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8話:人形従者のお役目

 部屋の中はこじんまりとしていたが、ベッドがあるだけでありがたい。

 岩の上に寝ては肩も腰も駄目になるからな。


「素晴らしいな」


 ベッドに仰向けに倒れて、背中から伝わるフカフカと、包み込むような感触を確かめながら、しみじみ思う。


 同時に俺のすぐ横に侍るレーネに対する感謝の念が湧いてくる。


「ここまでありがとな。本当にレーネには感謝してもしきれないよ」


「従者として当然の努めですよ。ですが喜んでいただけて何よりです」


 ここまで俺の現状を把握して、俺の知りたいこと、欲しいもの、プランまですべて提供してくれるなんて本当によくできた従者だ。

 さすが主を最優先して行動する人形だけある。


「でも不思議だな。レーネの使命は地底の月の魔物を一掃して、吸血種を守ることだろ? ならなんで主が必要になるんだ?」


 ふと浮かんだ疑問が口をついて出る。


「それには二つの目的がございます。一つは私を制御するため。いかに私が規格外の人形といえど、曖昧な使命に従事させたままでは暴走を起こしかねません。故に主様の命令に絶対遵守することで、万が一を無くそうとしたのです」


「なるほどな。さしずめ俺は指導役メンターというわけか。それで、二つ目は?」


「二つ目の目的は緊急時の種の保全でございます。吸血種自体、私を製造した段階で滅亡を覚悟していたのでしょう。いざとなれば地底の月を放棄し、主様と極一部の吸血種の生存を優先するよう規定プロトコルが組まれているのです」


「まさに今に近い状況も想定していたということか。しかし、生憎と俺は吸血種ではないからな。その使命は果たせないんじゃないか」


「確かに普通に考えればそうかもしれません。しかし、ご安心を。私は万識にして万能の『月乙女アルテミス』ですので!」


 なんかアルテミスのニュアンスが違うような気がするが気のせいだろう。

 それとなんかいつになくテンション高威容な気がするがこれも気のせいだろか。


「今しがたこの状況においても種の保存を全うする完璧なプランをシミュレートいたしました!」

「ついさっきシミュレートしたんだ……」


 自信満々なレーネについ興味をそそられる。

 吸血種の生存者なんていそうにないこの詰みに近い状況で、彼女の導き出した答えが気になってしまう。


「はい。私の演算が導き出した非の打ち所のない計画ぱーふぇくとぷらん、それは私が主様の伴侶となり、あなた様との間にヤヤコを身籠ることにございます」


 !!?


「……今なんて?」


 サラッとすごいことを言わなかったか?


「あなた様のヤヤコがほしいのです」


「ごめん、ちょっとよくわからない」

「? 子を作る方法がわからないということですか? それはですね、私と主様が――」


「あーいやいや! 言わなくていい! そういうことじゃなくって! なんていうか急すぎないか?」


「ああ、ご安心を。人形といえども私の肉体は健康的な吸血種の女性に準じておりますし、女性としての機能も備えております。あなた様の元気なお子を生むことが可能です」


 冗談で言っているとは思えなかった。レーネは本気だ。


「容姿もスタイルも吸血種の理想とするものに近いと自負しておりますが……もしかして、私は主様の好みに合いませんでしたか……?」


「いや、めっちゃ好みだよ!? 正直どストライクだよ!? そのきりりとした青い瞳と長いまつげ、ぷっくりと肉感を持ったピンクの唇、人形のように端正な顔、女性らしさを主張しつつ奢らない程度にふくよかな胸も、スレンダーなのにボディラインがはっきりしている整ったプロポーション! こんな美人に迫られて男として嬉しくないわけがない!」


 何言ってんだ俺!?


「そんなにお褒めいただくと照れてしまいます。恥ずかしいです。こそばゆいです。……ですが、そんなに気に入っていただけたのはとても嬉しいです」


 予想以上の熱量が返ってきて、レーネはもじもじと顔を赤らめる。かわいい。


「でもそうですか。気に入ってもらえたのなら良かったです! では早速始めましょう」


 言うが早いか、レーネは俺のズボンを脱がし始めた。


「さあ、お召し物をお脱ぎになってください。それとも脱がして差し上げましょうか?」

「というかすでに脱がしている!? いや、本当に待って、ちょっとやめて!」


 ああもう、なんて言えばいいんだ?


 レーネは恐ろしい手際の速さで俺のシャツのボタンをもうすでに全部外していた。

 これは早々に説得せねば。


「レーネの外見は気に入っているよ。でも俺はまだお前の内面を知らない」


「それは今からじっくり知っていけばよろしいかと。これは主様との親睦を深めるためでもありますれば」


「いや、しかしだな……」


 パンツにまで手をかけたところで流石に不味いと思い、身を捩らせて抵抗を試みる。

 そうやってジタバタ抵抗していると、レーネが俺の上体をおさえるようにベッドに身を乗り出す。

 俺に馬乗りになったレーネは獲物を追い詰めた狩人のように目を細める。


「大丈夫です。私に全て委ねてくだされば、天井のシミを数えているうちに終わりますよ」

「あれ、レーネさん……? 暴走してない?」


「いえ、私は至って使命に忠実に動いていますよ。種の保存という大命を全うでき、主様に奉仕でき、かつ一気に親睦を深められる。まさに一石三鳥の計にございます!」


「や、俺もレーネのことをもっと知りたいと思っているし、仲良くなりたいと思っているよ。でもこの方法はなんか違うっていうか、もっと段階を刻もう?」


「? 理解しかねます。出会った時、あなた様の体液を私にくださったではありませんか。それと何が違うのですか?」


「いや、違うだろ。色々と、重みが」

「???(ぬぎぬぎ)」

「困り顔になりながら服を脱ぐんじゃない!」


 思わず顔を手で覆う。だが一瞬遅かった。

 レーネの下着姿が目に焼き付いてしまった。下着もアウトフィットと同じ黒だった。


「ああ、もう。このわからず屋!」


 だめだ、レーネ相手には常識に訴えかけるのはうまく行かない。

 彼女には理を持って説明せねば通じないのだ。考えろ!


 馬乗りにされて抵抗できないこの状況、何を持ち出せば脱せる?

 思考回路をフル回転させて、導き出したのは――。


「そういうのはここを無事に脱出できたらにしよ? ここじゃ子育てとかできないだろ?」

「………………!!」


 この説得が決定打となった。レーネも俺の言わんとする事を悟ったようで慌てて飛び退いた。

 貞操の危機という窮地は脱したらしい。

 ……いや、本当にこれで良かったのかはわからないし、なんなら後悔し始めているけど。


「私としたことがなんという浅慮、無遠慮、無礼! 主様のご意向を無視して暴走してしまうなど『月狩人』にあるまじき失態! なんとお詫びすれば……」


衣服を乱したまま三指を突いて平身低頭。嗜虐心が煽られる光景だが、可哀想なので責めない。


「いやまあ、そんなに自分を責めるなって……。お詫びとか全然要らないけど、なんでこんなことをしたんだ?」


「これより他に種の保存という使命を全うする方法が思い浮かばないのです。まして主様と仲を深める方法も……」

「…………」


 前者に関してはなんとも言えない。

 最下層に地下文明の遺跡が見つかることは稀にあるが、吸血種が見つかったなんて聞いたことがない。


 生き残りを探して保護するのは雨の日に月を見つけるくらい難しいだろう。

 ただ、後者に関して言えるのは――。


「レーネは難しく考え過ぎだ。成り行きとはいえ主従関係結んだんだから、俺たちはこれからも一蓮托生、お互いを知る機会なんていくらでもあるだろう?」


「私はただ主様と親密な関係になりたかっただけなのです」

「だからといって愛し合う関係はまだ先じゃないか……?」

「愛……?」


 レーネは呆気にとられる。その単語を自分の中で噛みしめるように反芻する。


「愛……私はその感情を知らない」


レーネはガクガクと震える自分の体を両腕で抱きしめる。


「怖いのです。万識たる私が知らない感情があるなど……。喜怒哀楽持っていても所詮は魔族のまがい物。人間の持つ美徳とは遠く理解できない概念なのです。『ああ、それはとても美しいものなのでしょう。素晴らしいものなのでしょう 知らば幸せ、ハッピーエンド行きの切符チケット、さあ皆で謳歌しましょう!』 ……しかしながら空なのですよ。私のレジストリにそのようなものは記録されていないのです」


「落ち着けよ。誰もお前のことを責めちゃいない」


「私が怖いのは……! 私は主様を愛したい! しかし、それがわからないことです。主様が私を愛そうとも私には応えられない! 主様が『愛せ』と言っても命令に応えられない! 私は主様のすべてを識ることができない? ひとえに『愛』が何かわからないがゆえに!」


「レーネ……」


「見苦しいところをお見せしてすみません。それでも私は主様を愛したいのです……」


「なんで見ず知らずの俺なんかを……」

「あなた様の苦しみを少しでも和らげたいからですよ」


 レーネが優しく微笑む。


「あなたの人生は苦痛に満ちています。蔑まれ裏切られ続けた挙げ句、一人この奈落まで堕ちてしまわれました。私は主様に奉仕する身として、主様の心に少しでも寄り添いたいのです。主様の痛みも苦しみも受け入れて差し上げたいのです」


 無償の献身――それは愛とは違うのだろう。だけどその思いやりは本物だ。

 彼女は人の美徳が分からないと言ったが、掴みかけているのではないだろうか?


「お辛かったでしょう、主様。もう大丈夫です。私に甘えてもいいですから」


 こんなにまっすぐに温かい気持ちを向けられたのはいつぶりだろうか?

 魔学生となってからは一瞬たりとも気を許すことができなかった。周りはすべて敵。


 隙を見せたら心が傷だらけになる。そんなふうにずっと張り詰めた気が弛緩する。

 ああ、そうか。俺が身を守るために纏った鎧は己を縛る茨の鎧だったのだ。

 安堵と疲労、レーネの温かさにつられ俺の意識は意識をまどろみの沼へと沈んでいった。

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