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5話:出会い

『終点・ラボラトリー駅、ラボラトリー駅――』

 

 アナウンスに起こされる。

 乗車口が開いて、その外は明かりの灯る構造物へと続いている。

 車両の外に出ると月に近づいたからか、一際眩しい光に目を細める。

 ある程度目が慣れてくるとそこには見渡す限り鐘塔の如き高い建物が立ち並んでいた。

 

 真上には表面のクレーターがはっきり見えるほど間近に迫った月があり、まるでかの天体の引力により街全体が上へ上へと引き伸ばされたかのようだ。

 だが地底の月までたどり着けるのは中央にそびえる巨塔のみのようだ。

 プラットフォームから街へと降りても、カツンカツンと石畳を叩く自分の靴跡が響くのみ。


「ここはどこであろうと、俺は孤独――だがいつものことじゃなかったか?」


 学園にいた頃からずっと独りでいた。

 故に今更誰もいない穴蔵に落ちたとてそれを実感することなどないと思っていた。

 真に社会と切り離され、昼夜のない世界にぽつんと独り取り残されるというのは、やはり精神的に堪えるものがある。


「俺は……独り」


 街に人の気配はなく、どの建物もところどころ崩れており、廃墟となって久しいことがうかがえる。


 都市の中心までまだ遠く、俺の今いる場所は街の外郭なのだとわかる。


 そして、手前に目を向けると明かりの灯る施設があった。


 入り口には『研究所ラボラトリー』と書かれたプレートがある。

 中央にある巨塔まで進むより、この施設を調べるべきだと直感が告げている。


 いや、ただ単に好奇心に動かされているだけなのかも知れない。

 学生として、古代文明の研究というものに興味を惹かれない訳がない。


 このエリアに関する手がかりが見つかる可能性も高い。

  俺はそう結論づけると研究所内へと入っていく。


 未知の材質で作られた建物の中は照明がついており、古代文明の技術力の高さがわかる。


 エントランスの更に奥へと進んでいく。

 施設内には古代文明の機械が至るところに朽ちていた。


 研究室や実験室の類と推測できる部屋もあれば、全く用途の分からない部屋もいくつかある。

 所々に破壊の跡もあり、この施設の最期がどんなものだったのか想像を掻き立てる。


 一応魔物の警戒はしているが、今のところ魔力の気配はない。

 やたら広い間取りなのに無人だと、寂しさを覚える。

 はるか昔にはここも活気づいていたのだろうか?


 やはり怖いものだった。家族にも世界の誰にも知られずに冥府のような地下迷宮で一人きりなど。


 孤独とは病毒、自分がそれに罹患していると自覚するたびに、少しずつ蝕みやがて心臓が腐り落とす。そんな緩慢な恐怖のことだ。


 学園生活でついに一人も友達を作ることなく、同級生と会話することなく卒業しようとしていた俺が人恋しいだなんて冗談もいいところだ。


 ああ、だけど――。


「誰でもいい。話し相手がほしい……。独りは、嫌だ……!」


 そんなことに思い馳せていると施設の奥の方まで来ていた。


 厳重に閉じられていたであろう扉と戦闘用機械オートマトンが無惨にも粉々になっており、その先の部屋まで遮るものは何もない。


 未知なる予感を胸に部屋の中へと踏み込んでいく。


「…………」


 思わず息を呑んだ。部屋の奥にぽつんと一つ機械仕掛けの椅子があり、その椅子に少女が眠るように座っていた。


 椅子に佇んでいたのは少女だった。


 スラリと細いウェスト、肩まで届く黒髪、人形のように整った顔立ち、雪のように白い肌、女性的なメリハリもきちんとある。


 胸元にフリルをあしらった白シャツの上には肩を覆う暗紫色のショールに胸元の空いた黒ベスト、ショールと同じ色のスカートの先に黒タイツにラップされた長く艶やかな脚が伸びていた。


 スレンダーな体型にピッタリとフィットしていることもあって、身なりの良い貴族のような落ち着いた印象を受ける、黒を基調とした上品な衣装だ。


 完成された芸術品だ。海の向こうから舶来する白亜の陶磁器のような、宗教画の一場面のような、彼女にはそんななんとも言えぬオーラがある。彼女のそばには石碑があり、記されていた。


月狩人アルテミス】――それが彼女の正体なのだろう。


 美術館に飾られる絵画を説明するプレートと同じで、彼女を物としての価値の証明なのだろう。


 彼女が何者かはわからない。

 生きているのか死んでいるのかさえ。


 だが、文明の滅びたこの場所で永遠に思える時間、孤独であったということだ。


「同じだな、俺と」


 目の前の眠れる少女に同情が湧いたからか石碑の続きを読む。


『【月狩人アルテミス

 概要:地底の月から魔物を殲滅し、種の生存に寄与することを目的に作られた固有職ユニーククラス。主人の命を遵守し、種として守る血の生き人形。

 起動方法:血と名前と靴を与えることでその主人に絶対遵守する。

      血は主従の繋がり、名前は物二人格を定義する現世との魂の繋がり、靴は大地へ立つことを象徴する物理的な繋がりである。

 

 運用法:我が種に限りなく近づけたオーダーメイドであり、人形だが受肉させたものであるため、一般的な機械人形のそれとは大きく異なる。

     主人からの定期的な血液供給を必要とする。日光への耐性を有し……』


 それ以降も文章はかすれて読めなくなっていた。

 要は彼女は人形でこれはその仕様書のようなものだ。

 錬金術師の研究している魔法生物や人造人間に近いものなのだろう。


「俺も地底の月の重力にやられたかな……。孤独に押しつぶされそうだ」


 寂しさか、同情か、好奇心か……。

 

 気づけば俺は物言わぬ人形に向かってここまで生い立ちを語っていた。

 話しながら俺は短剣の先端を自分の人差し指に軽く当てると、ぷっくりと血の玉が浮かぶ。

 

 彼女の淡いピンク色の唇を紅くなった指先でなぞり、真紅に染める。

 唇に潤いはないが人間らしい弾力があった。

 

 彼女の座る椅子の傍らに並べられた革の長靴を、指先がハスの花弁のようにきれいに整った足に履かせる。

 黒タイツに内包される生足に想像を掻き立てられる。


 そして――。


 名前を呼ぶ。


「レーネ」


 とは俺の下宿先のある通りの名だ。


 あまり捻りがないが、名付け親になどなったこともないし、残念ながら一介の魔学生ゆえ、名前に大仰な由来を用意できるほどの教養がない。

 これよりほか思い浮かぶものもなかった。


「お前の名前はレーネだ。安直な名前で許してくれ。浅学な俺にはお前の美しさにふさわしい名前を思いつかなったんだ」


 眉一つ動かさぬ人形に聞いているかもわからない弁明をする。

 必要な手順はすべて踏んだはずだ。

 石碑通りであれば人形は現世とつながり、使命を帯びることで動き出すだろう。

 動かねば神秘の名折れだ。


「だから目を覚ましておくれ。話し相手になっておくれ。ずっと側にいておくれ」


 そら、今に動き出すぞ。ほら、今にこの瞼が開いて――。


「なんてな、お遊びもいいところだ」


 いくら精巧な人形だからって動くことに期待するのは馬鹿らしい。

 大方、時が経ちすぎて動く以前に壊れたか、はたまた手順が間違っていただけかも知れないが、そのようなものに期待するほど絶望しちゃいない。

 

 そう踵を返す。

 その時だった――。


「はい、レーネはここに」


 背後の声に背筋が凍る。

 震える心は恐怖とは違う。驚嘆と歓喜を内包し、氷を溶かすような熱を帯びている。

 振り返った先には、この世のものとは思えないほどの美少女が立っていた。


 ――これが俺とレーネの出会いだった。

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