなが共感持てば楽しみにしてくれると思いますけど」

「それだッ!」

 うお、即決?

「でかしたぞ来栖真! じゃあさっそくそれを伝える方法を考えるのだ!」

「全校集会とか?」

「それは無理っぽい。あのハゲが場を貸してくれるとは思えん」

 そんなもんなのか。生徒会からの連絡って形で少しくらい時間割いてくれるとは思うけどな。学校行事の連絡なんだし。一応全員参加なんだし。

「せんぱ~~い……」

 隣で黙って話しを聞いていた梓がくてんと力なさそうに寄り掛かってきた。つまらなそうな顔をして唇を尖らせている。退屈なんだろう。

「もう帰りましょうよ~。梓疲れちゃいました」

 何もしてないのに、とは言えない。実は梓の奴はアンケート集計にかなり力を注いでくれていたのだ。これが終わったらデートという目的があってのことだったけれど。

「ああ悪いな。そうだな、今日は帰るか」

 俺も疲れたし。

「お、おい待て! まだ何も解決してないじゃないか!」

「生徒の前に立てないんだったら一人一人に説明して回るとかしかないんじゃないですか? 俺と梓はもう帰りますから。また明日、来ますから」

「うひっ。先輩の家に行きましょ」

 仕方ないか。こればっかりは頑張ってくれたご褒美として。会長だって、俺だって助かったんだし。

 それから俺は、ぶつぶつと何かを呟いている会長を尻目に、生徒会室をあとにした。

 外は綺麗なオレンジ色に染まっていた。

 ここ三日はアンケート集計に追われていたので下校時間はこのくらいになっていた。まだまだセミが鳴いている初秋の季節だ。嫌々言いながらも生徒会活動をしていて遅くなっていることが、何故だか少しだけ心地よく感じられた。それは夕暮れの雰囲気もあるのだろうけれど、なんて言えばいいのか、青春って感じがしているのだ。いつも梓に引っ張り回されて学校生活はおろそかにしていた。部活にも所属せず、たまに学校から連れ出されたりして、回りの同級生らとは一風違う学校生活を送っていた。そんな俺が文化祭の運営に携わろうとしているのだ。多少の好奇心や興奮がないとは言い切れない。ただやはり、面倒事ではあるのだけれど。これも俺の素直じゃない性格のせいだ。口では、心の中では、やりたくないと言ってしまう、思おうとしてしまうのは。あの写真のデータも消してもらわないといけないし。

 それに、この忙しかった三日間は考えずに済んだ。このまま文化祭の準備に没頭していけば、そのうちに忘れられるのかもしれない。忘れてはならないことだとは思うけれど、逃げたくもなる。重い気持ちから、十余年の過去の自分から。

「先輩、明日も行くんですか?」

 下校中、俺の左腕を絡め取っていた梓はその力を強め、行きたくないと言わんばかりに尋ねてきた。

「行くって言ったしな」

「ぶぅ~。先輩、あの幼女と話してばかりでつまんないです」

「幼女って、年上だからな」

「じゃあ詐欺女です」

「どっちも正解」

「むぅ~~~~」

 頬を膨らませて抗議する梓。少し笑ってしまったのが気に入らなかったのかもしれない。

「あの人、口悪いけど、何だかんだで一生懸命だろ? 少しくらいは手を貸していいかなって思うんだよ」

「先輩はほんとに女に甘いです。甘アマです。大から小まで」

「ちなみにお前は大なのか? 小なのか?」

「意地悪ですぅ!」

「梓、ちょうどいいってのもあるんだぞ?」

「そ、それはここのことですよね……」

 見せるな照れるな言ったこっちが照れる。隠せ。

 梓のご機嫌取りもしないといけないとは、これから忙しくなりそうだ。

 それから梓の御希望通りに自宅デートを敢行し、夜になると梓は帰って行った。

 その夜のことだ。

 ベッドに入り寝ようとしていたところで、携帯が鳴った。

 メールだった。

 差出人は、楠木生徒会長。この三日間で連絡先は交換していたのだ。

『あした早くこい。肛門でまってる』

 どこで待ってるのか電話で確認したくなった。

 すると今度は着信だった。

 梓からだ。

『先輩! こんな夜中に幼女とどんな内緒話ですか! こっ、こうも……っ!!』

「お前がどうしてメール内容を知ってんだ! プライバシーは尊重してくれ!」

 思い知ることになった。忘れかけていたが梓はストーカーだったのだ。どんな機能を使ってやがるんだ。しかし明日早目に登校することを梓に伝えなければならなかったので、肛門の弁解をするとともにその旨を伝えた。

 

 翌朝。

『生徒会長』と書かれた冠を頭に乗っけて『文化祭実行委員』と書かれたタスキを肩にかけていた会長が校門で待ち構えていた。

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