太陽を消す魔法(2)
「……ウィニーさん、僕もここで完成まで見届けてもいいですか?」
「構わないよ」
自分と同じ歳くらいの男の子の亡霊を見つめたままルイはウィンストンに尋ねた。ウィンストンは快く受け入れてくれ、「これは僕からのプレゼントだ」と透き通った輝くビー玉を渡してくれた。
「なにか君に危険があった時、この球を割るといい」
「ありがとうございます、ウィニーさん」
それから再びルイはソファに座らされ、ウィンストンは魔法の研究をはじめたのだがどこか様子がおかしい。
「……あれ? ないな」
床に落ちた資料や魔導書などをひっくり返しながら何かを探しているよう。
『ごめんね、お兄ちゃんの研究室汚いでしょ?』
亡霊の男の子は楽しそうにデスクの上で足を揺らしながらウィンストンを見つめていた。ルイは男の子に返答したかったが、“内緒にして”と言われた手前答えるわけにもいかない。
「部屋、奇麗にしないんですか?」
「掃除が苦手なんだ」
「では、僕がしてもいいですか?」
「いやいや、客人にそんなことさせられないよ!」
「ふふ、すぐなのでご心配なく」
ルイは床に散らばっているものを踏まないように研究室の中央へ移動すると、腕を前に広げ唱えた。
「元の場所にお帰り。‘Olu Makana」
すると、散らばっていた物たちが一斉に宙に浮き、本や魔導書は本棚に、資料はデスクの上に、落ちていた木の実はひとまとまりに小さなカゴの中へ、衣服はハンガーに、と元の場所へたちまち片づけられていったのだ。
「みんなありがとう」
ルイがお礼を述べると、物たちは「どういたしまして」と言うように自身を軽く揺らした。
――うふふ
――楽しかったね
魔力の精霊もルイの周囲を楽しそうに舞っている。
「……す、すごい……! これがルイくんの魔法……! どんな魔法なんだい?」
「“ともだちになる”魔法です」
「そうか。とても素敵な魔法だね」
「ありがとうございます」
ウィンストンは柔らかく微笑みルイの頭を撫でた。ルイに優しく接するのは、弟とルイを無意識に重ねているからだろう。
ふわりとルイの元へやってきた男の子は紫色の瞳を輝かせながらまくしたてた。
『君すごいね! あれが魔法の詠唱? 何属性? どうやったの!?』
ルイは答える代わりに男の子に向けて微笑む。
ルイは自分にまくしたてた二人を見て「兄弟だなぁ」と思ったとか。
ルイのおかげで欲しい資料や魔導書をすぐに見つけることができるようになったウィンストンの作業効率は見るからに上がっていった。
そしてとうとう、
「できた……!」
『太陽を消す魔法』は完成した。
「早速試してみよう」
マントのフードを被り再び顔を隠したウィンストンは丸いガラスのテラリウムを片手に、もう片手にルイを抱え高さのある窓から地面に飛び降りた。
塔の外にはたくさんの国家魔法使いがいたのだが、全身をマントで包んだ彼の姿を見るや否や一目散に塔の中へ逃げていく。
危険な魔法使いとして知られているウィンストンだ。すべからく逃げるべし、というのは国家魔法使いたちの共通認識である。みな自分の命が大事だからね。
「ルイくん!」
ふとかけられた声にルイはウィンストンに抱かれたまま体を傾けると、見慣れた人影を見つけた。
「あ、ルークさん。この人は――」
「何をしているのです! その子を離しなさい!」
ルークはルイの話など聞かずにウィンストンに向けて魔法を放つ構えをする。
「ルイくんに手を出さぁ、容赦しないっすよ」
「ルイ様……! 僕たちが守りますからね……!」
ルークだけではなく、イグニスにアルヴァンも各々剣や杖を構え魔法を放とうとしていた。慌ててウィンストンの腕の中から飛び降りたルイはルークたちに駆け寄る。
「みなさん、違うんです!」
片膝をついてルイと目線を合わせた彼は安心させるように微笑んだ。
「ルイくん、今僕が助けますから」
立ち上がったルークがウィンストンに鋭い視線を送り魔法を唱えようと口を開いた瞬間、
「……もう、ルークさん話を聞いて!」
ルイが声を張り上げた。
呆気にとられたルークはゆっくりとルイに視線を向ける。彼の頬は膨らみ、怒りで仄かに色づいていた。
「僕は自分からウィニーさんといるんです!」
「いや、でも、リュカくんからルイくんが誘拐されたとお聞きし……」
「まったくリュカさんったら……。あとでちゃんと手紙を読んでって伝えなきゃ!」
腰に手を当てながら怒っているルイはウィンストンの元に戻ると、すぐさま怒りを収束させ彼のマントを掴み微笑む。
「早く試しましょう?」
「あ、ああ。そうだね」
この中で一番戸惑っていたのはウィンストンだろう。だが、ルイの期待に満ちた眼差しを見たら気持ちは自然と落ち着いていた。
「……開けるよ」
ガラスのテラリウムの蓋を開いたウィンストン。中に入っていた水の球体はゆらりと外へ出てきて、二人の頭上でパチンとはじけた。溢れた水は垂れ下がるようにゆっくりと形付き、景色を透き通す透明な傘へと姿を変える。
傘の手元を握っているウィンストンだったが顔は俯いたまま。目も唇も強く結び、手元を持つ手はひどく震えていた。
片や傘の下から透き通る空を見つめているルイ。
「……ウィニーさん!」
彼の名を呼んだルイの声は弾んでいた。
その声を聞き反射的に空を見上げたウィンストン。傘の下から見える雲一つない青い空、時々通りかかる鳥たち。しかし、そこに太陽はなかった。
「……太陽が、消えた……」
「はい! 太陽、消えています!」
「……成功だ。成功だよ、ルイくん!」
顔を見合わせ合った二人は手を合わせて喜んだ。
手元が離されて行き場を失った傘は地面に落ちるとひとりでにテラリウムの中に帰っていき、水の球体へ姿を戻す。
「早くあいつに届けないと……!」
テラリウムを小脇に抱えたウィンストンはルイにお礼を告げ駆け出した。
「あ、ウィニーさん!」
手を伸ばして彼を引き留めようとしたルイだったがもう周囲の声は聞こえていないようで、彼は純粋な笑顔を浮かべたまま家路についた。
ルイは迷わずその背を追っていく。
『……お兄ちゃん』
男の子は薄暗く太陽の光が入ってこない研究室の中で小さく兄を呼んだ。
(待っててね、ノア。兄ちゃん今から凄いものを持って、帰るから)
「ノア!」
ウィンストンは弟の名を呼びながら家の扉を勢いよく叩いた。走っていたからかフードは脱げ、顔は露だ。
ほどなくして開いていく扉。中から一人の婦人が出てきた。
「……誰ですか、いきなり――ウィニー?」
「あ、ああ。か、母さん、久しぶり」
突然現れたウィンストンを見て目を見開いた母だったが、一つ深呼吸をして瞬きをすると彼の頬を思いきり叩いた。
「……え?」
叩かれた頬を押さえながらおずおずと母へ視線を送ったウィンストン。母の顔は怒りに染まり、瞳からは今にも涙が零れ落ちそうである。
「お前、今まで何をしていたんだい! ノアは……ノアは、もう死んじまったと言うのに!」
「……は?」
ウィンストンは母の言葉を理解するのに時間を要した。信じ難い内容だったからだ。
今までの努力がすべて水の泡となっていく現実に、ウィンストンは膝から崩れ落ちた。水の泡と共に消えてしまいたかった。




