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プロローグ

 この作品は『お嬢様のフーガ 3 ~それぞれの夏~』の続編になります。

 一応補足説明は多少ありますが、これまでの『お嬢様のフーガ~後輩で、同級生で、ストーカーで~』『お嬢様のフーガ 2 ~金色のアサシン~』『お嬢様のフーガ 3 ~それぞれの夏~』を読んでいること前提に書いておりますので、ストーリー、登場人物、世界観を無視したくない方は『お嬢様のフーガ~後輩で同級生でストーカーで~』の方からご覧ください。

 新学期が始まった。

 特に際立ったこともなかった夏休みは、最後にとんでもないイベントを用意していた。いや、あれは事件だった。俺の中の衝撃は、梓が現れたとき以上のものだった。

 まだまだ秋の到来を許さない残暑が日本全土を苦しめ続ける中、俺――来栖真――は暗澹たる気分で通学路を歩いている。

 そしてその横にはいつもの顔がある。

「ふいーっ、あっついです。あっつあつです」

 見てくれとばかりに胸元をはだけさせ、手うちわであおぐ、神宮寺梓である。

 背丈は小柄で、校内では唯一の人為的茶髪。ツインテールからの変化でショートボブ。表情筋を使いこなす、怪面百面相。割と可愛い。歳は一つ下の高校一年。本来後輩にあたるのに裏ワザ使ってクラスメイト。

 そして、国内屈指のお金持ち。

 そして、俺の婚約者(仮)。

「残念ながら、胸を通り越してお腹が見えてるぞ」

「みっ、見えてないです! しつれーです! 成長の日々です!」

 背丈と同じで、胸もひかえめ。

 俺の悩みは、常にこいつが付きまとうこと。梓の父親は完璧な親バカで娘を溺愛している。その親から娘に手を出したり娘を泣かせたら殺してあげる、と脅されているのだ。だから俺は梓を泣かせないように、手を出さないように、微妙な距離を保ってこいつと接しているのだ。

 それが、俺の悩み、だった。

 一つの事件の末に俺はなぜだか梓の父親に認められるような結果になり、どうしてか婚約まで押し付けられてしまったような結果になり、いろいろと考えて俺としては自分の気持ちに答えを出したようなことになり、しかしそれが覆されるようなことが夏休みの終わりに起こってしまったわけだ。

 ひとしきり隣で歩く梓をバカにして、頭を撫でる。

 ご機嫌取りももうお手の物だ。

「今日から新学期ですねー」

「だなー……」

 憂鬱。

 登校中の生徒を見ると、夏休みの怠惰をそのまま引きずって歩いているような奴ばかりだった。中には友達と楽しそうに談笑しながら登校している奴もいるけれど。どっちかといえば元気な奴の方が少ない。

 俺の鬱加減はそいつらとは違う。

 会ってしまう。

 顔を合わせてしまう。

 頭の中にはそんなことばかりが思い浮かんできていた。

『ゴメン』

 俺が最後に言った言葉はこれだった。

 だけどあいつは笑っていたんだ。その言葉を聞いたあとに笑っていた。何を言うわけでもなく、悲しさと、切なさと、寂しさと、悔しさと、優しさが入り乱れた表情で、笑っていた。

 言ってはいけない言葉だったんじゃないかって、そんなことまで思ってしまう。

 親友だった。小さい頃からいつも一緒だった。一緒に育って来た。

 もしかしたら親友と思っていたのは俺だけだったのかもしれない。あいつがどんな気持ちで過ごしてきたのか到底想像できない。

 あいつがどんな気持ちで笑っていたのか俺には到底想像できない。

 壊れてしまった俺とあいつの関係。

 知ってしまったあとは、もう修復のできない関係。

 幼馴染。

 どんな顔をして会えばいいのか、どんな顔をして会っていたのか、わからない。

 こんなことが頭の中をぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる巡りに巡って回りに回って――憂鬱だ。

 頭の中が空っぽになる道具でもあればいいのにって思う。

「あっ……」

 昇降口までやってきて、梓が何かに気付いた声を上げ、釣られて顔を向けた俺は、そいつと目が合った。

 俺の幼馴染である、笹野千佳。

 生まれつきの栗色のミディアムショートの髪。告白してくる奴があとを絶たない容姿。

 成績優秀で、運動神経抜群で、人当たりが良い、学園アイドル。

 でもそんな学園アイドルの姿は、生まれつきの才能などではなく努力して作られたものだった。

 一生懸命勉強して、一所懸命運動して、人見知りを必死に治して、今の千佳がいる。

 それが全て俺のためだったと言う。

 夏休みに気持ちを打ち明けられた相手だ。

 十余年の恋心だったと言う。

 その幼馴染が、まるで俺と梓を待ち受けていたかのように、昇降口にいたのだ。

 俺は思っていた通りにどんな顔をしているのかわからず、梓もまた気まずそうに視線を泳がせていた。

「おはよっ」

 そして千佳は、にこりと微笑んで、それだけ言ってさっさと行ってしまった。

 正直に言うと、拍子抜けしたようで安心している俺がいた。

「何か用事があったんじゃないんですかね?」

「……さぁな」

 ぶっきらぼうに言う俺を、梓は少し寂しそうに見ていた。

 教室に着くと、クラスメイトたちはそれぞれが楽しそうに話していた。

 重苦しい雰囲気を醸し出していたのは俺と梓、それに宿題を必死にやっている奴くらいだった。

 しかし俺のそんな気持ちもどこかに吹き飛んでいきそうな嵐が、この教室にやってきたのだ。

 突然、乱暴に教室のドアを開ける音が聞こえた。

「たのもー! ここにくするまことはいるのか!?」

 女の子だった。

 みんなが首を傾げていた。


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