7話:吸血種
「どういうことだ? 吸血種なんておとぎ話の産物じゃないのか? だって人に近い魔物なんて!」
あるはずがない。そう断言したかったが、
「私の知る限りでは主様の知る神話とはヒトの歴史観でございましょう。数学も哲学も魔学も議論こそあれ考え方は共有され、事実も一つに集約されるもの。しかし歴史とは国や種族により一様でなく異なる史観のもと異なる事実が併存します。故に意を異にする歴史に優劣をつけるつもりはありませんが、僭越ながら、我が創造種の歴史観のほうがより現実――神の史観に則しているかと存じます」
レーネはそこまで言ってハッとして
「誤解なさらないでください、主様。私に主様や人類を貶める意図はございません」
と弁明する。
「その上で語弊を恐れずに言うなら吸血種こそがデミウルゴスの傑作――古代に地上で繁栄していた種族であり、創造神の創りし人間はその模倣でありました。模造品の私が言うのもおこがましいですが」
「………………???」
いかにも常識を根底から覆すような話である。到底理解の及ぶ範疇にない。
「そうですね。いきなりこんな話をされても主様も混乱するばかりですね。私の思慮不足です」
要領を得ない俺の様子を見たレーネは壊れた扉の向こう側に目配せする。
「では話の続きは施設の案内をしながらにしましょう。電力・魔導力ともに行き届いているようですので、いくつかの設備も生きているでしょう」
デンリョク?
さて、やはり知らない単語に首を傾げてしまう。
「すまんな、俺もレーネのように血を飲んで記憶を読めるのなら、理解が早かったんだがな」
「主様が謝る必要はありません。私は主様をサポートさせていただくことが存在意義でありますれば、主様に頼っていただけるのはむしろ嬉しゅうございます」
「お手を取りください」とレーネは俺に手を差し伸ばす。
「『百聞は一見にしかず』。実際に見てもらうのが一番手っ取り早いでしょう。私が案内させていただきます。ついてきてください」
俺はレーネに続いて歩いていく。
廊下の側は全面ガラス張りという贅沢な造りだが、所々破れており隙間風が肌を撫でる。
しかし、外に見える夜景――時間の概念が曖昧だが、見事なものだった。
「なあ、教えてくれないか? ここは一体どういう場所だったんだ?」
「人間の神話では地層は創造神の骸→デミウルゴスの骸→古代の地上となっているのでしたか」
「……そうだが、それが俺の質問となんのつながりがあるんだ?」
地下迷宮とはすなわちデミウルゴスの胎内を潜ることと同義だ。
だから迷宮は地下とは思えない奇妙な構造をしていることもよくある。
この地底の月のように最下層には古代文明の遺跡が眠っていることがある。
それらの事実はこの神話なら説明がつく。だから大陸人はみなこの神話の信徒だ。
「世界の成り立ちに関して、人と吸血種とで認識に大きな隔たりがあることをはっきりさせたかったのです。その上で吸血種の史観で語らせていただくことをご容赦ください」
「わかった、続けてくれ」
「地上が地底になったというのは独特で興味深い解釈です。しかし、吸血種の歴史によれば、神は大陸になれるほど巨大ではなかったそうです。吸血種は人類に圧迫されていき、神の争いに巻き込まれて文明を破壊された結果、生存圏を地上から地下へと潜行させたのです」
レーネが「御覧ください」とガラス張りの窓の外を指し示す。
吸い込まれそうなくらい間近に見える満月が眩しかった。
「その一つがここ地底の月でございます」
畏れて見上げよ、夜空に浮かぶあの月を。
「吸血種の地底での文明再建の試みはいくつか存じておりますが、なかでもここは真祖七血族の一つが根を下ろす一大居住地でした。疑似天体を浮かべることで、遍くを照らし、かつて地上に繁栄していた時代の秩序を取り戻すことに成功しました」
「吸血種の終の棲家というわけか」
「はい。しかしながらそれも長くは続きませんでした。地中に封印されたデミウルゴスの杯から魔物が溢れるようになると、ここでも生活圏を脅かされたのです」
「吸血種も魔物と起源を同じくするのではなかったか? デミウルゴスの眷属同士で争うのか?」
「人も獣を狩るでしょう? 同じにございます。魔物とはデミウルゴスの杯より生まれ出る無分別な獣。吸血種はかの神がご自身の手で創り上げた種にて、起源を異にするのです」
創造神によって切り開かれた偽神の頭蓋は、『デミウルゴスの杯』と呼ばれ、今もなお魔物の発生源となっている。そこは吸血種のほうでも共通しているようだ。
「吸血種と魔物の争いは日に日に激しくなっていきました。絶え間なくやってくる魔物相手に、個体数に劣る彼らは技術力で対抗していました」
そう言ってレーネはある部屋の前で立ち止まると、扉に手をかざす。
手からなにか魔法陣のようなものが出たかと思うと扉がひとりでに開いた。
部屋の中に入ると大きな機械が中央に鎮座しており、その脇に大小様々の機器が配線で繋がれ、壁には見たことない武器がいくつも立てかけられていた。
「そしてこれがまさに戦の屋台骨。魔物狩に必要なあらゆる武具を自動で精錬・強化する自動鍛冶機にございます。どうやらまだ稼働しているようですね」
「おお!」
なるほど、鍛冶を自動化していたのか。これは正しく俺が必要なものだった。
「主様が今もっとも欲しているものと推測いたしました」
レーネは俺の持つ柄の折れて短くなった魔杖を指した。
「ありがとう。すごく助かる」
「お褒めに預かり、恐悦至極にございます」
恭しいお辞儀を返す。愛いやつだ。
「早速、主様の魔杖を新しく造りましょう。使い方は私がレクチャーいたします。鉱石をお持ちですよね?」
「ああ、ここに来る途中一つだけな」
鉱石を機械の口に入れて、折れた魔杖を設計図に描いてこれまた機械に入れると、反対の口から新品の鋼鉄製と間違うくらい硬い魔杖が出来上がった。
もしかしたら街に鍛冶工房があるのではないかという直感を信じて正解だった。
しかし、これほど簡単に武器を作れて移動もあの魔導列車とやらで済むのなら、鉱石を大量に持って返って武器の錬成と強化を繰り返すということも可能だな。
「今回、シンプルなモノを造りましたので、素材がまだ余っているようですね。もう一つほど武器を作ることができそうです」
「レーネはなにかほしい武器はある?」
「私は主様をお守りする前衛を努めますので、湾刀をいただければ」
そうして俺たちの武器を揃えたがレア鉱石だけあって、いずれも強力な付与効果を持っており、一つ一つの効果だけで言うなら、上級冒険者の装備と謙遜ないレベルだ。
適当に選んでこれなら厳選したらどうなるのだろうか?
「これだけ高度な機械があるのなら強い武器なんて造り放題だろうに」
「いかに高度な技術を有す吸血種も、災厄といえるほどの数の魔物との戦いに疲弊は免れませんでした」
レーネはサーベルを撫でながら、その刃に映る己を見つめる。その顔はどこか悲しそうだった。
「そうして滅亡の危機に瀕してしまったときに、私が造られたのです。この地底から魔物をすべからく消し去り、種の安寧に貢献することを使命とし、持てる技術の全てを賭して造られた究極の人形。それこそが私『月狩人』にございます」
そう誇らしげに胸を張っていたが顔は悲しそうなままだった。
「結局私は間に合わず、地底の月において創造種は滅亡してしまったようですね」
「レーネ……?」
自嘲するレーネになんて声をかけようか。
「俺はレーネと出会えて良かったと思っている。一人では多分どこかで命果てていただろうからな」
結局、口をついて出たのは慰めにもならないつまらない言葉だった。
「主様……」
「そうですね。悲しいことばかりではございません。こうして主様に出会えたのですから」
「ああ、だから地底から二人で生還しよう。どこかに地上と繋がっている出口はあるよな?」
「このエリアにおいて地上へと直接繋がっているのは、あちらに見える月の中核にある転移魔法陣のみとなっております」
やはりというか予想通りではある。
「しかし、油断なさらぬように、主様。月は現在、強力な魔物に占拠されています。かつて吸血種も最大戦力を投入しましたが駆除に失敗しております。私が造られる直接の原因でもあります」
窓の外の月に手のひらをかざす。煌々と輝く月のデコボコした表面に、動く小さな点が見えた。
それは走る獣のような姿――恐らくは魔物だろう。
「でもレーネはそいつらを駆除するために造られたんだろ? なら倒せるんじゃないか?」
「当時よりも強大になっている可能性が高いかと……。残念ながら今の私達では突破は困難かと思われます」
「確かにレーネはいいが俺が足を引っ張りかねないな。これは一筋縄ではいかないな」
「ですので私達もレベリングして装備を整えることを提案します」
「随分と気長なプランだが、確実を期していきたいのは確かだ。その提案を採用しよう。となると研究所を拠点にする感じか」
「ご安心ください。ここは厨房も休憩室も完備しております」
「おお、流石だな! ありがとう、レーネ」
「ここは私の生まれ故郷、勝手見知ったる我が家を紹介したまでです。ですが……やはり主様から感謝されるというのは嬉しいものですね」
照れるレーネだったが、すぐに「ではご案内しますね」と再び先導する。その声はどこか嬉しそうだった。
彼女は自分が人類とは違うこと、人形であることを強調するが、これだけ自然な感情表現ができる人形などいるだろうか?
俺はレーネの誘うままに導かれているが、まだ彼女のことをよく知らない。
感情があるのかも、その戦闘能力も。
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