第七節 流れる日々、王国の契機
閑話「戦姫シリーズ」エピソード7 本編 ep.121
フェルノート王国の刻は確実に進み、人々の営みも流れていく――。
マクシミリアン公爵家を継いだゼルガード公爵は、先代ローランドの葬儀で出会った少女――ヴァルデン辺境伯家の次女、マティルダと婚約し、半年後、王宮にて盛大に婚姻の儀を挙げた。
その後、二人はヴァルデン辺境伯領都、そしてマクシミリアン公爵領都でも婚儀を披露し、街には幾夜にもわたり灯がともった。祝宴の炎と歌声は、冬の夜空を照らしながら王国の隅々へと広がっていった。
白く霞む空の下、フェルノート王国は静かに、そして確かに――新たな節目へと歩みを進めていた。
公爵家の政務も軌道に乗り、騎士団の鍛錬も日々の積み重ねの中で確かな成果を見せ始めていた。
婚姻から一年後、第一子ジークハルトが誕生する。
ゼルガード公爵は依然として王弟としての公務を担い、多くの時を王都で過ごしていたが、領都では、マティルダ公爵夫人が子育ての合間に政務を執り仕切り、公爵家を支えていた。
婚姻から三年目には第二子ユリウスが生まれ、王家の血筋にも安定の兆しが見え始める。
王太子候補レオンハルト、第一王女ロゼリア、そして王弟家系の二人の男子。――王国の未来を担う若き芽が、次々とその姿を現しつつあった。
婚姻から五年――。
ヴァルディス国王の治世にもようやく落ち着きが訪れ、ゼルガード公爵は王弟としての公務を免除される。それを機に、彼は生活の拠点を王都から領都へと移し、ようやく家族と共に穏やかな日々を過ごすことができるようになった。
一方、マティルダ公爵夫人は子育てや政務をこなしながらも騎士団の強化は進めていた。直接指導は減ったが隊長格の騎士たちは以前よりも厳しく鍛えられ部隊の統率はより高みを目指すことになる。
マクシミリアン公爵家の騎士団は全員が騎乗できる騎士として鍛えられた。各部隊は五百騎で構成され、第一部隊から第十部隊まで編成され騎士五千名の規模となっていた。
第一・第二部隊はゼルガード公爵の指揮下に、
第三・第四部隊はマティルダ公爵夫人の直属として鍛え上げられた。
第五から第九までは各地の巡回と討伐を担い、北方三つの城塞町――レンベルク、ノルディア、カルネスの防衛を交代で務めている。
第十部隊は、領都に常駐し領都防備を担っていた。
王都と領都を繋ぐ連絡網は、領都と三つの城塞町を結ぶ連絡網に発展し、新人騎士の長距離移動訓練として引き続き続けられていた。
巡回する各部隊も、活動拠点変更時は全騎による長距離行軍として五百騎の騎士たちが移動するさまは街道沿いの風物詩となっていた。野営拠点に近い村々は野営拠点の運営に手を上げ、部隊移動時の野営を村総出で手伝う仕組みが整っていった。
婚姻から九年目には第三子シグヴァルドが生まれた。公爵領北方の〈魔の森〉周辺で魔物の出現が増加傾向にありマティルダ公爵夫人も出陣をしていた最中の懐妊発覚で公爵家に混乱が発生した。
三男のシグヴァルドが生まれてから十三年は、定期的に〈魔の森〉から小規模な溢れとして魔物が公爵領に流れてきたが大きな問題もなく過ぎ去っていった。
マリーニュ伯爵領の異変騒動が収束して数日後――。
その日、公爵邸の会議室には、マティルダ公爵夫人と騎士団長ザリオン卿、各部隊長が集まっていた。重厚な扉を閉ざすと、外の冷気が遮られ、代わりに緊迫した空気が場を支配する。
「――ノルディア、カルネスは警戒態勢を継続中。大きな問題は報告されておりません」
ザリオン騎士団長の報告にマティルダ公爵夫人は眉を少し動かし「レンベルクは?」と、確認の発言をした。
「魔物の出現数が増加しているとの報告が入っています。巡回中だった第五部隊と第八部隊が増援として入っていますが、長引く兆しがあります」
淡々と交わされる報告の裏に、誰もが微かに不安を覚えていた。冬が深まるにつれ、北方の魔域はざわめきを増す――それは、古来より幾度も王国を脅かしてきた前兆である。
会議を終えたマティルダ公爵夫人は、無言のまま執務室へ戻った。執務机の上には、各地の報告書が積み重ねられている。
その一枚一枚に目を通すたび、胸の奥にざらつく感覚が募っていく。
――何かが、起きている。理屈ではない。けれど、感じる。北方の地に、かすかな軋みが走っていることを。
静かに呼び鈴を鳴らし侍女に指示を出した――。
ほどなくして執事長と騎士団長が現れる。マティルダ公爵夫人は迷いなく言い放った。
「これより出陣の支度をします。直属の第三・第四部隊に、早急に出陣準備を進めさせなさい。軍装は軽装、長距離行軍を念頭に。明朝には発つわ」
ザリオン騎士団長は「出陣……ですか?」と、驚きの顔を隠さなかった。
「ええ。レンベルクへ向かいます」
ザリオン騎士団長は一瞬、息を呑んだ。
「しかし、マリーニュ伯爵領の異変はすでに収束していますし、レンベルクに向かう必要性を感じる報告はありません――」
マティルダ公爵夫人は「ある」と即答した。その声は冷たくも鋭かった。
「勘に過ぎませんが、手遅れになる前に動かねばならない。シグが調査隊の名代として現地に出ている。シグは下がらない。ならば、わたしが行くしかないのです」
ザリオン騎士団長の眉がわずかに動いた。
「……シグヴァルド様が現場に残るなら、騎士たちは退かぬでしょう。戦線を維持しようとして無理を重ねる。確かに、それはまずい」
「だからこそ急ぐのです。わたしが行けば、判断も撤退も容易になる」
その夜、領都の空は雪交じりの風に沈み、街灯の炎が小刻みに揺れていた。
翌朝、まだ夜明け前の薄明の中――。
城門外に整列する第三・第四部隊の騎士たちは、息を白く染めながら黙して立っていた。甲冑の継ぎ目が凍てつく音だけが響く。緊張は極限にまで張り詰め、誰もが自らの鼓動を聞いていた。
やがて、赤き影が現れた。
紅蓮の軍装を纏い、紅槍を携えた戦姫――マティルダ・マクシミリアン。彼女の姿は、冬の曇天を裂く炎そのものであった。
「これより――城塞町〈レンベルク〉へ向け、出陣する!」
凛と響く声が、凍てつく空気を震わせる。愛槍の紅槍が天を突き上げた瞬間、金属音と共に無数の槍が掲げられた。
「日頃の鍛錬を思い出し、遅れることなく着陣せよ! 我らが任は、北の地を守ることにある――出陣!」
その号令と同時に、馬の嘶きが鳴り響く――。
戦姫の愛馬が雪を蹴立て、先陣を切って駆け出した。
第三部隊がまず動き、戦姫を護衛しながら長距離移動の陣形を整える。続いて第四部隊が追従し、同じく長距離移動陣形を整えつつ斥候隊を北方へと放った。
朝の陽が地平を照らすころ、隊列はすでに整然と動き出していた。
紅き旗が翻り、冬空を背景に〈王国の盾〉公爵家騎士団が疾駆する。――その姿はまるで、王国を包む夜を払う焔のようであった。




