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3話:迷宮最深部の魔物

 神話に謳われる古龍がえぐり取ったかのような広大な鍾乳洞の中心には、まばゆく輝く巨大な球体が浮かんでいた。

 このエリアはかなりの奥行きのようで、見上げてみても天盤は闇の中に消えて底知れず、だがその闇の中にもポツポツと光り輝く点がちらほら見える。恐らくは岩盤についた鉱石の輝きなのだろう。

それがまるで星々の輝きのようで宇宙ネビュラを思わせる。


 周りが明るいのは偽物の月がこの地底を遍く照らしているからだろう。

 視線を並行に戻して遠方に月へと垂直に伸びる塔と、それを中心に廃墟の街が広がっていた。

 こんな階層は前代未聞だ。


 そういえば俺を捨て駒にした冒険者パーティクズの誰かが言っていたな。


『ベルホフには隠された階層が存在する』


 まさかここがそうだとは……。


 最大の窮地は脱したが、問題は脱出方法だ。

 現状の把握はままならないが、仮にこの階層を『地底の月』と名付けよう。

 かなりの広さで俺がいるのは隅の方、目指すべきはあの煌々と輝く月――そこへつながる塔のある街だろう。


 地形を記憶したら塔の方向へ歩き出す。

 ――ゴロッ。


「む?」


 何かがつま先に当たる。足元を見ると、白茶けた赤に光る鉱石が岩床から顔を出していた。


「これは、レア鉱石じゃないか!」


 冒険者として日は浅いがこの珍しい色をした岩がレア鉱石なことはわかる。


腐敗せよコラプト


 周りの岩盤を腐敗させ、鉱石を掘り出す。

 鑑定――(冒険者が最初にレクチャーされる必須スキル)で鑑定する。鉱石の場合、取引価格だけでなく、武器の強化・錬成に使った場合の潜在的な強化効果まで鑑定される。


 尤もそれを活用するのはよほどの武芸者か危険な迷宮に挑む上級者だけで、大半の冒険者はもっぱら生活のために売り払うだけなのだが……。

 鑑定してみると確かに相当な値になることがわかった。


 見れば周囲の岩にも色とりどりのレア鉱石が埋まっており、宝の山だった。


「持ち帰れたら金持ちになれるな……」


 今は生還することが先だ。億万長者の夢を諦めて先へ進むことにしたのだった。

 




「魔力の気配……!」


 暫く進むと感じ取った。魔物だ。それもとびきり強そうな。

 今の俺のレベルでは勝てる見込みは薄い。ここは全速力で逃げるか?

 などと考えていると――。


 ――ズシンッ!!


 大きな振動が地面を揺らす。

 むくりと、先程まで岩だったものが動き出す。


 鈍く鋭く濁った赤黒い2つの輝き、それが次第に輪郭を持つ。獣の顔だった。立ち上がると軽く10mをこす巨大な熊のような魔物だ。


 一見すると毛むくじゃらだが、カニの甲羅のように岩を身にまとっており、その間から体毛が出ているのだ。


 俺は冒険者として教わった基礎を反射的に実践する。

 すなわち「初めて遭遇する魔物は必ず鑑定すること」だ。初めて聞いたときはそんな悠長なことしていられるかと思った。


 冒険者協会はデータがほしいだけなのではないかとすら思った。

 だがこうして明らかな力の差のある相手に実践して理解した。


 調子に乗った冒険者に絶望を再確認させて、退くことを覚えさせるためだったのだなと――。

 装岩獣ロックアーマードビースト、レベル75近くあり、ありとあらゆる攻撃への耐性を持った強敵だ。


「グオオォォォ!!!」


 そいつは俺を見据えて雄叫びを上げる。腹をすかせ血に乾く獣の匂いをさせて、岩でできた2つの足で迫る。


 その威容に恐怖する。

 一歩近づく度にゴロゴロと岩の打ち付け合う音に恐怖する。


 俺は為す術もなく捕食されるだけという事実を理解して恐怖する。

 頭で解した絶望、本能に訴える絶望……それが喉元に突きつけられた交差する刃のように心胆寒からしめる。


 ……落ち着けクレオ・ルージュ!


 恐怖は敵――呑まれればそれしか考えられなくなる。


 そうだ、だから考えろ!

 ここから生き残る道程を考えろ!


 論理ロジックが正しい解を導いてくれる。


「チッ! やるしかないか! 『頑強な肉体とて病苦に蝕まれればいずれ朽ちぬ』。毒に侵されよポイズナイズ!」


 距離の空いているうちに詠唱し、毒化をかける。相手は未だ苦しむ様子はないが魔法が効いた手応えを感じた。


 この絶望的な状況下で唯一救いになりそうな情報がある。

 レベル・ステータスこそ圧倒的だが弱体化・状態異常へのレジストが非常に弱いのだ。特に耐毒・耐出血はほぼ皆無。物理防御に特化したようなステータスで、レベル差によるマイナス補正があってもこちらの魔法が通りやすいということだ。


 そして相手の動きは幸いにも遅い。ならば――。


「『光奪いし闇色に染まり、その双眸は導きを失う』。盲目たれブラインド!」


 俺を捉えて離さなかった装岩獣の鈍く光る赤目が漆黒に染まる。もはや俺がどこにいるのかわかるまい。


 岩をまとった腕による苦し紛れの薙ぎ払い――直撃すれば即死。しかし、俺の目の前で風を切るだけだった。


「ハッ! 惜しいな! 目が見えなきゃ木偶の坊だな!」


 俺は見当違いの方向を攻撃する装岩獣から距離を取り、岩陰に隠れながら魔杖を番え、詠唱する。


「『惑い戸惑い迷へども、すべては夢幻』。幻惑せよイリュージョン・トリック!」


 わけもわからないといったふうに錯乱した装岩獣は闇雲に周りの岩を壊して回る。飛び散った岩がぶつからないかヒヤヒヤしたものだが、勝利を確信する。

 盲目化と幻覚によって方向感覚も失い、とうとう地面に倒れのたうち回っている始末だ。


 あとは毒化を重ねがけしていけば割合スリップダメージで削り殺せるだろう――。

 などと皮算用していると――。


「なんだ……?」


 それまで駄々をこねる子供のようにジタバタと岩床を叩いていた装岩獣が動きをピタリと止めた。

 そうかと思うと、その身にまとっていた岩の一部を剥がし、その内側の赤々とした肉を露出させ、剥がした岩をそこに突き刺した。


「ゴアアアァァァァ!!!」


 巨獣の苦悶の叫び。


「まさか、痛みによって幻惑を打ち消したっていうのか……!?」


 認識が甘かった。こいつを倒そうなんて考えず、盲目化をかけた時点で一目散に逃げるべきだったのだ。


 獣の本能で俺を捉えたのか、血をボタボタと流しながら四つの足で迫りくる。


「停滞せよ!」


 続けざまに魔法をかけていく。しかし、焦りが術に出たか、相手の動きは一向に減速せず、接近を許してしまう。


「うおっ!?」


 獣の前足が俺の隠れる岩を砕く。衝撃で後ろに吹き飛ばされ、魔杖も折られてしまう。


 絶体絶命――。


 倒れ伏す俺の目の前に獣が立つ。血で濡れた体毛を月光に輝かせながら、血なまぐさい口から牙を覗かす。

 血の匂いは死の匂いだ。俺はこの神秘に満ちた地底で、誰にも知られぬまま魔物の餌食となる。


 そんな結末も悪くないかも知れないとほんの少し思ってきたところで、異変――。

 眼の前の巨獣が力尽きたように倒れ伏したのだ。


「助かった……のか?」


 折れた魔杖でつついても反応がないところから完全に無力化できたようだ。

 どうやら毒に加えて出血のダブルパンチが効いたらしい。毒だけだと更に時間がかかっていたところだ。出血耐性がないとこうもあっけなく消耗するとは……


 そのおかげでこうして圧倒的なレベルを持つ魔物を最終的に倒せた。

 格上相手にひたすら弱体化かけて一撃離脱ヒットアンドアウェイ――この必勝法こそまさに俺の求めてきた理論の大成ではないか。


「ハハッ、やっぱり割合ダメージ強いだろ」


 デバッファーとしての魔術系統をロクに見向きもせずにバカにしてきた奴らにも見せてやりたいものだ。


 とはいえ今回はやたら耐性のない魔物だったというはあるし、魔杖も折れてしまった。なくても魔法を使えないことはないが、精度も効率も落ちてしまい結局戦力にならない。


 次からはもっと慎重に動かねばならない。弱体化による安全の確保を前提として毒を重ねがけしながら逃げ回ることを意識したほうが良さそうだ。幸いこの地底の月エリアは広いため、この戦法はかなり有効だろう。


「おっと、そうだ」


 俺は冒険者用の短剣ショートソードを抜くと血だらけになって横たえる巨獣の魔物を解体していく。

魔物を解体してアイテムを収集する――冒険者という生業ならば誰もが通る道だ。『それが一番の収入源だから』というのもあるが――。

 今の俺のように迷宮を遭難することもある。その場合、魔物の肉を食らって飢えを凌ぐこともあるという。




 まさか、俺がそんなことをする羽目になるなんて思いもしなかったが……。


 大抵の魔物が食用に適さないという話だが……、この装岩獣という魔物は外側は岩を纏って擬態しているが、肉を切っていくと中身は赤い臓物だった。

 この分ならちょっとまずい獣肉程度で食べられそうだ……と思ったがやはりためらわれた。

 生肉に食欲をそそられるほど飢えが限界ではないし、かといって火があるわけでもない。


「火魔法の一つでも覚えられればなぁ」


 岩を纏っているだけあってレア鉱石がたくさん収集できたが、やはり持っていくのはためらわれた。いらん欲をかいて死んだ冒険者の話は後が絶えない。

 よく血を抜いた肉を一片、そしてレア鉱石を一つだけを袋に詰めてその場を立ち去るのだった。

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