第二十三章 ナイトパーティー 後編 その2 アレックス乾坤一擲
《アレックス・バグネット》
(こんなバカなッッ!)
両眼に映るのは愚民リク・テンドウ。そしてその隣にいるシオン!
二人のダンス姿を見て、歯軋りをする。
あんなとろけるような笑顔を浮かべ、涙ぐみながら頬を赤く上気させるシオン。
そんな世紀のプリティガールの隣にいるべき相手は、ボクのはずなのにぃッ!
なんという失策だろうか!
そう……さながらアールグレイの香りが嫌いなレディにアールグレイのお茶会に誘ってしまったかのような地雷原でずっこけるごとき失策。
髪形を変えても切ってもないのに「髪切った?」とか聞いてしまったようなダメさ加減。
クールだ。
クールになれ、ゴージャス・エクセレント・ハンサムなアレックス・バグネット。
今のボクは執事のエドワードと手を取り合い、悔しさにハンカチを噛み千切らんばかりにリクを睨み付けながら踊っているのが現状。
何この現状! どうしてこうなった!?
お互いを見つめ合う奴隷と美姫の二人。
その唇は、いまにもくっつきそうだ!? あ、あああぁぁーーーッ! 危ない危ないよ! 触れそう! ちょっと気をつけて!
そのトキ☆メキ映像が、さながら地球に衝突する巨大隕石――――アルマゲドン!
(ち、ちくしょぉおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉーーーッッッ!)
覚醒したバトル民族のように雄叫びを上げる。
あの衝突を止めなければならない!
でなければ惑星が綺麗な花火になってしまう!
高貴な血が誇りとともに燃え上がる。
「エドワード!」
「はい、坊ちゃま」
手を取り合い、華麗なターンを決めるボクとエドワード。
「これより目標を《木馬》と呼称! 我々の暗号名は《ガウ》! 作戦名」
「かしこまりました」
ボクとエドワードは回転しながら、シオンたちへとそろりそろりと忍び寄る。そうさながらキャットのように。
それは荒波にさらわれた犠牲者に襲いかかるジョーズの如しだ。
見つめ合うリクとシオンの唇は、さっきよりも近くなっている気がするッ!
奥歯をギリギリと噛み締める。
念じるだけで人が殺せるならばッ!
リクはこの瞬間にも心停止しているだろう。それほど凄まじい眼光をリクの横顔に注ぐ。
(やらせはせん! やられはせんぞぉぉぉぉッ! 貴様ごときにやらせはせん! このボクの栄光、このボクのプライド! 全てに賭けて貴様の思い通りになどさせるものか!)
だが、ああーーーーーッ!?
い、今にも、ヤバい! あの麗しのセクシャルな唇が、あの愚民に思うがさま貪られようと……ッ!?
背筋に走る戦慄。
もう迷う暇も体裁を気にする余裕はない! エドワードの名を呼ぶ。
「はい、坊ちゃま」
「こうなったら《ガウ》を《木馬》にぶつけてやるッ!」
「しかし、そうなれば我々もただではすみません。坊ちゃまの――――社交界の貴公子と謳われた坊ちゃまの経歴に傷がつくことに……」
「経歴を気にしている場合ではないッ! かのバトル民族の王子も言っていた。たとえ名誉を失ったとしても、誇りだけは思い通りにはならんぞッ! とかみたいな」
ゴージャスな金髪を振り乱し、エドワードのグレイの瞳を説得する。
「……かしこまりました」
「よしきた! あらほいさっさーッッ!」
素早くスピン。爪先のエネルギーを前方向に変換。
我が王道を遮る観衆どもを弾き飛ばし、ボクとエドワードは疾る!
すさまじい勢いで外道愚民リクへと接近!
――――思い通り!
この速度でぶちあたれば、あのキスを邪魔できる。
策略家が「勝利」を確信した瞬間のように瞳を爛々と輝かし、悪魔的角度でボクの口端が吊り上がる。
リク! キミはチェスや将棋でいうチェックメイトにはまったんだよ!
――――思い通り!!
いや、それどころか。
リクを弾き飛ばし、ヤツがいた場所にボクが居座り、ボクがシオンと踊る!
キミに敗北という名のガムをたっぷり噛ませてあげるよ!
延長10回裏、二死満塁でサヨナラホームランを受けたピッチャーの気分を味あわせてやるよ!
イチロウーに打たれた韓国のピッチャーの気持ちだ!
――――思い通りッ!!!
エドワードがボクの右腕をがっしりと掴む。
そしてジャイアントスイングの要領でボクをグルグルと強回転!
瞳を勝ちの確信に輝かせ、床を踏み締め、肩と尖らせた左肘をリクの横腹に当てるべく、回転の勢いをコントロール!
「はっ、なっ、せッッ!」
ボクの合図にエドワードの腕が離れる。
そ・し・て。
ボクを空を引き裂き、解き放たれた矢となり、わかりやすく言うならば旧ザクのタックルのポーズでリクめがけて走る!
「きぃ――――エエエェェェェェェェェェェェェェッ!」
――――リクッ、ボクの勝ちだ!
怪鳥の如く雄叫びと共に突進、邁進、爆進!
今、ボクは壬生の浪である狼新撰組――――三番隊組長の斎藤一の牙突を超えた。
刹那、リクがボクを見た。
ボクの凶行に気がつく、リク。
だが、遅いッ!
トンマ、ノロイとしかいいようがないよ!
(ウヒャヒャヒャヒャ!)
わずかに上体を逸らすリク。
シオンから手を離し、僅かに腰を落とした構え。
ハッハハァ~ン♪ 甘い、甘いよ、まるでガムシロップのように甘い!
「それで避けたつもりか、|BATTUTOooSAaaaEぃぃぃッ!」
今のボクは闘牛、猛牛、狂牛!
むしろクレイジーダンプ。
そんなことで、ボクの狂気の突進が受け止めれるものか!
夫に浮気され、包丁逆手に突っ込む妻の気分。
最高の気分だ……最高に「ハイ」ってやつだ。
待ち望んだボクの最高の瞬間が、すぐそこまできている。
「くたばれッッ!」
刹那、リクの両腕が魔法のように動いた。
次の瞬間、ボクは天井を見ていた。
そして、背中が床に激突、激しい呼吸困難に襲われる。
「グハゲホ!? ば…………バカな!? な、なぜ、なんだこれは!?」
仰向けに倒れこんだボクの瞳が……リクを――――捉える。
ボクを見下ろしているリクをッ!
奥歯を噛み締める。
ごろりと寝返りをうつように転がり、うつ伏せの姿勢へと体勢を入れ替える。
「ご、ごめんアレックス君。とっさに投げちゃった。実は俺、合気道の段持っているんだ……」
(ふ、ふふふふ、ふざけるなーーーッッッ!!!!)
内心で絶叫する。
こんなことが許されていいのか!
こんなことが許されていいのかッ!?
なにそのとってつけたような主人公補正! ざけんなよ! 何それチート!?
こ、こんな展開認められるか!
けれどボクの精神力とは裏腹に、肉体に受けた衝撃に、意識が……視界が、□□明滅□□暗い……■■■■■■■■■■■■




