間幕 振り向かない向日葵
《天堂 陸》
バババババババババババババババババババ――――――ッッ!
鼓膜を叩く音はどこか機関銃を思わせた。
その正体は、上空で唸りを上げるヘリコプターのプロペラが産みだす爆音。
夏の夜空に浮かぶ鋼鉄の船は、冷酷な現実を突きつけるように大気を切り裂いて咆声を上げる。
引き裂かれた大気は、乱気流を生み出し、暴風と化して地面に鋭い勢いで叩きつけられる。
まともに立っていられないほどの烈風と爆音が、身体を強かに打ちつける。
それでも、拘束されていなければ立っていられた――はずだ。
「紫ォォォ苑ーーーーーッッッッ!」
喉も枯れよ、と。
ヘリの爆音に負けじとばかりに紫苑の名前を叫ぶ。
だが、紫苑は振り向かない。
振り返ってくれない……ッ。
いつものように、俺が思わず仰け反ってしまうくらいの明るい笑顔を見せてくれない……!
「くそッ! 離してください、お願いだ! 離して!」
どんなに身をよじっても、両脇に立つ二人の黒服が掴む腕を緩めてくれない。
紫苑の家の護衛の黒服は、誰もが屈強な身体つきと体格で、とてもではないが振りほどけそうにない。
二人の黒服から両腕と肩を掴まれた俺にできることは、身をよじらせて「やめてくれ」「離してくれ」と懇願することしかできないのか!
そして、そんな俺の懇願は決して聞き入れられることはない。
「くそッ! 離してくれッッ! 離せ!」
だが、抗う俺をよそに、紫苑は地面に着陸したヘリに向かう足を止めない。止めようとしない。
いくらヘリが爆音を立てていると言っても、俺の叫びが聞こえないわけがない。
聞こえているはずなのに……聞こえているのに、紫苑は振り返らない。
回転するヘリのプロペラが叩きつける突風は、きっと目もまともに開けていられないほど激しいはずなのに……その風の勢いは、翻るスカートや紫苑の髪の乱れ具合から、簡単に察することができる。
それなのに、全くひるむことなくヘリに歩み寄る紫苑の背中からは、嫌が応にも断固たる決意を感じてしまう。
ただ――――紫苑の背中が俺のことを拒絶していた。
声が届かない。
届いても、離れてしまった心の距離が遠すぎて、紫苑には聞こえない。
「~~ッッ!」
どんなに叫んでも、紫苑には届かない。
きっとどこかで、まだ何とかなると……そう――――思っていた。
きっとどこかで、謝れば何とかなると……そう楽観していた。
きっとどこかで、会えば許してくれると…………そう胡坐をかいていた。
紫苑があまりにも臆面なく堂々と、向日葵のような笑顔で、いつも《好き》だと言ってくれるから……
いつの間にか、俺はそれに甘えて、高をくくって……好きでいてくれるからと、紫苑を蔑ろに、天狗になっていた……ッッ。
掌から零れ落ちて…………喪失の寸前でようやく気がついた。
自らの愚かさ、を……。




