追放された宮廷鑑定士、拾った黒猫だけが俺の価値を知っていた
「お前は今日限りでクビだ」
国王直属の鑑定士として七年間働いた俺、レオンは、朝一番に宰相からそう告げられた。
理由は単純だった。
俺の鑑定結果が、地味すぎるからだ。
「聖剣を見せても『鉄製。魔力伝導率、中の上』。伝説の宝珠を見せても『ガラス製。市場価格銀貨三枚』。夢がないのだよ、君には」
「ですが、事実です」
「それがいかん!」
宰相は机を叩いた。
「新任の鑑定士エリオット君を見習いたまえ。彼は昨日、王子殿下の剣を『神竜の祝福を受けし聖剣』と鑑定したぞ」
俺は黙った。
あれは、城下町の鍛冶屋で金貨二枚で売っている量産品だった。
「というわけで、荷物をまとめて出ていけ」
「分かりました」
七年間仕えた王宮を、俺はその日のうちに出た。
退職金はなかった。
代わりに渡されたのは、銀貨十枚だけだった。
ひどい話だと思う。
だが、不思議と腹は立たなかった。
むしろ、少しだけ肩が軽くなった。
毎朝五時に起き、夜中まで宝物庫に籠もる生活だったのだ。
これからは田舎で、小さな店でも開こう。
そう考えながら城下町を歩いていると、
「にゃあ」
路地裏から声がした。
見ると、一匹の黒猫がいた。
小さく、痩せていて、右耳が少し欠けている。
「腹が減ってるのか?」
「にゃ」
俺はもらった銀貨で買ったパンを半分ちぎり、黒猫の前に置いた。
黒猫はしばらく俺を見つめてから、パンを食べ始めた。
その瞬間だった。
俺の視界に、文字が浮かんだ。
いつもの鑑定表示だ。
――――――――――
名称:不明
種族:黒猫
年齢:推定2歳
状態:空腹
備考:かわいい
――――――――――
「……備考、かわいい?」
初めて見る表示だった。
俺の鑑定は、対象の性質を正確に映す。
だからまあ、かわいいのだろう。
間違ってはいない。
すると黒猫が顔を上げた。
「にゃあ」
もう一度、鑑定表示が変化する。
――――――――――
真名:ノワール
種族:終焉獣
危険度:測定不能
能力:世界法則干渉、因果反転、空間断裂、その他多数
現在の感情:パンをくれた人、好き
備考:とてもかわいい
――――――――――
「…………」
俺は猫を見た。
猫も俺を見た。
「にゃ?」
俺は考えた。
そして黒猫を抱き上げた。
「うちに来るか?」
「にゃー」
こうして俺は、世界を滅ぼせる猫を拾った。
◇
王都から馬車で三日。
俺は山あいの小さな村、アルトに移り住んだ。
空き家を安く借り、そこを鑑定屋にした。
看板には、
『なんでも鑑定します。一回銅貨一枚』
と書いた。
最初の客は、村の老婆だった。
「これ、亡くなった爺さんが大切にしていた指輪なんだけどねえ」
「見てみます」
鑑定する。
――――――――――
銀の指輪
市場価値:銀貨2枚
製作者:王都職人街、ロドリゴ工房
製作年:12年前
備考:結婚30周年を記念し、夫が3か月酒を断って購入した
――――――――――
俺は少し迷ってから、そのまま伝えた。
老婆は指輪を握りしめた。
「……そうかい。あの酒飲みがねえ」
笑いながら、泣いた。
その日から、客が増えた。
畑から出てきた古い硬貨。
先祖代々の剣。
森で拾った珍しい石。
俺は全部、本当のことだけを伝えた。
価値のないものは価値がないと言った。
だが、その品物に込められた歴史も、俺には見えた。
そして、村人たちは俺の鑑定を喜んだ。
「レオン先生に見てもらうと、物が喋ってるみたいだ」
そんなことまで言われるようになった。
ノワールは毎日、店の窓辺で寝ていた。
客が来ると尻尾を振る。
子供が撫でても怒らない。
ただし、一度だけ酔っぱらいが俺を殴ろうとしたときは、
「シャー」
と威嚇した。
その瞬間、村の裏山が縦に割れた。
俺はノワールを抱き上げた。
「怒っちゃ駄目だ」
「にゃ……」
山は翌朝には元に戻っていた。
深く考えないことにした。
◇
半年後。
王都から使者が来た。
馬から転げ落ちるようにして現れた騎士は、俺を見るなり叫んだ。
「レオン殿! 王都へ戻っていただきたい!」
「嫌です」
即答した。
「そこをなんとか!」
話を聞くと、あの新任鑑定士エリオットが問題を起こしたらしい。
王家の宝物庫に保管されていた赤い宝珠を、
『百年に一度、国を繁栄させる神の宝珠』
と鑑定した。
国王は喜び、大広間に飾った。
三日後。
宝珠から魔物が湧き始めた。
「現在、王都の半分が魔物に占拠されています!」
「でしょうね」
俺は以前、あの宝珠を鑑定したことがある。
――――――――――
名称:魔界門封印核
状態:封印中
警告:絶対に台座から動かすな
――――――――――
そう報告書にも書いた。
「俺の報告書は?」
騎士は目を逸らした。
「宰相閣下が、夢がないと言って燃やしました」
「帰ってください」
「お願いします!」
騎士は地面に額をつけた。
「王都には、まだ多くの民が残っています!」
俺はため息をついた。
国王も宰相もどうでもいい。
だが、民に罪はない。
「分かりました」
「本当ですか!」
「ただし、条件があります」
俺は窓辺を見た。
ノワールが昼寝している。
「この子も連れていきます」
「猫……ですか?」
「猫です」
「戦場ですが?」
「知っています」
「危なくありませんか?」
「王都のほうが?」
「猫のほうがです」
俺は答えなかった。
◇
王都はひどい有様だった。
城壁の内側を、無数の魔物が歩き回っている。
広場では兵士たちが必死に防衛線を維持していた。
そして王城の前には、全長二十メートルほどの巨大な魔物が立っていた。
「魔王級個体です!」
騎士が叫ぶ。
俺は鑑定した。
――――――――――
名称:下級魔族・幼体
危険度:低
備考:魔界ではペットとして飼われることもある
――――――――――
「下級ですよ」
「え?」
「幼体です」
「え?」
どうやら、人間界と魔界では基準が違うらしい。
そのとき、巨大な魔物がこちらを見た。
咆哮する。
兵士たちが震え上がった。
俺の腕の中で、ノワールが目を覚ました。
「にゃ」
魔物が止まった。
「にゃあ」
巨大な魔物の顔が青ざめた。
次の瞬間。
魔物は地面に伏せ、頭を抱えた。
「クゥーン……」
「……犬みたいになりましたね」
騎士が呟く。
「たぶん怖いんでしょう」
「何が?」
俺はノワールを撫でた。
「さあ」
その後、魔物たちは全員、自主的に魔界へ帰った。
ノワールが一度鳴いただけだった。
◇
王城に入ると、国王と宰相が待っていた。
「レオン!」
国王が駆け寄ってきた。
「よく戻った! そなたを再び王国筆頭鑑定士に任命しよう!」
「嫌です」
「給料は三倍だ!」
「嫌です」
「五倍!」
「嫌です」
宰相が顔を真っ赤にした。
「貴様! 陛下がここまで譲歩しておられるのだぞ!」
ノワールの耳が動いた。
俺は急いでその頭を撫でた。
「ノワール、怒るな」
「にゃ」
王城の天井が少し消滅した。
宰相が黙った。
俺は例の赤い宝珠を元の台座に戻した。
鑑定表示が変わる。
――――――――――
魔界門封印核
状態:正常
次回点検推奨:300年後
――――――――――
「これで終わりです」
俺は帰ろうとした。
その背中に、国王が声をかけた。
「待て!」
振り返る。
「……なぜだ?」
国王は言った。
「なぜ、これほどの力を持ちながら、そなたは何も言わなかった」
「言いましたよ」
俺は答えた。
「七年間、毎日」
国王は何も言えなかった。
俺は王城を出た。
◇
それから三年。
俺の鑑定屋は、少しだけ大きくなった。
遠くから客が来るようになり、弟子も二人できた。
とはいえ、鑑定料は今でも銅貨一枚だ。
たまに王族が来ても同じ料金を取る。
ノワールは相変わらず窓辺で寝ている。
以前より少し太った。
今日も一人の少年が店にやってきた。
「先生!」
少年は泥だらけの石を差し出した。
「これ、森で拾ったんだけど、宝石かな?」
俺は鑑定する。
――――――――――
ただの石
市場価値:なし
備考:少年が初めて1人で森の奥まで行き、勇気を出して持ち帰った石
――――――――――
俺は笑った。
「宝石ではないよ」
少年は肩を落とした。
「そっか……」
「でも、捨てないほうがいい」
「なんで?」
「君にとっては、たぶん宝物になるから」
少年は不思議そうな顔をしてから、石を大事そうにポケットへ入れた。
「ありがとう、先生!」
少年が走っていく。
俺はその背中を見送った。
すると、窓辺から声がした。
「にゃあ」
「どうした?」
ノワールを鑑定する。
――――――――――
名称:ノワール
種族:終焉獣
危険度:測定不能
現在の感情:昼ごはんを要求
備考:世界で1番かわいい
――――――――――
「最後の一行、前より強くなってないか?」
「にゃ」
仕方がないので、干し肉を一本渡した。
ノワールは満足そうに喉を鳴らした。
世界を滅ぼす力があっても、その価値が分からなければ、ただの黒猫だ。
逆に、誰にも価値がないと言われたものだって、見る人が変われば、宝物になる。
俺は七年間、物の価値を見抜く仕事をしていた。
けれど、本当に大切なものの価値を知ったのは、王宮を追い出された、あの日からだったのかもしれない。
「にゃあ」
「分かったよ。もう一本だけな」
今日も鑑定屋は平和だった。
世界最強の猫が、俺の膝の上で眠っている限りは。




