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エピローグ







                          《天堂陸》






「逃げられる……逃げられない……」

 薄暗く人気のない道端に咲いていた花を茎の部分から千切り、言葉と共に花びらを散らせていく。

「逃げられる……逃げられない……」

 きっと血走った目で世間で流布されている迷信を続ける。

 祈りを込めて、切々と。

 逃げていた。俺はひたすら逃げていた!

 逃げる理由?

 それは愚問だ。

(追われているからに決まっているじゃないかッ!)

 手負いの獣のように右を見た。左も見た。

 だ、大丈夫だ。彼らの姿は見えない。

 俺は高校二年の夏休みの終りに、二人の大富豪から告白されていた。

 一人はアイドルにして小さい頃の幼馴染みでもある少女――――綾崎紫苑。

 もう一人は世界有数の財閥の“青年”――――アレックス・バグネット。

 その二人から火傷するくらいの強烈な愛の告白を受けた。

 穏やかな平凡な日常を切望する俺にとって、二人の気持ちはどうにも重圧だった。

「逃げられる……逃げられない……」

 抜かれた花びらは足元にいくつも散らばり、花びらはあと僅か数枚ほどになる。

「逃げられる! ……逃げられないッ!?」

 結果に脅え、指は痙攣したように一喜一憂。

 じっとりと脂汗が噴き出し、額にかいた汗が前髪を張り付かせる。

「逃げられる!」

 一枚花びらを抜き、歓喜の叫びを俺は上げる。

 勝利の予感に拳を突き上げる。

「逃げられない!?」

 一枚花びらを抜き、リストラを宣告された一社員の悲哀にも似た悲鳴を上げ、その場で凍りつく。

 それから数度、迷信を続けていた俺の指が停止する。

「に、逃げられ……」

 さっきは『逃げられる』で花びらを抜いた。

 なのに花びらはもうたった一枚しか残っていないじゃないかッ!

 だ、だから……こ、今度は……ッ!?


 コツコツコツ…………


「!?」

 人の足音を聞きつけ、よく訓練された兵士のように背後を振り向く!

 そこには……あぁ……そこにはッ!

 一片花びらが残った、最早花というよりは茎を地面に取り落として顔を絶望に歪める。

 そこには、暗く汚い路地裏には似つかわしくない美少女がいた!

 しかも、白いウェディングドレス姿!

 その清純で穢れのない姿は白き天使の降臨を思わす。

 しかしショートカットの額の上には、はちまきを締めている。前髪に隠れてハチマキの真ん中には『我陸命』とあった。

 その美少女、名前を日本有数の大企業の孫娘、綾崎紫苑!

「逃さぬぞ、陸ぅ~~……」

 若武者を思わす口調で、目の前の美少女――――紫苑は瞳に凄絶を刻印付けて笑う。

「あ……あぁッ!?」

 紫苑が紡ぐ声は、聞くものが思わず身を委ねるほど清廉なものなのだが、なぜか俺の耳には低い恫喝のように響いた。

「……たとえ地の果てに身を隠そうが、アフリカのフン族の集団に紛れようが、のんびりとした田舎の農民に扮しようが、絶対……逃がさん!」

 恐ろしいまでに高められた紫苑のラヴ魂は、凄まじい熱意を俺に言葉の姿で見せ付ける。

「きゃあああああああああああああああ!?」

 乙女のように絹が引き裂かれたような音が口から漏れる。

 まさか、こうもあっさり発見されると思っていなかった。慌ててボストンバッグを肩に担ぎ、とにかく人通りのある所へと疾走する!

 こんな人気のない路地にいたら、アメリカのスラム街のように衣服を無理矢理破壊されて、冷たいアスファルトに押し倒されているのは目に見えている。

 人通りのある所では、さすがの紫苑も暴挙には出られないだろう……? おそらく、ね?

 絶対と言えないのが、怖いところだッ!

「こら、陸! これから結婚初夜でむふふのふでハネムーン二人旅をする予定だろうが!」

 後ろからとてつもないことを叫びながら高速で俺を追跡する紫苑を背中で感じる。

 顔を引き攣らせながらも足場の悪い路地を疾走・爆走・激走する!

(逃げなきゃダメだ逃げなきゃダメだ逃げなきゃダメだぁぁぁぁぁッ!)

 某巨大人型決戦兵器に乗る少年と真逆のことを口にしながらひたすらBダッシュ!

 高速で周りの景色が後ろに流れ、遠くに感じていた一筋の光が輝きを増し、暗い路地裏から人通りの多い道へと弾丸のように飛び出す。


 バババババババババ……!


 そして、街に響き渡るヘリコプターのプロペラ音と、空からいくつも舞い落ちる赤いバラの花びらを認識した瞬間、戦慄が秒速で全身を走り回る。

「ジザース……」

 頭上に負わす神を見上げると同時だった。


『HAHAHAHAHAHAHAHA!』


 ヘリコプターからは拡張機で大きくしたいかにもアメリカ人という割れんばかりの笑い声。

 それを聞いた瞬間、俺の戦慄は絶望に塗り変えられた。


『マイプリンセス・リク、元気かい? ボクは元気で昂りまくりさ! 滾りたつこのブラッドはキミを押し倒したくてムンムンさ!』


 ジャキ!


 鋭い鋼が立てた音に後ろを振り向くと、そこにはバズーカに炸裂弾を込めた紫苑がいた!?

「そのバズーカ、どこから取り出したんだよ!?」

 俺のつっこみに、紫苑は見惚れるようなウインクをする。

「通りすがりの貴婦人がな、『乙女の恋路を邪魔するヤツは撃ち落としなさい』と申されてな」

 虚言丸出しの台詞を微笑みと共に言うと、紫苑はバズーカの照準に瞳を走らせ、躊躇なく引き金を引く!

 止める暇などそこにはなかった!


 ズドン!


 周囲を震わせ、炸裂弾は毒蛇のように残忍に殲滅一直線にヘリコプターへと突進する!

「はあッ!」

 かけ声を上げると、地上から二十メートルの高さを飛行しているヘリコプターから白いスーツ姿の青年が飛び出す!


 ズドーン!


 青年が飛び出した一瞬後、ヘリコプターは紅蓮の炎をと黒煙を噴き上げて爆発する!

 青年は爆発に巻き込まれなかったが、あの高さから飛び降りて無事なはずが……!

 落ちてくる。いや落下――――否、墜落がふさわしい。

 パラシュートが翻り、執事姿のエドワードさんが見えるのに安堵を感じるものの、青年は一体……

 不安と恐怖が膨れ上がる中、黒煙の中から白い姿が飛び出した。

 しかし、その背にはパラシュートが――――ない!?

「ア、アレックス君ーーーッ!?」

 アレックス君の絶体絶命の危機に思わず彼の名を叫ぶ!

 このままじゃアレックス君は墜落死してしまう!

「そのお言葉で勇気百倍でございます、陸様」

「え!?」

 いつの間にか背後に立っていたエドワードさんに驚く。






                               《アレックス・バグネット》





「アレックス君ーーーッ!?」

 マイスィートが潤んだ眼差しでこのボクの名を叫んでいる!

 その瞬間、このボクの高輝度がMAXに達する。

 愛しいリクのためならば、ボクは美しい鳥と化す。

 スーツを巧みに翻し、浮力を得つつ、落下速度を落とす。

「アレェェェェックス★ダンスレボリュュュューーーショォォォンッ!」

 アスファルトの地面に右足が激突した瞬間、優雅な踊りを高速で舞い、落下の勢いを素早く分散させる!

 愛しいリクのためならば、墜落死の未来などミラクルに書き換えてみせる。

 それでこそ(マン)だ!

 ほら、ごらん。目の前にはこの世で最もプリティーなリクが目の前にいるじゃないか!

 口付けの予感に総身が震える。

「リク……ん~~~~~――――」

「やめろ! 近寄るな、ドントタッチミー!」

 チャーミングに怯えるその仕草も――――そそる!

 まったくこのボクをこんなにも高ぶらせるなんて、いけない子だ!

 口の端からあふれだす高貴な滴を右手の甲で拭う。

「照れているんだね、OKOKだとも! 大丈夫! お尻で痛いのは初めだけさ!」

「貴様、待たぬか!」

 瞬間、リクの背後にいたシオンが陸に駆け寄ろうとする。

「ちっ、エドワード!」

「かしこまりました坊ちゃま」

「ぬっ!?」

 舌打ち一つでボクの意図を理解した優秀なバトラーことエドワードがシオンを迎撃する。

「紫苑様、ここは私めを倒さぬ限り進めないとご理解ください。我が主の恋路、我が命に代えても邪魔立てはさせません」

 トンファーを構えたエドワードが優雅に立ち塞がる。

 そうバグネット家に仕えるボクの執事にて護衛役でもあるエドワードの戦闘能力は高い。

「全く……乙女の邪魔をするのがうまいやつらだ」

 ぎらりとどこからともなくジャパニーズソードを取りだし、凄惨な鬼気を発するシオンに優雅に笑いかける。

「ハハン♪ 糞ダメガール・シオン、そんなバズーカ如きでこの高貴で気高く美しいボクの命を獲れると思ったのかい?」

 胸の内ポケットから櫛を取り出し、乱れた髪を整える。

 そう金髪碧眼の美男子。世界が産んだ超絶美形。黄金の美丈夫ことアレェェックス・バグネットだ。

 ちなみに世界に名高い多国籍企業の経営者の一人息子にして、かのハプスプルク家の遠縁にあたる高貴な血筋を持つ――――この世で最もリクにふさわしい男だ!

「私と陸とのラヴを裂かんとするエセ外人が……どうやら本気で刻まれたいらしいな?」

 ゆらりと歩み寄るシオン。

「やってごらん?」

 だがそんなのは怖くもない。リクを手に入れるためならば、この程度のピンチなどお茶の子さいさいだ。

 挑発的な視線を向けながら、愛用の拳銃を二丁胸元から抜き出す。

 特殊改造された我が愛銃、撃てばそこらの野良犬なら一発で肉塊に変える威力を持つ。

 ヤンデレ乙女のハートなどガラスのように粉微塵にしてくれよう!

「かかってこい、我が恋敵(ライヴァル)!」






                                     《天堂陸》






 突如、現れた二人は視線を花火のように散らしながら、背中に稲妻の効果を背負う。

 さながらハブとマングースの戦いのように!

 だが、チャンスだ!

 俺はボストンバッグを肩に担ぎ直すと、踵を返して紫苑とアレックス君の二人から逃げ出す!

「む、陸様! どちらへ!」

 エドワードさんが問いかけるが振り向かない!


「「逃すか!」」


 こんなときだけ、紫苑とアレックス君の息はぴったりだ!

 視線の先、自転車に跨ろうとする茶髪の少年の元まで駆け寄る。

 心の中で謝罪し、彼を突き飛ばし、自転車の前に付いているカゴにボストンバッグを放り込み、ペダルをこいで、こいで、こいでこいでこいでこぎまくる!

 それはもう荒い鼻息が出て、奥歯を噛みしめるくらい!


「ぬううううううううううぅぅぅぅぅおおおおおぉぉぉぉぉッ!」


 茶髪の少年が何か叫んでるけど、ごめん!

 俺には何も聞こえない!

 というか聞こえる余裕がない!

 かなり、紫苑とアレックス君の二人を引き離した。

 そう思って後ろを振り向くと、

「にふぁふわ、ひくーッ!(逃がすか、陸ーッ!)」

「ぎゃあああああああああ!?」

 そこには日本刀の刀身の部分を歯で挟み込み、鬼の形相ですぐ後ろを追走する紫苑がいた!

なんて馬鹿げた脚力なんだ! 普通、ドレスが邪魔で走れないはずなのに!?

「ハハン♪ 待ってくれよ、愛しいボクの子猫ちゃん♪」

 さらにいつの間にか右隣には赤いバラを口にくわえ、優雅にスキップをしながら、俺と並走するアレックス君もいた!?

「うおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 自転車のチェーンが外れん勢いでペダルを回転させる!

 通行人から多大な好奇心に満ちた視線を受けながら、酸欠で霞む意識の中、俺は思った。

 紫苑のムスカ的な笑い声が響き、アレックス君の熱愛の囁きを聞きながら思った。

 果たして穏やかな日常は俺に戻ってくるのか、と。

「なぁあああああああああああああんんでやねええええええええええぇぇぇぇーーーん!!!」

 突っ込む以外に、もう俺には何も残されていない!!!







                                   《綾崎紫苑》







 もう見失うものか。

 もう二度と手放すものか。

 もうこの気持ちを抑えるものか!

 自転車をこぐ陸の背中を一心に見つめて疾駆する。

 逃げればいい。でも必ず捕まえる。必ずだ!

 いや、今はこの追いかけっこですら楽しい。

 一度、逃げる恋人を追ってみたかったのだ。

 全く、陸は私の夢をはからずとも叶えてくれる。

 もちろん捕まえたら、監禁のち凌辱だ。さらに調教だ。調教レベルMAXにしてCG100%コンプリートだ。

 全く、冗談抜きに寝かせないから覚悟すればいいぞ。

「ふふふふ、ふはははははははははぁ! どこへ行こうというのだーーーー!」

 全く、楽しくてしかたない!

 陸の傍にあり、陸と同じ時を生き、陸と一緒に過ごす日々。

 この背中に追い付けば、全ての幸せが待っている。

 だから今、私は恋する乙女の時を生きている。

「なぁあああああああああああああんんでやねええええええええええぇぇぇぇーーーん!!!」

 陸の絶叫が心地いい。

 なんでだと?

 陸、それは愚問だ。

 理由は簡単。




 おぬしが大好きだからだ。















                               【なんでやねん! 完】










読者様のクリスマスプレゼントになればいいなと思いつつ……メリークリスマス。

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