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リコ&さとるシリーズ

こんな五月の朝

作者: 深水晶

mixi公開小説のリライト版。

 例えば。

 ある晴れた五月の朝に、自転車のベルを鳴らす音で私は目覚めた。まだどんよりと重い頭で、枕元の目覚まし時計に目を遣ると、まだ午前五時前だった。最悪。でも、このまま寝たら間違いなく六時半までには起きられなくなる。舌打ちした。

 目覚まし時計をオフに切り替えると、身に付けていたパジャマを放り投げるように脱ぎ捨て、下着を身に付けて、素足のままジーンズに足を通した。その状態で、ベッド脇の棚にある煙草――フィリップモリスのメンソール――をくわえ、ガサゴソと百円ライターを探していると、同居人が煩そうに寝返りを打った。

「静かにしろよ」

 向こう側を向いた、大きな背中が、低く唸るように言った。

「ライターが見つからないの」

「……隣りのテーブルにあるだろ。昨夜の記憶もないのか?」

「ごめん」

 そう言ってから、付け足す。

「ありがとう」

「この部屋で吸うのは勘弁してくれ。煙を吸いながら寝ていられるほど、呑気じゃないんだ」

 彼が見かけによらず、神経質なのは知ってる。その大きな太い指で、彼は信じられないくらい細く細かい線で図面を描く。寝室の壁には、そうした彼の理想のマイホームの設計図が簡素な額に入れられて飾られている。

 男という生き物は、女よりロマンチストでナイーブだ。彼は理想の家が建てられるまで、何度も図面を引き直し、それが叶うまで飾るのだという。

 2DKのマンション。彼は現在の自分の家に――彼はここを家ではないと言う――満足していないらしい。私は、屋根と寝るための布団さえあれば、十分だと思う。

 箪笥の引き出しからキャミソールと上に羽織るカーディガンを取り出すと、手早くキャミソールを頭から被り、カーディガンを肩に引っかけ、落としたパジャマや下着などを足でかき寄せ、手で拾い上げて、浴室へ向かった。

 洗濯物を洗濯機に放り込み、洗剤と柔軟剤を入れ、スイッチを入れる。煙草を楽しもうとして、まだ火がついていないことに気付く。

 居間として使ってる部屋へ戻り、百円ライターを取ろうとして、代わりにその隣りにあった同居人愛用のジッポーを手に取った。シュボッと心地良い音を立てて、火が立ち上った。私は深く息を吸い込みながら、火をつける。そのまま、ゆっくり奥まで煙を吸い込み、ふぅっと息を吐き出す。これがないと、朝は頭が回らない。

 肩や首をとんとんと叩きながら、キッチンの棚からコーヒーメーカーを取り出し、フィルターとコーヒーの粉をセットすると、ヤカンに水を入れて、定量を注いだ。

 朝はパンとコーヒーだ。それにハムエッグか、スクランブルエッグ。今日はいつもより早く起きたので、オムレツを作ることにする。普通のオムレツでなく、私の好きな具沢山のスパニッシュオムレツ。

 トマトと玉ねぎ、ニンジンにエリンギ。それにピクルスと椎茸と黄色いピーマン。椎茸、エリンギ、トマトをよけて、全てサイコロに刻むと、それをボールに入れ、エリンギ・椎茸・トマトの順で同じように刻み、別のボールに入れる。冷蔵庫から玉子と牛乳とバターを取り出し、おおきめなボールに卵を割り入れて牛乳を加え、塩胡椒を軽く振り、泡立て器で軽く混ぜ合わせる。

 フライパンを熱して、オリーブオイルとバターを入れ、玉ねぎ等を炒める。玉ねぎがしんなりして透き通ってきたら、トマト等を加える。全体に火が通ったら、塩胡椒で軽く味付け、皿にあける。軽くフライパンを水洗いし、乾かさないで、再度火にかける。

 思い付いて、冷蔵庫からチェダーチーズの塊を取り出し、五ミリくらいスライスする。それからそのスライスをかんたんに不揃いなサイコロ状にして、火をかけすぎたので一度止め、少し冷ましてからオリーブオイルとバターを落とし、全体に回す。

 もう一度火にかけ、ほど良く熱したところで、卵液を流し入れ、菜箸で回りから中央へと集めるように掻き混ぜ、なるべく極端に薄くならないようにフライパンを回し、外側が固まり始めたら、素早く具とチーズを入れ、右手の菜箸で形を整え、左手のフライ返しで返して巻いていく。

 まだ完全に固まらない、半熟で火を止め、そのまま新しい皿を出してフライパンにくっついている方が上になるようひっくり返す。上出来だ。

 本当はフライパンできれいに返せるようになると良いのだが。スナップの効かせ方が悪いのかあらぬ方へ飛ばしてしまう。一度、自分の腕に着地させて火傷しそうになって以来、二度とやろうとは思わない。

 そこへコーヒーとオムレツの匂いに誘われたのか、同居人が寝癖を付けたままやって来る。

「……どうしたんだ?」

 と尋ねる彼に、私はこう答えた。

「自転車のベルが鳴ったのよ」

 それを聞いて、彼は考え込むように眉をひそめた。

 例えば、こんな朝の五月。同居人のこんな表情を見るだけで、笑いだしてしまう。突然笑いだした私を怪訝そうに見る彼に言った。

「パンは普通にトースト? それともチーズをかけて焼く? チェダーとマリボーとモツァレラがあるけど」

「そのままで良い。随分機嫌良さそうだな」

 私は煙草をシンクの底に押し付けながら言う。

「ついさっきね」

 私は笑った。彼は、理解しがたいという顔つきで私を見つめた。

 ええ、判らなくて良いの。それは別に構わない。何故私が笑っているか、あなたが理解できた時は、今と同じ関係でいられるとは限らないから。だから、今は理解できなくても構わないの。

 あなたがここにいて、私がここにいるから。例えば大好きなスパニッシュオムレツを上手に焼く事ができたから。……そういう事が、とても幸せ。ささやかな幸せ。

 理解できなくて良い。共感できなくても構わない。ただ、今、共有している時間があれば、それで良い。私はそう思う。

「食べても良いか?」

 彼は尋ねた。

「どうぞ、ご自由に」

 私は答えた。


The End.


あえていうなら恋愛小説かな、と思ってたり。

起承転結も何もありませんが。

同棲カップルの日常編、みたいな感じ。


ちなみに私は煙草は苦手です。

しかし旦那がヘビースモーカーなので、慣れました。

昔は本当ダメだったのに。

なんとなく悔しいです。

ちなみに旦那は禁煙するくらいなら「煙草抱えて国外逃亡する」そうです。そうか頑張れ、と言おうかと思いましたが、やめました。

スパニッシュオムレツは大好物です。

作るのも好きです。

ただ、旦那には「同じ物ばかり作るな」と言われて封印しています。

オムレツの素敵なところは、味付けが塩コショウだけで良いというところです。

塩加減が微妙で難しいんですが、デミグラソースを作ったり、野菜の煮物を作る事に比べると遙かに楽でシンプルで最高だと思います。

肉じゃがは本みりんと醤油とかつおダシさえあれば、簡単です。苦手な人はめんつゆ(物にもよるが)を少し入れると楽かもです。最近は出し割り醤油とか色々あるから、そちらを使った方が更に楽かもしれません。

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― 新着の感想 ―
[一言]  自分も日常のワンシーンを切り抜いた恋愛物を書くのですが、さらっと読ませる短い物語って、以外と難しいですよね。さて、今回の作品に付いてですが、物語的には作者様が語られていたとおり、起承転結を…
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