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生徒会長参上

 女の子だった。

「たのもー! ここにくするまことはいるのか!?」

 梓よりも小さくて、妹のあゆみよりも子供らしくて、前髪を綺麗に切り揃えている女の子が突然教室にやってきた。無邪気そうな瞳をらんらんと輝かせて、声高々に参上した。最初はどこの子供が迷い込んで来たのだろうと思った。

 でも、その女の子はこの学校の制服を着ていた。制服に対して体はどこでも寸足らずで、無理矢理子供に制服を着せましたって感じだ。身長は間違いなく百三十センチ台。

 そして、俺はその子を知っていた。いや、その人を知っていた。おそらく、ここの生徒で彼女を知らない奴はいないだろう。

 なぜなら、私服姿なら小学生と間違えられそうなその女子は、生徒会長なのだ。

 生徒会長――楠木くすのきまゆ。三年生。すごくちっちゃくて子供っぽいけど、先輩だ。

「いるのか!? いないのか!? ええーい、名乗りを上げよ!」

 返事がなかったことを不満に思ってか、楠木生徒会長は厳しい目で教室を見回す。

「くするまこと!!」

 いない。

 そんな人物はこのクラスにはいない。おそらくは、というか間違いなく俺のことだろうと思うんだけど、面倒事になりそうだから知らぬふりをしておくのが吉だ。

 大体、生徒会長なんて学年が違うしこちらが一方的に知っているだけで、向こうがこっちを探してる理由が見当たらない。これまで一切の接点がなかったのに。

 体は小さいのに態度はでかい。そういう点で生徒会長は有名だった。生徒会長と言っても、どこぞの漫画やアニメみたいに、ものすごく強かったり美人だったりカリスマ性があったり生徒のために一生懸命になったり悪の組織と戦ったりなんてことはない。うちの高校は生徒会長の立候補者が何人もいて壮絶な選挙戦を繰り広げるわけでもない。大体は推薦があって嫌々ながらその役目を負う、そんなもんだ。生徒会なんて面倒だ。そう思う奴が大多数なのだ。

 そんな中で去年、唯一立候補した楠木まゆ先輩が生徒会長になった。賛否を決める投票も行われなかった。だからといって生徒会が活動しているところを見たことも聞いたこともない。噂によると、楠木先輩が生徒会長に立候補した理由は『目立ちたかったから』らしいが、真偽は定かじゃない。

「えーっ……このクラスだって聞いたのに……」

 誰も何も言わなかったので楠木生徒会長は唇を尖らせて拗ねてしまった。子供が拗ねたようでほんのちょっと可愛い。

 そんな生徒会長を憐れに思ってか、クラスの誰かが余計なことを言った。

「あのぅ、それ、来栖真くんじゃないですか?」

「あーっ! それっ! きっとそれっ! 来栖真はいるのか!?」

 立ち直りが早い生徒会長だった。言った奴を指差して、すごいはしゃぎようだった。

 クラスメイトの目がこちらに向く。

「そこか!」

 全員に裏切られた気分だった。

「梓、嫌な予感がする」

「先輩、あれはどこの誰ですか。梓の目を掻い潜ってどこで見つけてきたのですか」

「馬鹿。あれ生徒会長だぞ。お前知らないのか?」

「は? 知らないですそんなの。そんなことより説明願います。本当は巨乳が好きなのか貧乳が好きなのか。よりによってあんな子供っぽい女を……」

 味方はいなかった。

「うわーっはははっ!」

 楠木生徒会長が大股歩きで高笑いしながら向かって来る。大股と言っても子供?のそれなので狭いし、歳のせいで馬鹿っぽく見える。本人にとっては威張って歩いてるつもりかもしれない。

「ふふんっ」

 俺の目の前までやって来て、腰に両手を当てて満足そうな目で見下ろす。とはいえ、座っている俺とほぼ同じ目線の高さだ。威圧感も何もあったもんじゃない。

「お前が来栖真かッ」

 新学期早々の面倒事だ。

 今は、こういうことに構ってられるような気分ではないのに。今は騒がしい空気はいらない。

「いーえ。俺はくするまことっていいます」

「えっ!? あっ、そ、そうなのか。それは申し訳ない。おいっ、こいつは来栖真じゃないらしいぞ!?」

 楠木生徒会長はくするまことを訂正したクラスメイトに向かって言った。

 ここまでの様子を見てうすうす感じていた。

 楠木まゆ生徒会長は、おつむが弱いのではないのかと。そもそも立候補理由が『目立ちたいから』ということからもそんな様子が窺える。噂だけど。けれど仕草を見ていると噂は正しかったと思わせる。わざと威張り散らかしてる感じだし。

「いや、わたしが探してたのはくするまことだった! そうだった! お前じゃないか!」

 はっと気が付かれてしまい、また標的は俺になった。あなどれなかった。

「いえ、本当は来栖真っていうんです」

「えっ? あ、うん、みんなもそう言ってるみたいだしな。じゃあわたしが探してたのは…………えーいっ! どっちでもいい! お前だお前! お前でいい!」

 しまった。開き直られた。

 そして今度は、梓を指差して言う。

「それに、そいつは神宮寺の令嬢だろうが! となればお前だ! ふわっはははっ! どうだまいったか!」

 まいった。まさかバレてしまうとは。っとここまで言えばバカにし過ぎかな。梓と俺は不詳ながら有名人だから、生徒会長が梓のことを知っていても不思議はない。茶髪だし。

 こうなってしまえばしょうがない。さっさと用件を済ませてもらうことにしよう。

「すいません。それで、生徒会長が俺なんかに何の用ですか?」

「えっ? あー、うん、そうだ。用事があったのだ。…………うん、忘れた。まあいい、ちょっと来い。着くまでに思い出すだろ」

「来いって、今から始業式ですけど」

「は? そんなんどうでもいい」

 生徒会長の台詞じゃねえ。

「いいから来い、来栖真。でなきゃ実力行使だぞ?」

 実力行使? はっ、おもしろい。

「いかに生徒会長のお誘いでもさすがに学校行事をさぼるわけにはいきませんので」

「ふふん、後悔するなよ来栖真」

 はいはい、と俺は両手をひらひらとさせる。と急にその手を取られ、逆にねじあげられた。ついでに強制的に席を立たされた。

「いてっ!」

「わたしはこのナリだからな。暴漢対策のために護身術や武術を多少学んでるのだ。わっはははっ! ではこのまま連行させてもらうとするぞ」

「先輩ッ!」

 そこに梓が割って入った。

「なんだ神宮寺の娘。お前はまだお呼びじゃない。来栖真を痛い目に遭わされたくなかったらおとなしくしていることだ。うわーっはははっ!」

 この人は生徒会長じゃなくて悪の手先だ! むしろ親玉だ!

「神宮寺の力を甘く見ないことです! 斎藤さん!」

 ガラリ、梓の声に反応して現れた、黒いスーツを着こなすガタイのいいおじさん。サングラスをかけた現実のターミネーター。梓の専属警護人、斎藤さんだ。梓が幼少のころから世話をしている。身長は二メートルあまり、生身の筋肉は見たことはないが、おそらくは岩もを握り潰してしまうだろう。それくらい屈強なる人物。

「先輩を助けて下さい!」

 梓司令官の指示が飛ぶ。

 しかし、斎藤さんは動いてくれなかった。

「さ、斎藤さん!? 何してるんですか!」

 ご主人様から急かされるものの、斎藤さんは申し訳なさそうに頭を下げた。

「も、申し訳ありません、お嬢様。わたくし斎藤も、さすがに女子供に手を出すわけには……」

 子供だ。たしかに俺の腕をキメているのは子供だ。そして女だ。どちらの条件にも当てはまってしまっている。

「えーっ……」

 梓が軽蔑のような眼差しを斎藤さんに向ける。斎藤さんは少し躊躇するように呻いたあと、もう一度頭を下げて逃げるように出て行った。斎藤さんの弱点が露出してしまった。

「う、うわーっはははっ、ははっ……、ちょ、ちょっとビビっちゃったじゃないか。驚かせるな神宮寺! さ、さぁ行くぞ来栖真」

「ちょ、いててっ」

「先輩ッ!」

「うわーっはははっ! お前はそこでおとなしくしていろ! 心配せずともすぐに返してやるわ! うわーっはははっ!」

「せんぱーーーーーーいっ!!」

 当人であるはずの俺は、この二人のやり取りをなぜか冷静に見ていた。見ていたうえで恥ずかしくなった。梓なんか手を伸ばして涙しているのだ。どんな小芝居だこれは。クラスメイトたちも、しらけた様子で俺たちを見ていた。余計な台詞は言わずに早く連れ出して欲しかった。

 そして俺は腕をキメられたまま、連行された。

「せんぱーーーーーーいっ!!」

「それはやめい!」

 解放されても教室には戻りたくなかった。



「金を出させるのだ」

 ここは生徒会室だ。生徒会室は教室を半分に切ったくらいの広さで、長テーブルが六つ長方形に並べられていて、そこに椅子は一つしかなかった。楠木生徒会長がその椅子に座り、俺は渋々脇に折りたたまれてあったパイプ椅子を開いて座る。もう始業式は始まってしまっているので、今さら戻るわけにはいかずここにいた。壁の一面には書類棚が置かれている。その生徒会室は職員室の隣にある。職員室の隣にあって、始業式の最中にも関わらず俺と生徒会長はここにいた。職員室の真横に。これは度胸とかいう問題ではなくてやはり生徒会長の頭は空っぽなのだ。何も考えていない。

 それと開口一番に放たれたこの台詞の意味もさっぱりだった。しかしまあ、誰に金を出させろと言っているのかだけはわかる。

「そういうことなら、直接あいつに言ってくれませんかね」

「わたしが言って金を出してくれるわけないだろうが。アホめ。どうしてわたしがわざわざこんなことをしたか考えてみろ」

 バカにアホ呼ばわりされた。 

「俺から口添えをしろと?」

「そうだ。わかってるじゃないか。なーに、大した額じゃない。うーん、三百万もあればいいと思う」

 指折り数えて、楠木生徒会長は言う。そのあともう一度三つ指を折って納得した顔をした。

 人をさらうようなことしといて、下手すりゃ誘拐事件だぞこれ。

「そりゃあいつにとっては大した額じゃないにしろ、俺たちにとっては大金です。そんな金をただ出せって言えるわけないですよ」

 言うと、楠木生徒会長はおもむろに立ち上がり、近寄ってきた。

「お前は自分の立場がわかってない。わかってないぞ来栖真」

 そしてまた腕を取られてしまう。警戒はしていたつもりだったけれど、いかんせんすばしっこい。

「そ、それ以上したら俺ますます拒んじゃいますけどね」

 腕をキメられないように、体の前で力を入れる。

「ふふんっ」

 また得意の護身術か何かで技をかけられるものと思っていたけれど、楠木生徒会長は俺の目の前にしゃがみこんだ。

 そして、自分の制服の中に俺の手を突っ込んだ。

「なあっ!?」

「パシャッとな」

 頭上からシャッター音が聞こえた。

「撮れた撮れた♪ お前の顔はバッチリだ」

「よこせ!」

「おっと」

 写真を取った携帯を奪おうと伸ばした手を、逆に狩り取られる。そのまま背中でねじあげられて、俺は床に這いつくばった。楠木生徒会長はその俺に乗っかるようにして、耳元で囁いた。

「いやーん、来栖真のえっちぃ。こんなロリボディに手を出すなんてとんだ変態だな来栖真。さてどうしようかなぁ、この写真~」

「こっ、のやろ……っ!」

 ぴょんっと、俺の背中から飛び跳ねるクソガキ。けらけらと笑いながら椅子に座った。

「ふわーっはははっ! どうだろう、あの神宮寺の娘に見せてやるのが一番効果的なのかナ?」

「てんめぇ……」

 生まれて初めて子供を殴りたくなった。俺より年上だけど。

「まあ落ち着け来栖真。これは取引だ。お前が見事神宮寺の娘に金を出させることができたらこのデータは消去してやる」

「そりゃ脅迫だ!」

「ふふん、何とでも言うがいい。もうわたしはなりふり構ってられないのでな」

 焦ってるってことなのか。

「理由だ、金が欲しい理由を説明しろ。変なことに使おうってならそればらまかれたって協力はしねえ」

「お? 存外正義感が強いじゃないか来栖真。本当に意外だぞ。なんでも女をはべらしていると聞いてるんだが」

「根も葉もない噂だ。いいから理由言えよ」

「わたしの方が先輩だ」

「……言ってください」

「うむ」

 うぜえ。うちの生徒会長うぜえ。

 そして楠木生徒会長は難しい顔をして、話し出す。

「まず、わたしは私的な金欲しさにお前に頼もうとしているわけではないのだ。いや、ある意味私的かもしれないが。みんなのためでもある」

 そこまで言って立ち上がり、書類棚からいくつか資料を取り出した。それを俺の目の前に並べ始める。

「これはお前はもとよりわたしが入学するよりもっと前の、文化祭の資料だ」

 言いながら、ひとつずつページを捲っていく。ある程度ひらひらと捲って、あとはおざなりに投げ出した。

「まあ適当に眺めろ。眺めながら聞け」

 訝しく思いながらも、とりあえずは開かれたページに目線を落とす。

 そこには言われた通りの、文化祭の様子が書かれた記事や写真が保存されてあった。

 中身はそれぞれの文化部が何かしらやっている風景や、生徒たちが出している屋台で楽しんでいる人、演劇の模様、簡易的な教室カフェのような場面の写真が散りばめられていた。充実した文化祭って感じで、おどけた様子や楽しんでいる様子が見て取れた。

「見てわかるだろう。みんな楽しそうにしている。これぞ文化祭だ。学園祭だ。学校のお祭りなのだ。ところがどうだ、お前も去年経験したからわかるだろう。今のうちの文化祭の状況が」

 まあ、わかる。

 今見ている写真の文化祭とは中身が違っている。去年の文化祭は屋台や、教室でカフェとか、演劇とか、そういった催しは何もなかった。あるクラスでは街の歴史を調べてきて教室に展示したり、あるクラスでは切り絵やら貼り絵なんかを作って展示したり、あるクラスでは何かの実験をして見せたりと、地味な文化祭だった。これが真面目な文化の祭りだと言われればおおよそ納得できてしまうのだが、この写真のようにみんなが楽しんでいるようなものじゃなかった。文化部の催しはもちろんあったけれども。

「わたしは生徒会長として、その資料のような文化祭を復活させたいと思っているのだ。わたしプロデュース楽しい楽しい文化祭だ」

「ふーん……」

「なんだその抜けた反応は」

「いや、やったらいいじゃないですか」

「だから、そのための資金がないのだ」

「あー……」

 なるほど。

「でも、それってみんなが金出し合ってやるもんじゃないんですか?」

「五年前まではそうだったらしい。しかしある事件が起きたのだ。金銭トラブルだ。屋台の売上金を盗んだ奴がいた。その当時は結構大きな問題になったらしい。被害は数十万だ。犯人は部外者だったらしいのだが」

「それで屋台やら何やらが禁止されたと」

「その通りだ。わたしたちは高校生だ。いくらかの援助があるとはいえ、自分たちだけで金銭面を工面するのは難しい。それにそれだとどうしてもクラスごとに差が生まれてしまう。そしてその事件をきっかけに校内売買が完全禁止になり、文化祭で各クラスに割り当てられていた予算もなくなった。つまり、その時と同じことをやろうと思えば生徒が費用を全額負担して、かつ無償で振る舞わなくてはならないのだ」

「だからって三百万なんて、いくらなんでも多いでしょう」

「そうでもない。ひとクラスに十万。それが各学年八クラスで二百四十万だ。残りは文化祭の飾り付けや予備予算に充てる。余った金はもちろん返す。使った額も領収書とともに明確にさせる。決して文化祭以外のことには使わせない」

「それでも、みんなが積極的に参加しようとしなければ意味がないでしょう?」

「金があれば、普段できないこともできる。金が原動力だ。わたしはそう考えた」

「そうかなぁ」

 俺は面倒臭そうであんまり乗り気じゃないけれど。

「そうじゃなくても生徒会長権限でみんなにやらせる」

「結局は自分が楽しみたいだけじゃ……」

「だからある意味私的だと言ったじゃないか。絶対楽しいってー」

「できる範囲でやったらいいじゃないですか。わざわざそんな大金使わなくても」

「どうせやるなら派手にやりたいではないか。どーんと。それこそ嫌でもみんなの思い出に残るように。これこそ生徒会長としての最後の役目だと自負しているのだ」

「そういや、生徒会長って目立ちたくて生徒会長になったんでしたっけ?」

「ん? よく知ってるな。わっはははっ!」

 やはりマジだったか。まあでも、生徒会長なら生徒会長なりに考えてることもあるってことか。

「そうだそれ! 今回わたしがこういう強行策に至ったのはお前たちのせいでもあるんだからな!」

「はい?」

「お前が、いや、神宮寺の娘が入学するまでは結構わたしは目立っていたのだ! ちっちゃくて可愛い生徒会長だとな! 噂だっていろいろと飛び交っていたさ。それがどうだ。お前たちが学校内で騒ぎに騒ぎまくっているもんだからみんなの噂はお前たちの話しだらけだ。だから最後の最後にわたしの企画した文化祭でもって、わたしのこともみんなの記憶の中に残してもらおうと思っているのだ」

「なんか、今から死にゆく人の台詞っすね」

「縁起でもないこというな馬鹿者! わたしはこの通りのナリだから同年代の奴らよりもきっと長生きする!」

 コンプレックスとかないのかなこの人。完全に自分の容姿を武器にしている。成人しても小学生と思われるぞきっと。

「そういうわけである。金を用意させよ!」

「そういうわけでも、高校生の文化祭にして金かけ過ぎです。それと、さっきも言ったけど、みんながやる気出さないとどんなに金をかけた文化祭だって盛り上がらないと思いますけどね」

「じゃあなにか、お前はみんなからそういう希望が上がれば納得するのか?」

「まあ、考えますよ」

「ふんっ。なら話しは早い。今日は始業式だけで終わりだからな。ホームルームが終わったらもう一度ここに来い」

「えっ、やです」

「言っておくが、来なかったらあの写真を加工して神宮寺の娘に見せるからな。えぐいやつを」

「ひ、卑怯な」

「ふぅーっはははっ! 手段は選ばんのだ!」

 そういうことになった。

 そういうことになり、楠木生徒会長から解放されて、教室に戻った。

 まだ始業式は終わっていないようで、一人ぼっちでみんなの帰りを待った。

 目立ちたいから生徒会長になったと言っていた楠木生徒会長だったけれど、案外いろいろと考えているのかもしれない。自分が目立ちたいだけかもしれないけれど、以前の文化祭の資料だって詳しく目を通していたようだし、今年の文化祭を盛り上げたいと言う。

 手段がいささか常識的ではないけれど。

 放課後のことをどう梓に説明しようか頭を悩ませているところに、みんなが戻ってきた。

「せんぱーーーーいっ!」

 俺の姿を見るなり梓が飛び掛かってくる。それをひらりとかわした。梓はそのまま俺の椅子に膝を打ち付けて「あおぅ……」とうめき声を上げる。

 しかしそんなことでくじけないのが梓である。すぐに立ち上がり、俺の体をまさぐり始めた。

「先輩ッ! どこか痛いところはないですか!? 変なことされませんでしたか!? ああこんなところが!?」

「触るな変態がッ!」

 といつものやり取りに教室内からも小さな笑い声が漏れた。

 しばらく梓とやんややんやしていると、担任の今泉先生が入ってきた。遅刻した理由を聞かれたので生徒会長のせいだと言っておいた。遅刻はしていないことも梓が証明してくれた。

 そして今泉先生が明日からの日程を軽く説明したあと、プリントをいくつか配り始めた。その中に、気になるものが一枚紛れ込んでいた。

「えー、生徒会からのアンケート用紙が届いてるから、それに記入して後ろの奴が回収してくれ。文化祭についてのアンケートらしいぞ」

 今泉先生も手元のアンケート用紙を首を傾げながら見ていた。楠木生徒会長はさっそく行動に出ていたのだ。

 仕事はえーっ! あの人仕事はえーっ!

 内心で驚きつつ、内容に目を通す。

 アンケート用紙はきちんとパソコンで作られていて、項目チェック方式のアンケートだった。いろんなスキルを持ってるなあの人と感嘆する。

 中身は結構幼稚なものだったけれど。


・文化祭は楽しむべきだ。  □ はい □ いいえ

・文化祭は騒ぐべきだ。   □ はい □ いいえ

・文化祭はみんなのものだ。 □ はい □ いいえ

・泊り込み作業って憧れる。 □ はい □ いいえ

・屋台っていいな。     □ はい □ いいえ

・焼きそば食べたい。    □ はい □ いいえ

・クレープ食べたい。    □ はい □ いいえ

・メイドカフェっていいな。 □ はい □ いいえ

・衣装を作りたい。     □ はい □ いいえ

・凝った演劇をしたい。   □ はい □ いいえ 

・楠木まゆを知っている。  □ はい


 などなど、こういう内容のアンケートが所狭しと一枚のプリントに収められていた。

 感嘆したあとに嘆息して、俺は記入を始める。みんなもざわざわと回りと言い合いながら面白がっているように書いていた。

 そして放課後、俺の新しい学校生活が幕を開けることになる。


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