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ファンタジー

追放された宮廷鑑定士、拾った黒猫だけが俺の価値を知っていた

作者: くるみ
掲載日:2026/08/09

「お前は今日限りでクビだ」


国王直属の鑑定士として七年間働いた俺、レオンは、朝一番に宰相からそう告げられた。


理由は単純だった。

俺の鑑定結果が、地味すぎるからだ。


「聖剣を見せても『鉄製。魔力伝導率、中の上』。伝説の宝珠を見せても『ガラス製。市場価格銀貨三枚』。夢がないのだよ、君には」


「ですが、事実です」


「それがいかん!」


宰相は机を叩いた。


「新任の鑑定士エリオット君を見習いたまえ。彼は昨日、王子殿下の剣を『神竜の祝福を受けし聖剣』と鑑定したぞ」


俺は黙った。

あれは、城下町の鍛冶屋で金貨二枚で売っている量産品だった。


「というわけで、荷物をまとめて出ていけ」


「分かりました」


七年間仕えた王宮を、俺はその日のうちに出た。


退職金はなかった。

代わりに渡されたのは、銀貨十枚だけだった。

ひどい話だと思う。

だが、不思議と腹は立たなかった。

むしろ、少しだけ肩が軽くなった。


毎朝五時に起き、夜中まで宝物庫に籠もる生活だったのだ。

これからは田舎で、小さな店でも開こう。

そう考えながら城下町を歩いていると、


「にゃあ」


路地裏から声がした。

見ると、一匹の黒猫がいた。

小さく、痩せていて、右耳が少し欠けている。


「腹が減ってるのか?」


「にゃ」


俺はもらった銀貨で買ったパンを半分ちぎり、黒猫の前に置いた。

黒猫はしばらく俺を見つめてから、パンを食べ始めた。


その瞬間だった。

俺の視界に、文字が浮かんだ。

いつもの鑑定表示だ。


――――――――――

名称:不明

種族:黒猫

年齢:推定2歳

状態:空腹

備考:かわいい

――――――――――


「……備考、かわいい?」


初めて見る表示だった。

俺の鑑定は、対象の性質を正確に映す。

だからまあ、かわいいのだろう。

間違ってはいない。


すると黒猫が顔を上げた。


「にゃあ」


もう一度、鑑定表示が変化する。


――――――――――

真名:ノワール

種族:終焉獣

危険度:測定不能

能力:世界法則干渉、因果反転、空間断裂、その他多数

現在の感情:パンをくれた人、好き

備考:とてもかわいい

――――――――――


「…………」


俺は猫を見た。

猫も俺を見た。


「にゃ?」


俺は考えた。

そして黒猫を抱き上げた。


「うちに来るか?」


「にゃー」


こうして俺は、世界を滅ぼせる猫を拾った。



王都から馬車で三日。

俺は山あいの小さな村、アルトに移り住んだ。

空き家を安く借り、そこを鑑定屋にした。


看板には、


『なんでも鑑定します。一回銅貨一枚』


と書いた。


最初の客は、村の老婆だった。


「これ、亡くなった爺さんが大切にしていた指輪なんだけどねえ」


「見てみます」


鑑定する。


――――――――――

銀の指輪

市場価値:銀貨2枚

製作者:王都職人街、ロドリゴ工房

製作年:12年前

備考:結婚30周年を記念し、夫が3か月酒を断って購入した

――――――――――


俺は少し迷ってから、そのまま伝えた。

老婆は指輪を握りしめた。


「……そうかい。あの酒飲みがねえ」


笑いながら、泣いた。

その日から、客が増えた。


畑から出てきた古い硬貨。

先祖代々の剣。

森で拾った珍しい石。

俺は全部、本当のことだけを伝えた。

価値のないものは価値がないと言った。


だが、その品物に込められた歴史も、俺には見えた。

そして、村人たちは俺の鑑定を喜んだ。


「レオン先生に見てもらうと、物が喋ってるみたいだ」


そんなことまで言われるようになった。


ノワールは毎日、店の窓辺で寝ていた。

客が来ると尻尾を振る。

子供が撫でても怒らない。


ただし、一度だけ酔っぱらいが俺を殴ろうとしたときは、


「シャー」


と威嚇した。


その瞬間、村の裏山が縦に割れた。

俺はノワールを抱き上げた。


「怒っちゃ駄目だ」


「にゃ……」


山は翌朝には元に戻っていた。

深く考えないことにした。



半年後。


王都から使者が来た。

馬から転げ落ちるようにして現れた騎士は、俺を見るなり叫んだ。


「レオン殿! 王都へ戻っていただきたい!」


「嫌です」


即答した。


「そこをなんとか!」


話を聞くと、あの新任鑑定士エリオットが問題を起こしたらしい。


王家の宝物庫に保管されていた赤い宝珠を、


『百年に一度、国を繁栄させる神の宝珠』


と鑑定した。


国王は喜び、大広間に飾った。


三日後。

宝珠から魔物が湧き始めた。


「現在、王都の半分が魔物に占拠されています!」


「でしょうね」


俺は以前、あの宝珠を鑑定したことがある。


――――――――――

名称:魔界門封印核

状態:封印中

警告:絶対に台座から動かすな

――――――――――


そう報告書にも書いた。


「俺の報告書は?」


騎士は目を逸らした。


「宰相閣下が、夢がないと言って燃やしました」


「帰ってください」


「お願いします!」


騎士は地面に額をつけた。


「王都には、まだ多くの民が残っています!」


俺はため息をついた。

国王も宰相もどうでもいい。

だが、民に罪はない。


「分かりました」


「本当ですか!」


「ただし、条件があります」


俺は窓辺を見た。

ノワールが昼寝している。


「この子も連れていきます」


「猫……ですか?」


「猫です」


「戦場ですが?」


「知っています」


「危なくありませんか?」


「王都のほうが?」


「猫のほうがです」


俺は答えなかった。



王都はひどい有様だった。

城壁の内側を、無数の魔物が歩き回っている。

広場では兵士たちが必死に防衛線を維持していた。

そして王城の前には、全長二十メートルほどの巨大な魔物が立っていた。


「魔王級個体です!」


騎士が叫ぶ。


俺は鑑定した。


――――――――――

名称:下級魔族・幼体

危険度:低

備考:魔界ではペットとして飼われることもある

――――――――――


「下級ですよ」


「え?」


「幼体です」


「え?」


どうやら、人間界と魔界では基準が違うらしい。

そのとき、巨大な魔物がこちらを見た。


咆哮する。

兵士たちが震え上がった。

俺の腕の中で、ノワールが目を覚ました。


「にゃ」


魔物が止まった。


「にゃあ」


巨大な魔物の顔が青ざめた。


次の瞬間。

魔物は地面に伏せ、頭を抱えた。


「クゥーン……」


「……犬みたいになりましたね」


騎士が呟く。


「たぶん怖いんでしょう」


「何が?」


俺はノワールを撫でた。


「さあ」


その後、魔物たちは全員、自主的に魔界へ帰った。

ノワールが一度鳴いただけだった。



王城に入ると、国王と宰相が待っていた。


「レオン!」


国王が駆け寄ってきた。


「よく戻った! そなたを再び王国筆頭鑑定士に任命しよう!」


「嫌です」


「給料は三倍だ!」


「嫌です」


「五倍!」


「嫌です」


宰相が顔を真っ赤にした。


「貴様! 陛下がここまで譲歩しておられるのだぞ!」


ノワールの耳が動いた。

俺は急いでその頭を撫でた。


「ノワール、怒るな」


「にゃ」


王城の天井が少し消滅した。


宰相が黙った。

俺は例の赤い宝珠を元の台座に戻した。


鑑定表示が変わる。


――――――――――

魔界門封印核

状態:正常

次回点検推奨:300年後

――――――――――


「これで終わりです」


俺は帰ろうとした。

その背中に、国王が声をかけた。


「待て!」


振り返る。


「……なぜだ?」


国王は言った。


「なぜ、これほどの力を持ちながら、そなたは何も言わなかった」


「言いましたよ」


俺は答えた。


「七年間、毎日」


国王は何も言えなかった。

俺は王城を出た。



それから三年。


俺の鑑定屋は、少しだけ大きくなった。

遠くから客が来るようになり、弟子も二人できた。

とはいえ、鑑定料は今でも銅貨一枚だ。

たまに王族が来ても同じ料金を取る。


ノワールは相変わらず窓辺で寝ている。

以前より少し太った。


今日も一人の少年が店にやってきた。


「先生!」


少年は泥だらけの石を差し出した。


「これ、森で拾ったんだけど、宝石かな?」


俺は鑑定する。


――――――――――

ただの石

市場価値:なし

備考:少年が初めて1人で森の奥まで行き、勇気を出して持ち帰った石

――――――――――


俺は笑った。


「宝石ではないよ」


少年は肩を落とした。


「そっか……」


「でも、捨てないほうがいい」


「なんで?」


「君にとっては、たぶん宝物になるから」


少年は不思議そうな顔をしてから、石を大事そうにポケットへ入れた。


「ありがとう、先生!」


少年が走っていく。

俺はその背中を見送った。


すると、窓辺から声がした。


「にゃあ」


「どうした?」


ノワールを鑑定する。


――――――――――

名称:ノワール

種族:終焉獣

危険度:測定不能

現在の感情:昼ごはんを要求

備考:世界で1番かわいい

――――――――――


「最後の一行、前より強くなってないか?」


「にゃ」


仕方がないので、干し肉を一本渡した。

ノワールは満足そうに喉を鳴らした。


世界を滅ぼす力があっても、その価値が分からなければ、ただの黒猫だ。

逆に、誰にも価値がないと言われたものだって、見る人が変われば、宝物になる。


俺は七年間、物の価値を見抜く仕事をしていた。

けれど、本当に大切なものの価値を知ったのは、王宮を追い出された、あの日からだったのかもしれない。


「にゃあ」


「分かったよ。もう一本だけな」


今日も鑑定屋は平和だった。

世界最強の猫が、俺の膝の上で眠っている限りは。

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