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プロローグ

          天堂 陸(てんどうりく)



 夢を見ているのが不思議とわかった。

 微妙に思い通りにならない体や意思。そして、ふわふわと捕らえどころのない曖昧な感覚からわかる。



 今回の夢は忘れもしない……小学校六年生の頃のある別れの記憶。



 それは晴れた昼下がりの午後だった。

 近所で有名なほど大きい家……というより屋敷に住んでいる幼馴染みの少女が、両親の仕事の都合でアメリカに引越しする事になった。

 家の周りには少女の両親が呼んだ引越しの業者の人達が、忙しく荷物をトラックに運び入れている。


 そして――――視線の先には恐ろしく整った容貌をした少女がいた。


 流れるように艶を帯びた天然の茶髪は背中まであり、一度視線が合えば吸い込まれそうな黒瞳が印象的だ。鼻筋のラインは綺麗の一言に尽きるし、形の良い唇は視線を逸らせないくらい可憐さに満ちている。

 まだ幼さを残すものの、もう数年もすれば、きっと誰もが褒め称える美人になることは間違いないと思う。

 その少女の名前を綾崎紫苑(あやさきしおん)という。

「もう会えなくなるのだな……」

 けれども、その綺麗な唇から発せられた言葉遣いは、容貌の可憐さとは正反対にとても渋い若武者のような凛々しい口調だった。

 そして、紫苑は激情を叫びと共に、俺にぶつけてきた。


「ぐおおおおおおおおおおおおおっ、おのれええええええぇぇぇっ!」


 長い茶髪を振り乱し獣のような咆哮を上げ、鬼の形相を見せる紫苑に、業者の人たちが作業の手を止めて、何事かと目を見張っている。

 夢に出てきそうなくらい鬼気迫る表情で、幼馴染はお気に入りのウサギのぬいぐるみの首を引き千切らんばかりの勢いで振り回し、地団太を踏む。

 止めないと……そう思うけど、恐怖で声をかけれないでいた。

 触らぬ神になんとやら……それにしても夢に出てきそうな光景だ。いや今まさに夢に出てるのか……

 この時、俺の瞳に焼き付いた凄惨な光景は、実際三日間夢に出てきて、うなされるはめになった。

 計らずとも、紫苑との強烈な思いトラウマとなった。

「お、落ち着けよ紫苑っ、頼むから……! や、やめてあげて! そんなにウサギを振り回すと首がもげちゃう!?」

 俺の何度目かの必死な呼びかけに、ようやく紫苑はこちらを振り向く。

 そして、もう一度おのれええええっぇぇぇぇと尾を引くような絶叫を上げて、紫苑は続ける。


「このまま幼馴染みの地位をガッチリとキープしながら、陸に言い寄るメスブタどもを排除し、中二くらいに無理矢理押し倒して、ラブラブの恋人同士になろうという私の計画がああぁぁぁぁっ! しかも、アメリカ!? そんなの意思の疎通とかはかれないじゃないかぁぁぁぁっ! しいていうなら作文書こうと思って本の題名書いて、自分の名前書いて、さあ、書くぞ、と思ったら何にも書かないうちに、物理的法則を無視して、一行目の二マス目にいきなり句点うたれて、終わりって感じじゃないかッッッ!」


 紫苑の全声量をもってして告げた恐るべし愛の告白に嬉しいと感じつつも、どこか素直に喜べない自分がいることに気が付く。

 というか無理矢理押し倒して、なぜラヴラヴになるんだ!?

「な、何言ってるのか俺よくわからないよ!? それに、ちょっと声のトーンを落として冷静にだな……」

「なんで、陸はそんなに落着いているでござるか!?」

 尋ね返す紫苑の声は、雲を裂く稲妻よりも鋭い。切れ味抜群だ。こんなんで髭剃りをしたら、きっと両頬は血塗れになるだろう。

 紫苑の心は不可解の三文字に縛られているのか、先程よりも酷く暴れだす。

 ウサギのぬいぐるみの耳に歯をたてながら、壁にウサギのぬいぐるみを押し付け、そのボディに連続で拳を打ち込み、捻り込み、鋭くえぐるようにダメージを与える様子は目を反らしたくなるほど「む、むごい」と戦慄と共に絶句するしかない。

 ウサギのぬいぐるみに命があるなら、悲鳴を上げていることは間違いがなかった。

 そして――――突然、紫苑はウサギのぬいぐるみをいたぶる手を止めると能面のように無表情な顔つきでひっそりと呟く。

「縛り付けて、無理矢理車のトランクに入れて、アメリカに連れて行こうかな……空港に着いたら、そうだな……あのボストンバックの大きさなら入ることができるだろう」

 誰をとは聞かない。わかりきっているからだ!

「お、おおお、おおお落着けよ紫苑ッッ! 一生会えない訳じゃないだろ? な? な!? なぁッ!?」

 小学生の俺は必死の形相で、危険な笑みを浮かべている紫苑の肩を揺さぶって説得する。

 小学生にして、俺は生か死かの究極の状態に追い詰められていた。

「むう……そうか?」

 疑わしそうな視線だッ。全然信じていない目だ! 狂気が宿った瞳だ!!

「そうだよ、そう! そうに決まってるじゃないか!」

 悩む素振りを見せる紫苑に一気に畳み掛ける。じゃないと、俺は死ぬ。死んでしまう。

「そうだな……」

「そうだよ!」

 紫苑が納得した顔で頷くのを確認して、俺は安堵の笑みを……


「アメリカはキスを挨拶代わりに頻繁に行うらしいし、恋愛のほうも進んでいると聞くからな……ラヴの勉強にはちょうど良いかもしれぬ、なっ!」


――――凍りつかせる!?

 確かにこの紫苑という幼馴染、転んでもただでは起きない所がある。

 全身の血液が凍るような錯覚を覚えてしまう。

「フフフ……! 待っていろ陸ッ! 私はアメリカで恋の武者修業をすることに決定多数で、大決定だッ!」

 ビシリと右手の親指を、俺の鼻先に突きつけて紫苑はのたまう。その瞳には、燃え盛る恋の野望が見えた。それはもう天下布武を唱えた織田信長はこんな眼をしていたのかと思うくらい。

「そう、再び陸に相見るその時は、私は天下無敵の乙女ザムライとなって、陸を何て言うか、いただきますだ! 押し倒すだ! 無理矢理だ! 陥落で愛の奴隷だ!」

 ご近所の人々に響き渡るくらい声高に宣言する紫苑に、俺は乾いた力の無い笑いをするしかなかったわけで……



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