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第六章 乙女ザムライ買い物をする







                                《天堂陸》




 とりあえず紫苑の話を聞いてみると、夏休みの間くらいは俺の家で世話になりたいらしい。

 それなら、色々日用品などがいるだろうということで、俺たちは地元駅のデパートへと向った。

 それが間違いだったと……言えなくもない。

「買うものが一つある」

 紫苑の荷物をデパートの預かりロッカーに預け終わると、彼女が真剣な表情で俺を見る。

 端正な容貌の紫苑が真剣な表情をすると、冗談抜きに惹きこまれそうになる。

「重要なものだ。この戦ではなくてはならないもの。これを身に着けているかどうかで、勝敗は決まると言っても過言ではないものだ」

 拳を握り締め言葉を紡ぐ様は、本気の一文字に尽きる。

「一体なんだ?」

 緊張して尋ねると、紫苑は重々しい口調で言った。

「勝負下着だ」

 二つ確信した。

 一つは聞いた俺が馬鹿でした!

 もう一つは彼女は恋愛バトルマシーンだということだ。しかも危ない方向にこのマシーンは壊れている。大ピンチだ。お子様は真似しちゃいけない。有害指定だ。助けてくれよッ。俺は逃げた――


 グワシッツ!


 だがそれは……猛禽の鋭い爪のように掴まれた紫苑の手を振り解かないと無理な話だ。

「陸の協力が必要なのだ。武士に刀がいるように、紫苑ちゃんには勝負下着が必要なのだ。ほら、あれだバカボンのパパにハラマキがなければ、それただのバカだろう?」

 否定したかった。ただのパパになるだけだ、と。そんなことはない、と。

 けれど鬼すらも斬り捨てそうな紫苑の鬼気の宿った瞳に俺は……

「そ、そうだネ…」

 ああ、俺を馬鹿にしてくれていい! 俺は主体性のない日本人だ。駄目な男さッ!

「その意気や良し!」

 ビシリと紫苑は仁王立ちに、右の人差し指を天へと指し示す!

「いざ、女性下着売り場に!」

「お、おー……」

 テンション高い紫苑を前に、力なく右拳を振り上げるしかなかった。

 あぁ、とっても売られていく仔牛の気分……




 紫苑は狩人の視線で、色とりどりの多くの下着を鋭く睨みつける。

 これだけの下着の量があると、恋愛ヘルマシーンの紫苑と言えどもすぐに選ぶのは困難らしい。

 一方、俺は他の女性客の視線が物凄く痛い。つーか、いたたまれない。

 この女性下着売り場にある独特の雰囲気に、もの凄い重圧感を覚えていた。

 そうさながら獰猛な獣がいる檻の中に閉じこめられた気分だよ。

 そして、檻の鍵は紫苑が握っている。

 とどめに猛獣の名前は綾崎紫苑だ。

「むう……陸はどれが好きだ?」

「うぇ!?」

 思わず呻き声を上げる。勘弁してくれッ。これある意味犯罪じゃないですか!?

 まったくもって人が死ねるくらいの衝撃ですよ?

 涼しいくらいクーラーがかかっている店の中で、脂汗が額に噴き出すのを感じる。

 紫苑は手近にあったピンクの可愛らしきフリル付きパンティと、アダルト満点な黒いランジェリーに、清純なくせして過激な露出の白の紐パンを掴み、眼前に掲げる。

 さながら水戸黄門の印籠の如し勢いで。

「う……あ……」

 拳銃でも突きつけられたかのように硬直して動けない。

 紫苑の持つ下着から視線を床に逸らすと、適当な方向に右の人差し指を向ける。

「あ、あれがいいんじゃないか?」

 当面の危機を逃れるための露骨な話題そらし。それくらいしか俺の打つ手はなかったんだッ。

 すると、

「……ほう!」

 何か感嘆する紫苑の声に、慌てて自分で指差した方向を見て凍りつく。

 そこには、今年の夏の新作の下着が売り出されていた。

 目に飛び込んでくるのは《破滅》の二文字。


《これで彼氏のハートをまるごとゲット。セクシーランジェリー最新作! これで彼もイチ★コロよ♪》


 そのランジェリーの形体はずばりハート。

 指の第二関節程度の幅のハート型ランジェリー。申し訳程度に胸を覆い、胸谷間、下乳、腹部を大胆に露わにしている。股間の切れ込みは急角度すぎ、おそらく背中はもちろん尻なんかはほとんど丸出しなのではないだろうか?

 色はプラチナに水色がかかった光沢のある生地で、ガーダーベルトも同じような生地でできているみたいだ。

 これを纏った紫苑を想像する。

(や、ヤバい……ッ!)

 鬼に金棒、虎に翼、弁慶に薙刀、そして紫苑にセクシーランジェリーだ!

 セクシーランジェリーという神器を身に纏った紫苑は、まさに一騎当千の古強者になるに違いない!

 危険だッ! 俺はもっとも渡してはいけない相手に、危険物を渡してしまった!

 触れてはいけない運命のスイッチを押してしまった俺は、ただ破滅へと加速。狂加速!

 壊れた機械のようにギギギと不協和音を立てながら首を紫苑に向ける。時間が停滞したような感覚が襲い、視界がブラックアウトしたかのように――――歪む。


 グニ~~~~~~!


 そして、紫苑の表情を見た瞬間、絶望で目の前が黒く明滅する。

 紫苑の体躯から空間を歪ますオーラが噴出している。

 紫苑は本気になった獣の瞳をしていた! デンジャラスピンクなエナジーが紫苑の体からプロミネンスのように立ち昇る。

「陸……その言葉の中に漢を見たぞ!」

 止めようと伸ばした手は、あぁっ!? しかし掴めない!

 ジェットの加速で紫苑は店員から下着をもぎ取ると、試着室へと突撃する。

 丁寧に磨き上げられた白いフロアに膝をつく。圧倒的な挫折感が体に圧し掛かるのを感じた。

 重い……重すぎるよ……なけなしの月給を、飲んだくれのダメな夫にもっていかれる嫁の気分だ。生きる希望と明日への活力がどこも見あたらないよ!

「陸……来てくれぬか?」

 抗えない紫苑の声に、生気のない微笑みを唇に刻む。

 フラフラと紫苑のいる試着室に近づく俺は、屠殺場に引っ張られていく豚だ。

 「し、紫苑……あのさ……」

 しかし俺の言葉が終わらぬうちに、勢いよく開く試着室のカーテン。

 堂々と、ハート型セクシーランジェリー姿で仁王立ちの、紫苑!

 色気など微塵も感じさせないポーズ。けれど、瞳に焼きつくのは、年のわりにムチムチといいますか、正直これはR15どころか18禁だろと思わず突っ込みたくなるような……

「は、はふん……」

 情けないことに鼻血を溢れさせ、ゆっくりと意識が遠ざかるのを感じた……

 薄れゆく意識の中、最後に思ったことは、下着の宣伝文句は見事に的中だなということだった。







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