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第三十六章 結婚式、そして……






                                《天堂陸》






「綾崎紫苑、汝病める時も健やかなる時も、この者を愛することを誓いますか」

 重々しく。だが慈愛に満ちた声で神父さんは紫苑に尋ねる。

「誓いまくる!」

 教会に響き渡る声量できっぱりと紫苑は高々に宣言した。

 それはもう初な乙女なら両頬を赤く染めてしまいそうなくらいに、実に堂々と力強く、おまけに雄々しく圧倒的な雄度だった。

 ここは教会。

 穢れない純白のウェディングドレスに身を包んでいた紫苑は見とれてしまうくらい綺麗だ。

 ただし、これには仁王立ちしながら誓いの言葉を口にしないと言う条件がつく。

 なんにせよ俺は今、教会にいる。

 いや教会に無理矢理連れて来られた。新郎のスーツ姿で……

 あの夜――――紫苑に好きだと告げた瞬間、俺の周りの世界が急速に加速した。

 紫苑に好きだと想いを告げたことに後悔は……ない……と思う。

 俺は確かに好きだと紫苑に言った。超電磁愛している。それは認める。


 だが!


(どうして、いきなり結婚しなくちゃならないんだ!?)

 いや、別に紫苑と結婚するのが嫌とかそう言うわけではないんだけど、そのいくらなんでも早すぎないか?

(俺はまだ高校生なんだぞ!?)

 頭を抱えて俺は蹲りたくなった。

 そして、蘇る光景……。

 紫苑に告白した夏休みあの夜、黒服の男たちが現れ、TV局とヘリコプターを召喚した。

 紫苑のお爺さんの経営している事業の知名度の高さと、彼の事業のCMや雑誌などにイメージアップの一環で出てくる孫娘の紫苑の婚約相手飛んで結婚相手と言うことで、俺の顔や名前は一躍有名になってしまった……。

 勘弁して欲しい。俺は平穏な日常を好んでいる。確かに紫苑がいなくなって退屈だというのを覆い隠そうとしていたある種の逃避だと思う。

 だけどこんな大勢人の目の前でこんなのは無理だ……一体どうしてこうなるんだろう?

 さらに、ヘリコプターから紫苑のお爺さんもやって来た。

 お爺さんは、俺と紫苑の姿を見るなりため息混じりに言った。

『おぬしの行動力は、婆さん譲りじゃの……仕方あるまい』

 どこか懐かしげに目を細めて続けた。

『孫娘をヤンデレにするわけにはいかんからの。天堂陸くんとの交際を許可しよう』

 紫苑のお爺さんの鶴の一声と紫苑の強気な押しで、あっと言う間に結婚式の段取りは決まってしまう。

 そこに俺の意見が入り込む余地はなかった……。

「で、では」

 紫苑の気風のよさと言うか、花嫁らしくない態度に神父さんは戸惑いながらも言葉を続ける。

「――天堂陸………汝、死が二人を分かつまでこの者を愛しますか?」

「え……ッ!? あ、あの……」

 今更だが言葉に詰まる。

 ちょっと疑問なんだが、何で紫苑はあんなにも照れもせず、臆すことなく誓いの言葉を口にできるのだろう?

 そう思い紫苑の方に視線を移した瞬間、

「…~~~ひッッ!?」

 鼓動が妖しく跳ね上がった。

 俺は息を飲んだ!

 紫苑は凄まじく熱を帯びた瞳で俺を見つめていた!

 下から俺を見上げる双眸は照れよりも、その仕草による萌えよりも恐怖を俺に感じさす。


 まさに鬼嫁!


 まだ嫁でもないのに!

 双眸は声なき声で俺に語りかけた。


『誓わなきゃ殺す!』


 と。

 紫苑の内心で膨れ上がる鬼気は大の大人でも背筋を凍らすほどで、俺も例外ではない。

「は、はい! ち、誓いますッ!」

 俺は軍人が上官に服従の意を示す勢いで誓いの言葉を叫ぶ。

(逃げられへん)

 そう思った。

 そう確信に足りる眼をしていた。

「で、では指輪の交換を」

 神父さんは言った。

 彼の額にも汗が浮かんでいる。

 錆びた機械人形のようにぎくしゃくした動作で俺は指輪交換を終える。一応、バイトで貯めていた全財産をつぎ込んだ自前で用意した結婚指輪だ。

「では、誓いの口付けを」

 神父さんは……言った。

 俺は救いを求めるように母さんを見た。

 母さんは息子の心情を知らずにっこりにっこりにっこりにっこりにっこりにっこりにっこりにっこりにっこりと笑っていた。

 俺は海を見た。海はPSPに夢中だった。くるくる変わる表情が俺の事が眼中にないことを、俺に教えてくれる。

 単身赴任で海外から戻ってきた父さんは疲れているのか居眠りをしていた。


 お、俺は紫苑を……見た……


 紫苑はにっこりとはにかむように笑った。

 それは美しい笑顔だったが、紫苑の考えに反することをすれば、すぐさま険悪の二文字に変貌する威圧感を秘めていた。

(逃げられへん!)

 クマの凶暴な顎に捕まった鮭の気持ちが心底胸に染み渡りながら、俺は諦めた……。

(さようなら平穏な日常……)

 恋しかった。切なかった。

 けれども穏やかな日常に別れを告げて、紫苑に口付けをしようと歩み寄る。

「陸……」

 小さく俺の名前を呟く紫苑に、不意に胸の高鳴りを覚えた。

(何だかんだ言っても、俺は紫苑のことがやっぱり好きなんだな……)

 内心で苦笑する。

 そして俺は紫苑の唇に自分のそれを重ねるため、紫苑へ顔を寄せていく。


「フリーズ!」


 あと僅か数センチで、唇で永遠を誓い合う寸前、

「待て待て、待ちたまえ!」

 教会の扉が開く凄まじい音と、アレックス君の制止の声が教会中に響いた。

 紫苑に告白した夜、アレックス君は妨害することも嫌味を言うわけでもなく、なぜかすぐにジェット機で帰国して行った。

 それが今、どうして?

 いつもの白いスーツに身を包んだアレックス君の右手には、赤いバラの花束が握られている。

 人々の視線を集め、引き連れながら、つかつかとアレックス君は俺たちの目の前までやって来る。

 一波乱の予感を覚悟した。

 なにせアレックス君は紫苑の婚約者だったのだから、俺に文句の一つも言いたくなるものだと思う。

「何のようだアレ公? 貴様との婚約破棄の連絡はしたはずだが?」

 鋭い舌打ちを隠すわけでもなく、半眼でアレックス君を見つめる紫苑の瞳は、雪山のブリザードを思わすほど凍てついている。

「確かにその連絡は受けた。そしてその事に異議を申し立てる気はない」

 素直にアレックス君は婚約破棄の事実を認め、宣言する。

「だがここでボクは新たに宣言する!」

 教会中の人々がアレックス君の言動に注視する中、彼は大きく息を吸い込み……


「リクはボクのモノだ!」


 胸を張って俺に求愛宣言をかました!?


「なーー!?」

「何ッ!?」


 驚く俺と紫苑を余所に、

「それにだ……」

 アレックス君は金髪の髪を気障にかき上げて続けた。嫌み極まりない仕草だが、美形が行えばそれは見事の一言に尽きる。

「ジャパンの法律では男は十八歳にならなければ、結婚はできないはずだ!」

「ぬかったーーーッ!?」

 歯を悔しげに噛みしめる紫苑を、アレックス君は得意気な顔で笑う。

 そして、アレックス君はかつて紫苑を見つめていた時のように愛情溢れる瞳で俺を……見る!?

「さあこの愛の証であるバラを受け取ってくれ、マイスイート!」

 姫に傅く騎士のようにアレックス君は俺にバラの花束を差し出す。その目はマジだ。

「こ、こら! 人の愛の下僕……じゃなかった、人の結婚相手に手を出すな! このエセ外人め! だいたい何だお前の言葉遣いは! 恥を知れ!」

 慌てて紫苑はアレックス君に抗議の言葉を投げつける。

 だが、そんなことで怯むアレックス君ではなかった。

「黙れこのメス豚が! 毒婦が! あばずれが! 言葉遣いでキミに非難される覚えはナッシングだね! 時代錯誤も甚だしいんだよ、この色ボケサムライガールめ!」

 くわっと獲物を狩る猛禽のように鋭い侮蔑の視線と辛辣な言葉でアレックス君は反撃する。

「むう、愛くるしい紫苑ちゃんに何と言う暴言を……!」

 アレックス君はかつて俺を見つめていた時のように憎悪溢れる瞳で紫苑を見る!?

 その180度違う反応に戸惑うものの果敢に応戦する紫苑!

「ふん、しかしおぬし残念ながらは男だ! 男同士では結婚できまい!」

 嘲りたっぷりに紫苑はアレックス君を見下すが、

「ドント ウォーリ! ヘソでティーを沸かすね! ボクはバイセクシャルさ!」

 上着のボタンを外し、ウィンク一つ。

「ヤラないか?」

 アレックス君は手品のようにすらりと俺を優しく抱き締めると、拒否行動を起こす前に、多くの人の前で深いキスを――――する!?

「∑ んんッ!? はむっ、ちゅっ、ふあぁ、あぁっ、うむぅぅぅぅぅーーーん!?」

 な、なんですか。どうして おれと あれっくすくんの くちびるが ふれあっているのですか。ふれあいまくっているのですか?

 なんですかこのぬるっとしたのは――――ま、まさか舌!?

「ん―――――――ッ!?」

 俺の心臓が鼓動を止めた瞬間だった。

「ぎゃあああああ! な、なんてことを……なんてことをするのだ貴様は!? この不潔、汚物、ケダモノ、歩くエロスが!」

「ハハン♪ 男はウルフなのさ! さぁリク今日は寝かさないよ」

 ポンと瓶の蓋を開けるような音をたてて、アレックス君は俺の唇から、自分のそれを離す……支えを失い、前のめりに倒れそうになる俺をアレックス君がすぐさま支える。

(ば、馬鹿な、腰にキテいる!?)

 こ、これがアメリカの本物のキスなのか……!

 正直、凄く気持ちいい……って!!!!!

「うあ……あああ……ああ……!?」

 目の前が暗くなる。

 衝撃と認めたくない快楽のせいで脚にきているのか、糸の切れた操り人形のように地面に座り込みそうになる。いや、もう心は折れている。折れている? そんな生易しいもんじゃない!

(俺の心はボロボロだあああぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁーーッ!)

 男の人と、同姓と、ヤングマンとキスした事実が、俺を谷底よりもなお深き深淵に突き落としていた。

「ふふ、思った通りだ。リク、キミは『才能』があるよ」

「!?」

 そんな才能は全力でいらないッ!

「馬鹿を言うな、この変態が! だいたい寝かさないのは、それはこっちのセリフだ! 私たちはこれからハネムーンに行って、媚薬と精力剤を飲ませて結婚初夜でむふふのふなんだ! 貴様の入り込む余地はない! 貴様、陸を返さんかッ!」

 男性とキスした衝撃が俺を闇に静めているのに、紫苑の過激な発言が俺の生き残った精神を破綻させてくる。

「そんなことをボクが許すと思ったのかい? 我がバグネットコーポレーションの財力でハネムーンなんてクラッシュさ! ウヒャヒャヒャ! しかも一部のマスコミにはボクとリクがラヴラヴと言う情報を流しておいたから、お前に勝ち目はないよ、小娘が! だいたいリクは今のキスで腰砕け、ボクにメロメロさ! グウェへヘヘ!」

 も、もうやめてぇぇぇ!

 これ以上。俺を辱めないでええええ!!!

 とっくに俺のHPはゼロよ!

「おのれぇぇ……もはや許さん! 乙女ザムライの刀の錆びにしてくれる!」

 どこからか紫苑は日本刀を取り出し抜き放つと、身の毛のよだつ鬼気を放出しながら、日本刀を振りかぶり灼熱の殺気を放つ!

「乙女の恋路を邪魔するやつは切り刻んで養豚所の豚のエサにしてくれるぞ! よもや生きて帰れると思うなよ、鬼畜米兵が!」

「ハハン♪ 平成のガンマンと呼ばれたこのボクとファイトしようというのかい? 淫乱メスキャットめ!」

 アレックス君は特注製造した銃身の長さの黒い拳銃をどこからか取り出すと、十三mm爆裂鉄鋼弾を餓狼の瞳で取り出し、拳銃に込める!

「おいおい凄いスクープだぜ! カメラ回せ! 新郎を取り合って、世界に名高い綾先崎家のご令嬢とバグネットコーポレーションの御曹司が決闘(デュエル)するぞ!」

 お願いも、もうやめてぇぇぇ!

 これ以上俺のために争わないでええええ!!!

 どうしてこんな目に遭うんだ!? 俺が一体何をした!? 今年は吉だったのに、嘘つき馬鹿馬鹿!


「くらえ白豚、ラヴ微塵切りーーーッ!!」


ズバババババッバババババババッバ!


「ユーの顔は見飽きたぜ! 必殺『愛の弾丸、秘められしリクへの想い』を、しこたま喰らいな!」


ドゴドガドガガガガッガガッガウーン!


 閃く剣閃。咆哮する鉄の獣が吐き出す硝煙。

 せ、戦場の空気だ……ッ!

 耳に聞こえるのは痛いくらいの独占欲剥き出しの愛情の叫び。

 スクープだと叫ぶ記者の人達。カメラのシャッターの音。

 神に祈りを捧げる神父さんの泣き声。

 マイペースな母さんの呟き。

 野次を飛ばす海。

 この喧騒の最中寝言をたてている父さん。

「もう嫌だ……こんな日常は嫌だ……ッ!」

 俺はただ平穏な日々を過ごしたいだけなのに、どうして……どうしてこうなるんだ?

「あああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 頭を掻き毟ると、追い詰められた獣の瞳で天を仰ぐ。

 激動の日常を止める唯一の意思表示をするため俺の体は自然に動き出す。 

 両手と腰の重心を右方向にぎりぎりまで移動させ、一瞬溜めるる動作をすると、鋭く両手と腰の重心と左方向に両手を加速させ、吼える!


「ぬあぁぁぁんでぇぇぇぇぇやぁぁぁぁぁねぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーんッッッ!!!!!!!!!!」


 腹の底から絶叫するように、力の限りつっこんだ。

 何にだって?

 それはおそらくこの世の不条理と運命にだと思う。








次回、最終回です。

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