シチュー
男にはそれはもう面倒見の良い恋人がいた。
自分より少し歳下の彼女。柔らかい微笑みと、小動物のような愛らしさ。そして、怒りという単語を知らないのではないかと思うほどの穏やかな性格。
そういった要因が重なり合い、男の恋人は包容力のある母親のような女性だった。
そんな彼女は、自分も仕事があるにも関わらず男の家へ通い、掃除をしたり夕食を作ったりと、甲斐甲斐しく彼の世話をしていた。
そんなところを男は気に入っていたし、感謝もしていた。
面倒見の良い女と、それをありがたく思い彼女を大切にする男。恋人としては順調な関係なのではないかと思う。
そんなある日。いつも通り仕事終わりに帰宅した男は、部屋中に良い匂いが漂っているのに気付いた。
これはきっと、恋人がまた夕食を準備してくれているのだろう。
疲れが飛んでいくような心地に身を任せながら、男は足を進めた。
「ただいまー」
声をかけるが返事は無い。
部屋の奥まで進むが、そこに彼女の姿は無かった。
いつもなら部屋で待っているか、そうでなくとも、夕食を作ったあとに帰った、ということを連絡してくれるはず。
ポケットのスマートフォンを確認するが、履歴も無し。
おかしいな、と思いながらも、疲れていた男は深く考えずに作られていたシチューを頬張った。
「んまい!!」
ジャガイモやニンジン、タマネギ。ゴロゴロと存在感の大きい野菜が、まろやかな熱々のシチューに絡んでいる。
はふはふと口の中で冷ます行為こそ、シチューの醍醐味。この素朴な味こそが、家庭の味らしいのだ。
疲れた身体に温かさが染み渡る。
あまりの美味しさに、男は口へ運ぶ手が止まらなかった。
暫く食べていると、口の中に違和感が。
「……ん?」
もごもごと口を動かし、中の違和感を探る。何か……硬いもの。小さいけれど、ポリポリした……何か。
その食材を、舌を使って器用に出す。
指で摘める程度のそれは、三日月型の形をしていた。
「爪……!?」
爪だった。
半透明で小さい……恐らく女性の爪だろう。不思議な食感のそれは、切られた爪だったのだ。
驚いたが、偶然入ってしまったのかもしれない……そう思い男は爪を捨てて再び食べ始める。
しかし、次の一口もまた違和感。
ティッシュの上に出すと、それは同じく半透明の爪だった。
流石の男も手を止める。何口も食べたが、その度に出てくる。おかしい。……もしやわざと彼女が?嫌な思考が頭を駆け巡る。
何だか気分も悪くなってきた。こんなにも美味しいシチュー。まさか爪が入っていたなんて、誰が想像つくだろう。
シチューを目の前にして、男は眉を寄せる。妙に速くなった心臓の鼓動に、冷や汗を垂らしていると、玄関の方から音が聞こえた。
「……っ!」
しかし届いた声は安心するものだった。
……いや、果たして今でも安心できるのかは不明だが。
「あれ、もう帰ってきてたの? 今からご飯作ろうと思って、買い物してきたんだけど……」
女の手元には二つのレジ袋。
「え……?」
呆気にとられる男をよそに、女は部屋に入り机の上を見る。
「わぁ! シチュー作ったの? 美味しそう!」
そう笑う彼女の指先は、素敵なネイルアートが施されていた――――。




