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第三十五章 告白








                             《綾崎紫苑》






 飛び出す。

 誰かが制止しようとするが振りほどいてジェット機の扉を開き、補助階段もなしに一気に跳躍、飛び降りる!

 着地した瞬間、足裏に強い痺れ。

 気にならぬ!

 とにかく炎上した現場へと走り出す。

(馬鹿が、馬鹿が、馬鹿者がッ!)

 何をしているんだ!

 あんな危ないことをどうしてするのだ! 理解できんぞ! 四〇〇字詰め原稿用紙で一〇文字以内に説明してみせろ! 書き終えて持ってきたら、その場で引き裂いてやり直しを命じてやる!

「はぁはぁ……ッ!」

 闇の中、抗うように明るく周辺を照らすウォークリフトらしき残骸を目の前に視界が真っ暗になる。

 こんなはずじゃなかった……こんなはずじゃなかった!

「――――ぃやだ……りく……」

 返事がない。

 そんな――――嘘だ。

 こんなのは間違いで、嘘っぱちだ!

「陸ーーーッ! いるのだろう!? 返事をしろ!」

 暗闇の中、燃える残骸を光源に、視線を周囲の闇へと彷徨わせる。

「陸ッ!」

 半狂乱になって陸の名前を呼びながら周囲を探す。

 頭の中の正常を保つ紐が凄い勢いで引っ張られ、捻れキレソウになる。

「嫌……嫌だ、こんな……! 陸ッ! 私の前に姿を見せろ! 私は――――私はここにいるぞッ!!」

 返事はなく。ただ燃える音。

 膝から崩れ落ちそうになる、その瞬間――――

「紫苑……」

――――大馬鹿者の愛しい声が背後から聞こえた。







                             《天堂陸》





「おぬしは馬鹿か!? 阿呆なのか!? このうつけ!」

 なんだか久しぶりに紫苑の顔を見た気がする。

「こんなことをして死んだらどうするつもりだ! このたわけもの!」

 まぁ……かけられる言葉は、ほとんど罵倒なんだけど。

「うん、俺は馬鹿だよ。アホでうつけでたわけで、それと鈍感だった」

 だけど綺麗な顔を泣き顔で濡らしている顔を見たら怒りなんて湧いてこない。

 むしろ、本当にごめんと思う。

「どうしてだ。どうしておぬしは……」

 つっかえ、涙を飲み下し、紫苑は乱暴な仕草で濡れた目を擦る。 

「…………」

「…………」

 沈黙が俺と紫苑を包む。

 長い沈黙が続き、紫苑に声をかけようと俺が口を開いた瞬間、

「……してだ?」

「え?」

 俯き、掠れた紫苑の声を聞き逃してしまい、俺は声を漏らす。

 膨れすぎた風船が割れるように、紫苑は破裂するほど膨らんだ内心の想いを吐露する。

「どうしてだ!? どうしてあの時――――小学校のあの時と同じように陸は私を追いかけてくれるのだ!」

 紫苑は近付き、身体を投げ出すように胸の中に飛び込んでくる。握り締めた拳をドンドンと胸に叩きつけてくる。強すぎるノックだ。

 でもそれも当然かもしれない。

 俺はずっと紫苑の《好き》という気持ちを気がつかない振りをして、部屋のドア同様に、扉を閉めたままだったんだから。

 これくらい強くノックされても仕方ない。

 紫苑の嗚咽は続く。

「金持ちのお嬢様と皆が私を敬遠するなかで、陸は私に声をかけてくれて……一緒に遊んでくれて! 一緒にいてくれたじゃないかッ! 優しく笑ってくれたじゃないか! あんなことをされたら、私はおぬしに惚れてしまうじゃないかッッ!」

 若武者のような男っぽい言葉遣いや、男女の立場が逆だとか、そんな言葉は全く出てこない。

 そこにいたのは……脆く誰よりも純粋で綺麗な想いを崩れてしまわないように、抱きかかえて震えている少女だけだった。

「紫苑……」

 彼女はそんなに前から、会えなかったずっと今まで俺のことを好きでいてくれたんだ。

 ずっと好きでいてくれたんだ。


 不意に幼い頃のことが脳裏に思い浮かぶ。

 近所の公園で、学校で、どこでも紫苑は一人だった。

 本当は寂しいのに、みんなを《愚民》とか呼んで一人でも平気だと強がっていた。

 一人砂場で山を築く紫苑が寂しげで……引き結ばれた口元を笑わせてあげたかった。

 だから人の輪から、離れて一人いる紫苑を追いかけて声をかけた。

 けれど紫苑はちっとも笑わなくて、でも帰る間際、紫苑はこう問うたのだ。

『おぬし、明日はくるのか?』

 彼女独りで作った砂の山。その山の周辺に黙々と穴を掘りながら、こちらを見ずに放たれた無造作な問いかけ。

『私は一人でかまわない。私はつよいからな。だからべつに……こなくてもいい』

 それは一匹の孤高な捨て猫を思わせた。

『紫苑ちゃんがいいならまた来るよ』

『ほ、本当か?』

 疑い深そうな瞳で俺を見る幼い紫苑。

 だから安心させたくて……笑って欲しくて俺は頷いた。

『うん』

『そ、そうか。待っているぞ……』

 その時、ようやく紫苑は笑ったんだ。


 思い出の中とは違い、目の前の紫苑の表情は涙で濡れている。

 キッと柳眉を立てて、紫苑は俺を涙目で見据える。

「私は諦めたくなかったんだ!」

 抱き締めてくる。抱きつく両手の強さは、紫苑の気持ちを代弁していた。

「陸が誰を好きになっても、付き合っても、結婚したって、私は絶対諦めるつもりはなかった!」

 紫苑は俺を見上げる。

 そこで……たとえ涙を流しても泣き声を上げるのを拒絶していた紫苑の顔がくしゃりと歪む。

「だが……陸に嫌がられたら……私――――私は何もできないじゃないか……」

 溢れ出す嗚咽をそれでも紫苑は強く自制すると、縋るような瞳で俺を見つめる。

「私は何だってするぞ! 陸が望めば何だってできるぞ! 辛い事だって、悲しい事だって歯を食いしばってでも耐えてみせる!」

 だからと、震える声で紫苑は俺に言った。

「嫌いにならないでくれ……。陸に嫌われたら私には何も残らない。私は……嫌われるのが怖くて、嫌で……だから帰ろうと――――陸の前からいなくなろうと思っ――――ッ!?」

 最後まで言わせずに俺は紫苑を抱きしめた。

 だって、放っておけるはずがなかった! 涙を流しながら想いを告げる紫苑を放っておけるはずないじゃないか!

 何でこんな簡単で当たり前のことすら、わからなかったんだ。

 馬鹿だ。俺は。ここまで言わせてしまうほど紫苑を追い詰めてから気がつくなんて、本当に馬鹿。救いようのない大馬鹿者だ。

 紫苑と言う存在をもっと貪欲に傍に感じたくて力の限り紫苑を抱き締める。

 その時、俺は紫苑のことを涙が出るくらい本当に好きなことに、改めて気が付いた。

 だからこれ以上、馬鹿にならないために口を開く。

「紫苑……」

 世界中で誰よりも好きな女の子の名を呼びながら、右手で紫苑の頬に優しく触れる。

「り……く……?」

 拙い言葉遣いで俺の名前を紡ぐ紫苑の唇に、そっと自分の唇を静かに重ねる。

 紫苑が息を飲む気配がする。

 だが、意識があったのはここまでだ。

 口付けと言う初めての行為に、俺の頭は痺れたように真っ白になる。

 自分の感覚が唇に集中しているのがわかった。

 思考は明確な形にまとめられず、ただ俺は紫苑が好きだと思った。

「何で……?」

 驚きに何度も瞬きをして尋ねる紫苑に、俺は彼女の瞳から目を逸らさずに言った。

「紫苑に甘えていた。君がずっと俺を好きでいてくれるから、それに胡坐をかいていた」


 かつての傲慢な俺にさようならをする。


「紫苑がいなくなるとわかった瞬間、耐えられなかった。あの日、幼い頃に君と別れたときも本当は寂しかった。声を大にして嫌だと言いたかった」


 臆病な自分とケリをつける。


「紫苑がいなくなって退屈だった。つまらなかった。でもそれを平穏と思うことで、寂しくない振りをしていた」


 嘘つきで強がりな俺を閉め出す。


「君は俺の向日葵だ。ずっと憧れていた。紫苑が好きだ!」


 言った。

 なおかつ、いつも彼女が俺に言ってくれたように、ありったけの愛を叫ぶ。



「紫苑、君を超電磁・愛しているッッ!」


「ズギュゥゥゥゥゥーン!?」



 電撃を受けたように妙な効果音を口にしながら、紫苑の身体が震える。

「ちょ、超電磁……愛しているだと……そ、それは(まこと)か?」

「うん、本当だよ」

 暫く呆然とした表情をしていた紫苑は、突然カッと瞳を見開き、俺の両肩をガシッと掴み、聞き返す。それはクマが獲物を捕食するのを彷彿とさせた。

 つーか――い、痛いょ? ……多分、そこアザができてる。

「ほ、本当なのだな!?」

「ああ」

 でも、紫苑の気持ちも全部と言えないけど分かるから躊躇せずに頷く。

 それだけ優柔不断な態度をとっていた自覚あるから、歯を食い縛って笑顔を浮かべる。

「本当に本当か!?」

「あ、ああ」

 前後に激しく身体を振らされる。

 全身に激痛が走るが、が、我慢だ。男だろ天堂陸ッ。

「絶対か!? 嘘を言ってないか!? 騙してないか!? じつは謀反ですとばかりに本能寺に攻め込む明智光秀的ドッキリじゃないだろうな!?」

「絶対だし、嘘も言ってない。騙すわけないだろ? あと下剋上しないから安心してください」

 俺は紫苑を安心させるように笑いかける。

 照れくさそうに、だけど確実に幸せに俺と紫苑は微笑みあった。

「では――――最終確認するが、それはLikeじゃなくてLoveなんだろうな!?」

「ああ、ラブだ。ウに濁点つけてヴなくらいだよ」

「じゃあ……」

 そして紫苑の口にした言葉に笑みを――――

「私をベッドに引きずり込んで、『今夜は寝かさないぞ』と言いながら、一晩中ニャンニャンしちゃうくらいのラヴなのだな!?」

――――凍りつかせる。

 狂気がそこにあった。いや狂喜?

 どちらにしても荒い鼻息と期待にギラギラ満ちた紫苑の瞳が、俺にイエスの言葉を急き立てる。

「言っておくが、ここでノーなど言ってみよ。すぐさま、紫苑ちゃんは今、流行りの『ヤンデレ』開★眼するからな。すぐさま拉致監禁だ(☆ω☆)b」

 半眼で若干瞳に《ヤン》が入った双眸でひたと見据える紫苑。

「あ、ああ…」

 俺は躊躇……『泣く』、

「もちろんイエスだ。決まっているヨ」

 答えた……。

「ござるーーーーーーーーッ!」

 紫苑はとても嬉しそうだった……。周りを駆け回る。俺も嬉しいよ……うん……。

 奇声を上げながら紫苑はウォークリフトの周りを童女のようにはしゃぎ回る。

「フフフフフ、フハハハハハハハハハ! こォれで陸は私のモノだ! これで陸は私の淫乱肉奴隷だ! これからは今まで我慢して実行できなかったことを残らず思いつく限りやるぞぉ! さすが押して駄目なら引いてみよ! 面白いくらいに食いついてきおったわ!」

(え……?)

「さぁあんなコトやこんなコト♪ あまつさえグフフなコトもやってやるぞ、フフフフフ……! アッハハハハハ! これが桶狭間で今川義元を討ち取ったときの織田信長の気分か! もしくは皇帝を裏切ったブルータスの気分! まさに地獄から天国の階段をジェット噴射で昇竜の如し!」

 炎に照らされる彼女の顔は美しく――――同時にこの世のものとは思えぬほど恐ろしかった。

(………………………………滝汗)

 ワキワキと不気味に蠢動する紫苑の両手の指。

 童女が口にするには一度アブノーマルな旅に出かけて、危険と邪悪と無敵と言う名の三つの薬物(ドラック)を常時注射。そして脳まで薬物が回った状態でなければ、とても考えられない恐ろしい内容を紫苑は口にした。

 あと時代が風雲轟き、ほら貝が鳴り響く戦国時代になっています。

 そこにはさっきまでの純情可憐な紫苑はいなく……代わりにいたのは、危険志向を至高と嗜好し、ノーヘルメットに制限スピードオーバー、デッドヒート寸前で、しかも飲酒運転をし、あまつさえ老人を二体ほど撥ねて早すぎるお迎えを実行した凄惨な光景を彷彿とさせることを可能とさせる紫苑が――――恋に狂ったサムライガールが哄笑をしていた。

 ごめん。

 凄い動揺で上手く言葉が纏まらない。今の気持ちを混乱と焦燥で表現しきれない。

「おっと、忘れる所だった!」

 すると紫苑は突然、少年が美少女に憧れる幻想を打ち砕く言葉を放つのを止めると、周囲の暗闇に向ってピースサインを突き出して、言った。

「ものども、勝ち鬨を上げよ!」

 その瞬間、


『おめでとうございます紫苑お嬢様!』


 見事にシンクロした成人男性達の声が月の綺麗な滑走路に響き渡る。

 体格の良い黒服、黒のサングラスという装いの男たちが一斉に姿を現す。その数二十近く。

「な、何なんだ!?」

 黒服姿の男の人たちの中で、唯一口ひげを蓄えた一人の男の人が胸元からトランシーバーを取り出すと、スイッチをオンにして言った。

「紫苑お嬢様は“恋の策略”を持って無事、陸様に告白を受けました」

『ラジャー。TV局に連絡を入れてくれ。こちらは降下体勢に入る』

 雑音の入った声が口ひげの男の人の言葉に答える。

 嫌な予感がした。いや……嫌なことが起こる確信がした。

 口ひげの男の人は携帯電話を取り出すと、ワンボタンでコール。

「サンライトTV局ですか? 事前に連絡があったように綾崎家の末娘であらせられる綾崎紫苑お嬢様と天堂陸様の婚約宣言を本日発表いたします」

「TV局!? 婚約宣言!?」

 危険を知らせる稲妻が俺の背中に大量に駆け抜ける!

 驚く俺を尻目に数台のヘリコプターの翼の音が、機関銃の勢いで空から聞こえてくる!

 ヘリコプターは目を塞ぐほどのスポットライトを降り注ぐ。

 うわ、眩しッ。や、やめてください。

「な、ななな……?」

「万歳だな、陸!」

 手錠のように腕を組んでくる紫苑。

 てーか、あなた“すでに”ヤン開眼してませんか?

 割れんばかりの拍手と賛辞の言葉を連呼する黒服の男たち。

 てーか、この人たち少し前に噴水公園であった人たち?

「今晩は、サンライトTV局から生中継でお伝えしています! 只今、某国際空港であの有名な巨大複合企業経営者の社長である綾崎秀士さんの孫娘の一人であらせられる綾崎紫苑さん(十六歳)が今、電撃婚約宣言を発表する事となりました! 気になるお相手は天堂陸さんと言う綾崎紫苑さんの幼馴染でして……」

 興奮気味にいつの間にか陣取っているカメラに向って捲くし立てるTV局の女性レポーター。ヘリコプターから舞い落ちるピンク色の花びら。

 そしてヘリから次々に人が降りてくる。

 口ひげの男が呼んだ合唱団。もう指揮者が凄い勢いでタクト振るいまくってる。

 演奏は、序盤からいきなりクライマックスという具合。

 あまりの急展開。用意周到すぎる出来事。紫苑が漏らした食いついてきたという言葉。

 俺は絶望的な笑みを浮かべた。

「一体全体――なんでやねん……」

 夜の静寂を掻き消さんばかりの喧騒の中、俺のつっこみの声を聞いた人が果たしていたかどうか……

 きっと頭上で輝く月だけが知っている。

 だから月の女神よ……無言で嘲笑するのだけはやめてくださぃ……orz

(あぁ……幸せすぎて心が折れそうだよ……)







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