第6話:「密室馬車と、喋る生首の恐怖交渉」
ダミアンから裏帳簿を奪った二人が次の標的に選んだのは、偽聖女の最大のパトロンであるバッカス伯爵。厳重な護衛に守られた彼の馬車の中で、密室の恐怖体験が幕を開ける。
王都のメインストリートを、十数名の騎馬護衛に囲まれた豪奢な馬車が走っていた。
乗っているのは、偽聖女の最大のパトロンであり、王室にも強い影響力を持つバッカス伯爵である。
「ふん。ダミアンの奴、突然屋敷を破壊されて夜逃げしたらしいが、無能なことだ。まあ良い、奴の抜けた穴は我が伯爵家が——」
上機嫌で独りごちていたバッカス伯爵は、ふと、向かいの座席を見て言葉を失った。
いつの間にか。
本当に、いつの間にか。
豪奢なベルベットの座席の上に、美しい銀髪の『生首』がちょこんと置かれていたのだ。
「ごきげんよう、バッカス伯爵。夜のドライブには少し肌寒い季節ですわね」
生首の蒼い瞳が、彼を真っ直ぐに見つめて微笑んだ。
「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!?」
バッカス伯爵は悲鳴を上げ、座席から転げ落ちた。
馬車は密室だ。扉は開いていない。なのに、なぜ生首が!?
「だ、誰か! 護衛! 止まれ!!」
彼が窓を叩きながら外に向かって叫ぼうとした、その時。
(おいおい、大声出すなよ。お前の護衛たちなら、馬車ごと『重力結界』で囲んであるから、中の音は一切聞こえねぇぞ)
馬車の屋根の上から、地を這うような野太い男の声が響いた。
同時に、ギシィィィッ! と馬車の天井がひしゃげ、凄まじい質量がのしかかってくる。
「な、なんだ!? 何が起きている!?」
パニックに陥るバッカス伯爵に対し、座席の上の生首——ヴィルヘルミナは、コトリと首を傾けた。
「あら、ご挨拶が遅れましたわ。私、昨日処刑されましたヴィルヘルミナと申します。……外を走っているのが、私の身体ですのよ」
「……は?」
バッカス伯爵が恐る恐る窓の外を見ると。
全力で駆ける馬車の速度に合わせて、血に染まったドレスを着た『首なしの胴体』が、優雅なステップで並走していた。
しかもその片腕には、馬車の屋根に突き刺さっている巨大なギロチンの刃の柄が、しっかりと握られている。
(お嬢ちゃん、この豚、俺の重力で潰していいか?)
「ダメですわ。彼にはまだ、利用価値がありますもの」
生首と、屋根の上の処刑刃が、恐ろしい会話を交わしている。
バッカス伯爵は完全に心が折れ、馬車の床に這いつくばった。
「ひぃっ、命だけは! 金か!? 金ならいくらでも払う!」
「お金など不要ですわ」
ヴィルヘルミナの生首の横に、ドサリと分厚い帳簿が投げ出された。
ダミアン商会から奪った、第一王子と偽聖女の不正な資金操作の証拠だ。
「バッカス伯爵。明日から、あの偽聖女への資金援助を一切打ち切りなさい。そして、あなたの持つ貴族のネットワークを使って、『第一王子は公爵家を不当に陥れた』という噂を王都中に流すのです」
「そ、そんなことをすれば、私が王子から粛清されてしまう!」
「あら」
ヴィルヘルミナの生首は、底冷えのするような冷たい笑みを浮かべた。
「私に逆らって『今ここ』で物理的に潰されるか。王子を裏切って『後で』粛清のリスクを負うか。……簡単な二択ではありませんこと?」
ギシィィィッ! と、屋根の上のギロチンの質量がさらに増す。
数トンの重圧に耐えきれず、馬車の車軸から悲鳴が上がった。
「わ、わかった! やる! やるから許してくれぇぇぇ!」
「賢明な判断ですわ。……ああ、それと」
ヴィルヘルミナの生首は、ふわりと宙に浮き上がると(外を走る胴体が窓から手を伸ばし、生首を掴んだのだ)、去り際に冷たく言い放った。
「裏切れば、次はあなたの寝室の枕元に、私の首が転がることになりますわよ。……では、ごきげんよう」
首なし令嬢と巨大なギロチンは、夜の闇の中へといともたやすく姿を消した。
後には、恐怖で完全に失禁した伯爵だけが取り残されたのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
密室の馬車の中での恐怖体験。ターゲットは無事に(?)屈服し、偽聖女の資金源と王子の評判を同時に削り取ることに成功しました。
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