第二十章 ナイトパーティー 中編 その3 《決闘始まる》
《綾崎 紫苑》
陸のいるところに、ああいう形で傍に行ったのは不味かったと思っている。
だがそれ以上に、いつの間にか私の横から離れて、悲しい顔をしながらもどこか諦めの表情を浮かべていた陸を見てしまえば、躊躇する必要はなかった。
あんな顔をする陸を放っておくなど、乙女の風上にも置けぬ。
陸を離さないように、自分の手でしっかりと繋ぎとめる。
どんなことであれ、この手を離すつもりは全くない。
陸のような魅力的な人間は、誰かに取られないようにしっかりと捕まえておかないといけない!
陸を奪おうとする女子は手当たり次第に吠えて、噛み突いて追い払うことこそ、我が最優先の義務!
いわばこれは――――聖戦なのだッ!
「あの……し、紫苑……」
陸は私のモノだ!
爪の先から足の指、髪の毛一本にいたるまで私のモノだ!
今のテンションならばジャイアンですら《デコ★ピン》一撃で――――殺せるッ!
ずぇーったい、誰のも渡さない!
奪われるならば、ヤンデレモード全開だ!
しかも紫苑ちゃんはただのヤンではないぞ。何せハサミやナイフなどチンケなものではなく、日本刀を持ってヤン全開フルスロットだ!
お前を殺して、私、切腹だ! 乙女の病んだ生き様をしかとその目に焼き付けろ!
そうこの病んだ想いで――――月にすら飛んで見せよう!
(月に飛ぶ ヤン全開の 乙女心……字余り)
まぁ、ともかくだ。
なんとしてもこの夏の間に既成事実を作って、むふふでラヴラヴ甘美な一時をゲットしなければな!
「し、紫苑っ……手、痛いんだが!」
「む……すまん」
どうも内的世界で野望を燃え上がらせていた私は、陸の手を必要以上に握り締めていたらしい。
「だがしかし……こうやってしっかりと握っていれば、陸は離れていかないだろう?」
「まあ……確かに……」
陸は微笑する。
穏やかで暖かいムードが私たちを包む。
こ、これはいい雰囲気なのではないか? むしろ勝機?
い、今ならちゅ……ちゅ、ちゅちゅ、チューくらいしてもいいのではないだろうか!? いやいいはずだ! いいに決まっている、いいに違いないッッ!
頭の中で何人ものコロスケが恥らいながらくるくる回る。
むしろそういう雰囲気なのでは!?
ラヴ☆チャンスの到来に、鼻息を荒くする。
餓えた狼の目つきで隣の陸をギラギラ★ギンギン、むんむんと見る。
正確には形の良いその口唇を……きたーーーーッ! (☆ω☆)=3 ムッフ~!
これは口付けるしかない!
ゴクリ、と喉を鳴らす。
ラヴ・シミュレーション開始ッッ!
陸の左手を掴んでいる右手を引き寄せ、陸の身体の重心を崩す。
そしてすかさず左手で陸の胸倉を掴み、後ろへとさらに重心をかけて、完全に陸の体勢を崩す。
すぐさま腰の後ろのベルトを右手でむんずと掴み、左足を雄雄しく踏み出し、振りかぶった右足で陸の右足を刈る!
これぞ紫苑ちゃん七つの大技の一つ《乙女流ラヴ☆大外刈り》!
愛しい者の唇を得るためには、時に投げ技でなければならぬのだ!
双眸に流星の輝きを宿し、我が小宇宙の闘気は最早留まるところを知らぬ。
(いざあああああぁぁぁぁぁ――――ッ!)
私は乙女。
ここはパーティー会場。
だが、心は柔道家!
脳裏に描く、完璧無敵のラヴ・シミュレーションを、今まさに開始されようとした瞬間!
「ハッハ~~ァァン♪ やあ、シオン!」
私の偉大かつ壮大かつ雄大な計画ををぶち壊す男が絶妙のタイミングでやって来た。
アレ公だ……ッ!(怒)
「……失せろ、変態。ペッ!」
語気荒く唾を吐き捨てて、一蹴。
微笑みながら挨拶してくるアレ公に、こちらも顔だけは微笑みながら罵倒を返す。
「し、紫苑!?」
アレ公に影も踏ませない対応に引き攣った声を漏らす陸。
何でだ?? 紫苑ちゃん、さっぱりわからないぞ?
むしろここは陸、喜ぶところだぞ?
他の男にはツンツンとりつく島もないのに、陸にだけはいつでも心の扉を開け放ちまくりなのだぞ?
私なら、もう堪らない。絶頂すら覚える。
土佐弁でいうならば「たまらんばい!」というやつだ。
だが、遠回しな物言いでは腐っている変態脳にはわからないのか、アレ公はきざったらしく髪をかき上げる。
その自慢の金髪、わっしわっしとむしってやろうか?
「シャイだね、シオンは」
「おぬしは、勘違いの馬鹿だな」
ニコニコと私とアレ公は《一方通行》で《絶対零度》な会話を交わす。
そこでアレ公は、陸に剣呑な光を含んだ視線を向ける。
まったく、何てムカつくヤツなんだ!
乙女ザムライの刀の錆びにしてやろうか。
「やあ、ダサダサ超イケてないリク君。セクシーなハイレグ水着で、天から花畑に降り立ったボクのシオンの隣にいるなんておごましいんだよ、このイエロージャップが!」
「あ、その……」
顔を伏せる陸に代わって、私はアレ公を睨みつけてやる。
「仕方ない、僭越ながらこの紫苑ちゃんが、陸の言い分を言ってやる」
「え!? な、何を言ってるんだ?」
戸惑いながら私の方を見てくる陸に、大丈夫だと一つ力強く頷いてやる。
おまけに色気を満点に含んだ流し目でのウィンクも一つ送っておく。
こういうさりげない地味なセックスアピールの積み重ねがフラグ成立の第一歩なのだ。選択肢で◎を選んでとても良い印象を与えたぞをゲットなのだ!
いつか伝説の木の下で、君となのだ。
「心配するな、陸。シンクロ率一二〇%。以心伝心しまくりだ。暴走して国家が一つ傾くくらいだ」
「そ、それ駄目なんじゃあ?」
「大丈夫だ! 何も問題はない! 正義ならぬ乙女は勝つのだ!」
不安そうな表情を見せるものの、力づくで陸を納得させる。
そう――――乙女は腕力なのだ。
「いいか、アレ公?」
「ふむん?」
陸の言い分をキザったらしく噛んで含めるようにアレ公に言ってやる。
「つまり陸はだなぁ……あ~ゴホン。
『うっせーんだよ、このチキン野郎! 俺と紫苑は体も性格の相性もバッチリのラヴラヴの鴛鴦夫婦なんだよ! テメェみたいな白豚の出る幕じゃないんだよ、このボケが!』
……って言ってるんだ。わかったでござるか?」
「ぐはああああああああああッ!?」
「ィィイィィィィエォォォォォォローモンキィィィィィー!?」
絶叫と怒号が、この場をヒートアップするように巻き上がる。
「よっくも、このリッチプリンス《カレーの王子様》にも勝るとも劣らない、この高貴で気高く華麗で美しくデンジャラスなこのボクにそんなポイズンを吐くとはッ! いくら……言いたいことが言えない世の中だとはいえ、許さないぞ、この下級貧民が!」
憤怒の表情で口から泡を飛ばしながら、アレ公は陸を嚇怒の眼差しで刺し貫く。
ただならぬ私たちの会話に、いつしか周りの人々が好奇の視線を湛えて私たちを見つめていた。
その好奇の視線に陸は混乱してしまったようだ。
「ば、ばばばば、バカーーッ! むしろ、アホォーーッ! 紫苑のアホ! 信じた俺もアホだけど、何がシンクロ率一二〇%だよ!? 以心伝心してないじゃないか!? こ、ここ、この淫乱ッ! ユニゾン失敗だよ! 第三新東京市壊滅だよ!」
「む……てい」
突っ込みを放つ陸の手を、巧みにアレ公の方に弾いて受け流す。
というか、気のせいか? なんか陸の本音が聞こえたかのような気がしたが??
ばしっ。
陸の突っ込んだ手は見事にアレ公の額にビシッと命中した。
「あ……!?」
空気も凍るような声を零して陸は絶句。
突っ込んだポーズのまま彫像のように動きを止める陸。
「フ、フフ……やってくれるじゃないか――――」
まるで尻尾を気円斬かなにかで切り落とされた三回変身できる異星人の笑みを浮かべるアレ公。
アレ公は胸元からバラを取り出して口に咥えると、自分の手から白いシルクの手袋を外し、陸の胸元に向かって投げつけた。
「決闘だ! この愚鈍ボーイめ!」
「そ、そんな!? お、俺は……!」
慌ててアレ公に謝ろうとする陸の後ろに素早く回り込むと、陸の代わりに答えてやる。
「『おぉよ! 望むところだこの変態外人め! 国に帰りやがれ! 紫苑はこの陸様の小猫ちゃんなんだよ! この猫を触って可愛ぐって、色々な十八禁的な意味でニャンニャンしていいのは、この俺様だけよ! 身の程を知りやがれ、この豚ッ! 豚豚ッ白豚野郎めッ! ケツにファックするぞ! ファッキンガイ!』」
ホール全体に響き渡る私の自慢の作り声。
陸を知る者が聞いたら、あまりに陸そっくりの声に驚愕を感じえないだろう。
今日は大奮発だ!
これぞ、敵を撃沈する紫苑ちゃん七つの大技の一つ《乙女ザムライ七色声変化》だ!
「こ、この下賎で、下等で、愚劣で、糞ッたりゃ~の分際で! このボクによくもそんな口を……!」
「ち、違う! 今のは俺じゃない!」
アレ公の怒りの形相に、陸は慌てて首を横に振って無実を必死にアピールするが、今更無駄でござる♪
電車内で痴漢と叫ばれ、指さされた瞬間、男は絶対絶望なのだ。家庭崩壊、職場復帰ならずだ。
「勝負だ、リク テンドウ! パーティーらしく、ダンスでな!」
アレ公の声がパーティー会場に響いた。
それは――――デュエルの幕開けの合図だった。