割れた手鏡とシルクハットの落とし物(1)
――くどくどくどくど……
「「……はい、すみません」」
――くどくどくどくど……
「「……はい、もうしません」」
夕焼け空になった頃、ルイとウィンストンは国家魔法機関でリュカからお説教を食らっていた。
野次馬をしている国家魔法使いたちは素顔を見せているウィンストンに興味津々だ。
やっと鬼の形相を浮かべたリュカから解放された後、庭でスイカパーティーが催されていた。シンシアが依頼で、他の植物の栄養分も独り占めする巨大な化けスイカを収穫してきたのだ。
野放しにもできないのですぐにローガンが風の魔法で切り分け、処分と言う名のスイカパーティー絶賛開催中です。
「そういえばウィニーさんって何歳なんですか?」
「17だよ」
「そうなんで……。え?」
ルイの口からスイカの種がひとつポロリと落ちる。
彼はどう見ても17歳には見えない。隈の浮かんだ顔やところどころ生えた無精ひげが影響しているのだろう。
「君が現れるまではこいつが最年少国家魔法使いだったんだよ」
背後から現れ二人の肩に腕を回したタリアが告げた。
「……あ、タリア、姉さん……」
「やっと顔を出したな、コノヤロー」
タリアはムッと頬を膨らませるとウィンストンの頭に拳をグリグリと押し付ける。
「二人はどのようなご関係で?」
「ああ、こいつはね僕の初めての弟子なのさ。なのに、師匠に顔もろくに見せずこもりっきりで研究でしょう? ほんと呆れちゃう」
肩をすくめたタリアにウィンストンは身を縮めて委縮。気まずい雰囲気に耐え兼ね逃げ出そうとするも師匠にあっけなく捕獲されたもよう。
「……でも、誇らしくもあるよ。だって、籠って研究していたのがこんな素敵な魔法を作り出すためだったんだから。だから、僕は師匠として君を誇らしく思う」
タリアに正面から褒められ顔を俯かせたウィンストンは唇を噛みしめた。零れ落ちそうになる涙を堪えるためだ。
「良かったですね、ウィニーさん」
(……それから、ノアくん)
褒められているウィンストンの姿を見たノアは心からの笑顔を浮かべ、光の粒となってふわりと姿を消す。光の粒は、スイカに齧り付いたルイの周りを舞うと首元のキューブの中へと収まっていった。
いつの間にかルイの隣にやってきていたリオン。
「これは本格的に奴らの関与を疑うべきかもね」
「奴ら?」
「以前話したことがあっただろう? 魔法使いには二種類いると」
「はい。国家魔法使いとそれ以外」
「そう。魔法が使えれば魔法使いだ。だがその中でも試験に落ちた者で結成されている組織があるらしくてね。殺人や犯罪も厭わない組織、名を『Misfit』」
「黒魔法も使っているって噂だよ。洗脳までいくと水属性魔法じゃなくて黒魔法かもね」
半月切りのスイカに齧り付き咀嚼しながらタリアが告げる。
「黒魔法ってなんですか?」
「言い換えれば禁忌魔法だ。及ぼす影響と使った者の身に降りかかる代償から禁じられている魔法さ。そうだね、例えば死者を蘇らす魔法、時を操る魔法、模倣魔法とかかな」
そのおぞましい内容にルイは息を呑んだ。
直後、凛とした声が響く。
「ちょっとー、あたし魔法使いに用があるんだけど! 出てきてくれない?」
敷地外からのものだ。塔からまっすぐ伸びる石畳の先端に気の強そうな少女が仁王立ちしていた。
「ここからは魔法使いしか入れないんでしょう? だったらあんたたちから出てきてよ」
猫のように吊り上がった目、尖った口、カールのかかった茶髪。見た目からも気の強さが伺える。
「ねぇ、あたしには見えないの! いるんなら出てきて!」
国家魔法機関の敷地には認識疎外の結界が張られている。そのため、魔力のない者、低い者には塔すら見えないのだ。
「……どうします?」
「どうしよう?」
顔を見合わせた国家魔法使いたち。彼らも突然の訪問に戸惑っていた。
「ひとまず誰か代表で――」
「どうしたんですか?」
そんな中、気が付いた時にはルイが結界を抜け少女に話しかけていた。
「うわっ、びっくりした! いきなり現れないでよ」
「すみません。でも、魔法使いに用なのでしょう?」
「そうよ。だからあんたみたいなこどもに用はないの」
「僕も魔法使いですよ」
腕を広げてミドルケープを見せるルイを凝視した少女だったが、自分より背の小さいこどもと見て鼻で笑う。
「あんたみたいなちんちくりんが魔法使いになれるわけないじゃない。あたしはごっこ遊びに付き合っている暇なんてないのよ」
その言い草にはさすがのルイも頬を膨らませる。怒りをぶつけるようなことはしないが本能的に“苦手”だと思わざるを得なかった。
「そんな言い方はひどいじゃないか。この子も立派な魔法使いだよ」
ルイに続いて結界から出てきたのはリオン。手本のように少女に微笑みかける。
「……そうだったのね。ごめんなさいだわ」
少女は腕を組んで不満げに謝罪の言葉を口にした。
「ところでいったい魔法使いにどんな用があってきたのかな?」
「そうだ。記憶を見せてくれる魔法使いがいるんでしょ。あたしにも見せて」
それは『記憶の小瓶』のことだろう。街で売り歩いていたのだ。たとえ一般人には売っていなかったとしても噂にはなろうさ。
「うーん、ごめんね。それはで――」
「僕で良ければ引き受けますよ」
困惑気味に眉を下げて断りを入れたリオンを遮りルイが一歩前に出た。
「記憶は僕の専門とするところ。でしょう?」
と、振り向きリオンの顔を見るルイ。リオンは微笑むと彼の頭に手を置き「うん」と答え、引き返していく。
入れ違いで現れたのはルイの付き人であるリュカだ。
「ひとまず本日はお帰り下さい。もう日が暮れてしまいますので。また明日ここへいらっしゃいなさい。私どもがお迎えに上がります」
「わかったわ。絶対よ! 約束よ!」
少女は手を振りながら駆け足で家路についた。
翌朝、ルイはリュカに起こされたのではなくチップの鳴き声で起こされた。目を擦りチップに会いに行くと、チップは扉に向かって激しく吠えている。
「わん、わん!」
「……どうしたの? 外に何かあるの?」
ルイがあくび一つ扉を開けると、扉の前には真っ黒なシルクハットが落ちていた。
「こんなところに落とし物ですか?」
「なになに?」
「落とし物?」
ルイの背後から顔を覗かせたリュカ。彼の頭と肩の上にウサギとクマのぬいぐるみが這い上がり興味ありげに外を覗く。
「誰かが意図的に置いたんですかね?」
このアトリエは、求める者、求められた者のみが辿りつける秘密のアトリエだ。故に落とし物はこない。忘れ物ならやってくるけども。
「とりあえずショーケースの中に入れておきます」
ルイがシルクハットを持ち上げアトリエの中に戻ろうとした時、
「……え?」
と、女の子の声がルイの耳に届いた。
昨日国家魔法機関に訪れた少女が目の前にいたのだ。顔を上げたルイと彼女の視線が合う。目を見開いた少女は慌てて踵を返した。だが、その反動で手に持っていたカゴから何かが地面に落ち、パリンッと激しく音を響かせた。
それは、赤い土台に小さな花の模様があしらわれた可愛らしい手鏡だった。見るも無残に鏡が割れてしまっている。
「……あ、どうしよう。大切な、物なのに。……お父さんがくれた最後のプレゼントなのにっ……!」
蹲った少女は声を上げて泣いた。




