第二十五章 Night of Damocles
《天堂 陸》
今、右手の上には、ホームセンターで購入した扉のカギがある。
店員さんお勧めの、強力なカギを扉に取り付た。
相手が恋に狂った武将である紫苑とはいえ、おそらくこの関所を突破できまい。
多分……いやきっと!
布団を頭までかぶり、部屋の明かりを消す。
闇夜が押し寄せてきた部屋の中は心細い。じっとりとした汗を滲ませ、ただただ部屋のドア――――心の障壁――――をじっと凝視していた。
寝付くまでの間、祈りをこめてずっと…………
《綾崎 紫苑》
空音殿にあてがわれた部屋に敷いていた布団からムクリと体を起こす。
今は草木も眠る丑三つ時。
「今宵こそは必ず陸を落とす!」
双眸に凄絶を煌かせると、今宵、必要になるかもしれないモノを手に取り、部屋からそっと出た。
陸の部屋までやって来ると、寝巻きがわりに着用している陸のYシャツ(勝手に拝借したでござる、忍々)の胸ポケットから針金をキュピーンと取り出す。
あたかも必殺仕事人の如く。
紫苑ちゃんは瞳を闇の中で、血に餓えた獣のようにギラつかせる。
精巧にして緻密な動きで鍵穴に針金を突き刺すと、長年の勘とプロ意識を信頼して、ガチャガチャする。
数秒して、ある感情が私を支配した。
「……飽きたでござる」
やはり、こういうチンケな夜這いは紫苑ちゃんらしくない。
ここは大胆不敵、容赦無用、強大無比に夜這いせねば、ご先祖様に申し訳がたたないというものだ。
必要になると思って持ってきたモノはズバリ、腰にさした日本刀だ。
日本刀をスラリと抜き放つと、膨れ上がる乙女パワーを剣気に変え、ぬぅぅぅぅんと刀身に注ぎ込む!
これぞ乙女の障害を薙ぎ払う必殺剣、
「コオオオオォォォォォォォォーーーッ!」
紫苑ちゃん七つの大技の一つ、その名も……
《乙女ザムライ斬鉄剣だ!》
既に七つでているかもしれないが、関係ない。ゴルゴ13風に言えば問題ない。
恋する乙女は日々進化しているのだ。恋するバトルサイボーグとは紫苑ちゃんのことなのだ。
私の放ったピンク色の斬撃は、扉を真っ二つに切り落とす。
「俺の心の障壁が真っ二つ!?」
鋭い尾をひく悲鳴を上げて、陸がバタバタと四肢を痙攣させて後退る音が聞こえる。
だが、そんなの関係ない。
どこかの裸の芸人の如く、そんなの関係ない!
時は深夜――――ラヴ嵐が轟く夜這い時、今、押し倒さずして、いつ押し倒す!
紫苑ちゃんは先手! 先手、先手の鬼!
押して押して押し倒して、押し倒し続けることこそ、我が生き様!
「いざあああああぁぁぁぁぁぁーーーーッ!」
気分は戦国時代。
日本刀を床に置くと勝ち鬨を上げて、モモンガの如く両手を広げて陸に襲いかかる。
「や、やめてくれッ! パジャマを引き千切らんばかりの勢いで引っ張らないでぇッ!」
バリッ。
紫苑ちゃんの気合と情熱、そしてねちっこい欲望がブレンドしたラヴは、陸のパジャマを縦横無尽、四面楚歌、絶体絶命の強引恋愛最高と言う塩梅に引き千切る、乱れ千切る、砕き千切る!
ぬふふ……ラヴでござる♪
粉砕、玉砕、大喝采!
どこぞの玩具会社の若社長のように雄叫びを上げ、双眸に星を宿す。→(☆ω☆)
「い――ゃあああああああぁぁぁッ!?」
体の上半身を覆う邪魔なパジャマを破かれて、陸は私の快楽中枢が刺激されるような色っぽい悲鳴を上げる。
全く……私をこんなに昂らせるなんて、なんて罪なやつだ。許し難い。お仕置きの時間だ。
愛の極刑に値するなこれは♪
が、しかし!
パジャマが破れたせいで、当然の如く、陸の上半身が露になる!
海へ行ったせいで程好く日焼けした褐色を帯びた肌。
均等のとれた体格には、綺麗に筋肉がついている。
もし私が吸血鬼ならば噛み付きたくなるような首筋。キスマークの欲求に駆られそうな繊細な鎖骨の輪郭。胸からあばらの流麗なフォルム、引き締まった腹筋に細い腰元。可愛い《おへそ》と来たら、もう堪らないッッッ!
「陸ぅううう~~~ッッ!」
むぅううううん! キタキタ! 紫苑ちゃん覚醒の波動で覇道、破道でござる!
「私は――――乙女をやめるぞぉぉぉぉッッッ!」
鼻血ものの破壊力を秘めていた恐るべきカリスマボディを前にして私の理性が音速で飛ぶ。
大気圏突入だ!
だが、あまりの興奮を前にして鼻に熱い衝動。
「むう、鼻血が……」
鼻に流れる赤い液体の存在を感じて、慌てて顔を上に向け……
「助けて、神様ッ!」
「ぬ、迂闊ッ!?」
鼻血に気をとられ、陸を拘束していた手を緩めた一瞬の隙をつき、陸は脱兎の如く逃げ出し、素早く押入れの中に閉じ籠もる!
「おのれ……!」
夜叉の表情で毒づく。
なんという失態、何という迂闊!
インフルエンザ蔓延で臨時休校中、自宅待機せずに遊び歩く中高生くらい迂闊だ!
素早く両方の鼻孔にティッシュを突っ込むと、陸が閉じ籠もった押入れにライジングサンの勢いで駆け寄る。
その勢いのまま閉ざされた襖へと疾走。
足裏の床を鋭く蹴り付け、起立の姿勢で斜め四十五℃の角度で跳躍――――
「ねりゃあああああぁぁぁぁぁッ!」
――押入れの襖へと頭から突っ込む。
これぞ、紫苑ちゃん七つというか、もう七つ超えているいるが、とにかく!
紫苑ちゃん七つの大技の一つ、その名も……
《乙女ザムライ人間テポドン》だ!
どうしようもない貧民国にも関わらず大国と強気な交渉で食糧援助だ!
つまりこの世は先にキレた方が勝ち、ゴネ得ゴネ得と班長も言っている!
破裂音と共に襖の生地が破れ、私の頭は襖を突き破って押し入れへと、頭のみの侵入を果たす。
暗闇の中で陸と瞳が合う。
「ぎゃおォォォォォんーーーーーーッッ!」
「ギャアアアアアアアアァァァァァァァアァッァァァアァァァァァァーーーッ!?」
私は咆哮した。陸はとろけそうな悲鳴を上げる。
その勢いで鼻の穴に突っ込んでいたティッシュが抜ける。
ギロリと押入れの隅で震える陸へと双眸を向ける。
「ぎひぃいいいいいいいッッ!?」
闇夜に車のヘッドライトの勢いで輝く私の眼光を見るや否や、陸は楳図かずおさんの出てくる登場人物風に顔を歪ませて絶叫した。
言うならばムンクの叫び。
すぐさま脅えた子羊に襲いかかろうと、身体を、身体を……む、むう?
「う、動かない……!」
戦慄に身を震わせる。
(おいおいマジかよ、ジーマー?)←動揺のあまりチャラ男風
頭は押し入れに侵入を果たしたものの、首から後ろは未だに押し入れの外だ。
ぬう、巧みに押入れに誘い、私の身動きを封じるとは……!
なんと狡猾な!
ギリギリと奥歯を噛み締める。押入れの中に、私の歯軋りの音が鳴り響く。
「ひぃいいッッ!」
眼前の私が、身動きがとれないと悟った陸が、這うようにして押し入れを飛び出す。
「ま、待てーーー! 待たぬか! 私をこのままにしておくつもりか! これでは痴漢がやってきたら、魅惑の紫苑ちゃんの安産型でたわわな桃尻を触り放題ではないか! おぬし、それでも《もののふ》かぁーッッ!?」
「そ、そうだよな。このままにしとくとまずいよな!」
部屋から逃げ出そうとしていた陸が踵を返す気配が伝わってきて、デスノのライトばりの笑顔で笑う。
(クックククク、馬鹿め! 自由を取り戻し次第、すぐさま組敷いて一晩中、にゃんにゃん言わしてくれるわッ! 今夜は眠れると思うなよ、陸ッ!)
陸の馬鹿さ加減を愛しく思いながらも、憎さ百倍。
愛の拒絶の仕返しは、常軌を逸すると思うがいい!
そう――――今宵の紫苑ちゃんは荒武者と知るがいいわ!
普段は清楚で可憐、でも寝床の上では性欲絶倫が紫苑ちゃんの本性よ!
滾るアドレナリンに心をトキめかせていると……ふと違和感。
「む……なにやら私の身体に布団が何重にも巻かれているような気がするんだが……」
あいにくと頭は押し入れの中なので、外の部屋というか陸の様子は伺い知ることは叶わない。
「ああ、勿論さ!」
にもかからず、どこぞのドナルドのように親指をビシっと立てていい笑顔を浮かべた陸が見えたような気がした。
「……どういうつもりでござる?」
「決まっているじゃないか! 紫苑の身体を布団巻きの簀巻き状態にして、紐で縛るんだよ! じゃないと逃げ出した後に追いかけてきそうだからな。万全を期して紫苑を捕縛しとかないと……」
「な……ッ!?」
やはり頭を襖に突っ込んだまま、暗い押入れの中で戦慄する。
敵軍へと突っ込んだ瞬間、背後から奇襲されたときの武将の気持ちがわかった気がする。
し、しかし、まさか。
そ、そう来たか……これは認識を改めなくてはいけないようだ。
坊や坊やと思っていたが、なかなかどうして……!
ゴクリと喉を鳴らし、震える声で陸へと賞賛を投げかける。
「陸、まさか縛る性的趣向があったなんて……なかなかの鬼畜ぶりに紫苑ちゃんドキドキだぞ?」
両頬を染めて、イヤンイヤンと首を振る。
「な、な、ななな、なんでやねん!?」
「ふふ、隠さなくても良いぞ。これでも紫苑ちゃんはそういったアブノーマルな嗜好にも対応できるぞ。まぁ、私が陸を縛るという当初の予想とは違ったが、なかなかどうして……こういうのも悪くはない。そうだ、私の部屋に手錠や首輪、蝋燭に三角木馬があるぞ?」
「ば、ばばば、馬鹿たれーーーッッッ! そんなの使うかッッ!」
パシン!
「はふん!?」
布団越しに尻へと衝撃を感じて頭が持ち上がる。
「す、スパンキングとは、一体いつの間にそんな高度な性技を……?」
「な、なんでやねん! このいい加減にぃぃぃ――ッ」
陸の手が天上高く振り上げられる気配、振り下ろされる陸の手のひらを想像し、振り下ろされるまでの時間――――その永遠にも刹那にも似たこの胸に去来する感情は……
「――――しろおぉぉぉッッ!」
そして、陸の手のひらが私の尻へと振り下ろされた。
《天堂 陸》
もう信じられない!
部屋のドアを真っ二つにして強引な夜這いもそうだけど、ここ最近……そうナイトパーティーが終わった後の紫苑の勢いは、はっきり言って異常だ。
いや、前もかなり凄かったけど、今は前を遥かに増して異常だ。
そもそも夜這いというか、なんか夜襲の間違いじゃないだろうか?
だいたいこれが初めての襲来ではない。連日連夜毎夜この調子だ。昼も夜も関係なく跳びかかってくる紫苑に真剣に命の危機を感じる。
というか、さすがにこれはやりすぎやろッッ!
あげくにすぐに脱出できないように布団で簀巻きにすれば、
『ふふ、隠さなくても良いぞ。これでも紫苑ちゃんはそういったアブノーマルな嗜好にも対応できるぞ。まぁ、私が陸を縛るという当初の予想とは違ったが、なかなかどうして……こういうのも悪くはない。そうだ、私の部屋に手錠や首輪、蝋燭に三角木馬があるぞ?』
怒りの余り、俺がドメスティックバイオレンスに走っても仕方ないだろう!?
思わず勢いで紫苑のお尻を叩けば、
『す、スパンキングとは、一体いつの間にそんな高度な性技を……?』
俺の 中で 何かが――――キレた。
それも数本まとめてブチブチと、結構太いはずの俺の神経は、ここ最近の紫苑の言動と行動のせいでズタズタにされていたらしい。
そう……これはアレックス君の頬を殴ったときと同じ感覚。
駆け巡る灼熱。
やりきれない現状。
(あぁ――まずい……)
どこかで冷静な俺が言った。
「な、なんでやねん! このいい加減にぃぃぃ――ッ」
言ったけど、止まらない。
どうにも止められない。
止められるわけがない。
そして止める気もない。
悩ましく、期待している風に、お尻をくねくねと動かす紫苑のお尻を見ていたら……布団簀巻きでミノ虫ダンス踊られちゃあ――――もう我慢できない!
俺の背後でコーンフレークのゴリラの霊が咆哮&ドラミングした。
「――――しろおぉぉぉッッ!」
そして、俺の手のひらが紫苑のお尻へと振り下ろされると同時に――――
「ちょっと陸、うるさいよ?」
「まぁまぁ陸ちゃん、夜は静かにしないと」
―――部屋へと海と母さんが入ってきた。
そして、絶妙に一拍遅れて、
「はうぅぅーーーーーん♪」
紫苑の快感と快楽の吐息が響く。
まるで狙っているんじゃないかと思うくらい、絶妙な……これ以上ないというくらいの。
部屋が凍りつく。
いや、凍りついているのは俺だ。俺だけだ。
紫苑は布団で簀巻きに丸められているにもかかわらずクネクネしているし、海と母さんは『ああ、なぁあんだ、なるほどね』というニヤニヤ顔。
クネクネ動く紫苑。
あろうことにか。
「り、陸ぅ……もう少し強くても大丈夫だぞ? それに布団越しじゃなくて直接でも……」
ダモクレスの剣。
そんな喩えが頭を走り抜けた。
古代ギリシャ神話のとある王が、その繁栄を称えすぎたダモクレスを天井から剣を吊るした王座に座らせたことから、繁栄の中にも常に危険が存在しているという意味にたとえられる。
この紫苑のお尻は……いや、紫苑そのものが、俺にとってダモクレスの剣なのだ、と。
俺はそう思い。
「いや~~今夜は大収穫だ! 紫苑ちゃん、軽くマゾ開☆眼だぞ!」
今夜、紫苑はマゾを開眼し、
「陸……さすがにSMプレイはどうかと思うぞ(ニヤニヤ)」
海には性癖を誤解され、
「まぁまぁ陸ちゃん、激しいのね。初孫楽しみだわ~名前考えとかなきゃね♪」
母さんには初孫の名前を考えさせるという破目になった……
「一体全体……なんでやねん……」
未だにクネクネ揺れる紫苑の尻を頭上に、がっくりと項垂れて膝をつく。
屈辱に四つん這いになった俺は部屋の床を涙で濡らすしかなかったわけで……orz