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22話:ムンドゥスくん、発進!

 その威容に観客席から歓声が巻き起こる。

 

 ムンドゥスは生徒たちの魔法練習用の標的として作られた、ダイヤモンド合金製のゴーレムだ。

 10メートルを超す巨体に、どんなに魔法を打ち込まれても耐えて、すぐに回復する強靭さを持つ。

 魔法生物が暴走した際の鎮圧にも投入されるので、戦闘力も高い。

 

 そのガッシリした体型に比して、ちんまりした頭部とやっつけ感漂う小さな1つ目の可愛らしい顔から、生徒たちに『ムンドゥスくん』と親しまれるくらい人気だ。

 

 ムンドゥスがデモンストレーションとして、レーネの倒したゴーレムの残骸を握り潰して見せると、スタンディングオベーションである。

 

「一応、確認ですけど、ムンドゥスくん(これ)で最後ですよね?」

 

 試験でムンドゥスを倒せなど、前代未聞――それもそうだろう。

 ダイヤモンド合金でできた超回復ゴーレムの破壊など、不可能なことだからだ。

 これは事実上の門前払い。

 会場はすでに、俺たちを憐れむムードだ。

 

「試験を判定するのはこの教頭わたしですよ。私語は慎みなさい!」

 

 俺は教頭を無視して話を続ける。

 

「ほら、授業に使う分の魔法生物は残しておかないと、バーウィックの生徒全員に迷惑かけちゃうじゃないですか? ましてムンドゥスくんは替えが効かない。それを試験で破壊しちゃってもいいんでしょうかね?」

 

 生徒たちからドッと笑い出す。

 俺が勝てる前提で話を進めているのが、おかしいらしい。


 俺としては、非常に高価で貴重な、このダイヤモンド合金製ゴーレムを破壊するのは忍びない。

 損害賠償だけで、裕福な貴族だろうと家が潰れるという噂もある。

 それを試験程度で破壊されるのは、学園としてかなりの痛手のはずである。


 つまり、ここにいる生徒も教師も破壊されるとは露ほど思っていないのだ。

 

「強がりは見苦しいですよ。ブラフに使う強がりは特に、ね。あなたはだから、ムンドゥスと戦いたくないと言いたいんでしょう?」

「いえ、戦う分には構わないんですけどね。ただ、この場でムンドゥスくん(あれ)を壊したときの、弁償とか心配でして。そういうのはないですよね、学長?」

 

「…………」

 

 観客席がさらなる爆笑に包まれる中、学長は俺に視線を向けたまま、何も語らない。

 それは黙認だった。

 

「ククク、弁償なんてそんなこと、言いませんよ。それにムンドゥス以外に、魔法生物はいません。

 これを倒す以外に、認められませんね!」

「何を認めるのか、はっきりしていただきたい」

 

 またまた大爆笑。

 俺はさながら、道化師である。

 

「ふん……! どうせ、あなた方は潰されて終わりだというのに、往生際の悪いことですね! ええ、復学なり入学なり認めてやりますよ! 倒せるものなら、ですがね!」

 

 そうしてムンドゥスが動き出す。

 ダイヤモンド合金製という、バーウィックの技術の結晶ともあって、先程までの魔法生物とは桁違いの硬さだ。

 流石のレーネも手こずっている。

 

「ほう、教頭がバフを掛けているようだな」

 

 あの教頭らしいやり口だ。

 レーネが物理特化と見るや、防御力を増しているのだろう。

 

「俺がやる。レーネは一旦下がっていてくれ。手出し無用だ」

「感謝します、主様」

 

 こればかりは相性差だ。

 確かに血を流さない相手には、レーネ単騎は厳しい。

 

「さて、どう調理してやろうか?」

 

 俺が数秒前までいた地面を、ムンドゥスの巨腕がえぐる。

 叩きつけ一つでコレだ。

 

「ではその矛も盾も奪う。『衰弱せよニグレド』」

「なにかデバフを掛けたようだが、無駄だ! ダイヤモンド合金だぞ。傷ひとつつけられるものか!」

 

 教頭の言うことも尤もだ。

 標的用にデザインされたこのゴーレムは、魔法への耐性こそ低く設定されているが、物理的な攻撃を悉く防ぐ防御力と、魔法でダメージを受けようとすぐ元通りになる回復力、そしてその剛体から繰り出される攻撃力のいずれをとっても非常に強力である。


 だから俺は次の攻撃を、敢えて受ける。

 

「主様!」

「フヒッ! イヒヒ! 顔面に命中するぞォ! 所詮はデバフなんてそんな付け焼き刃ァァ!! 評価に値しないゴミなんだよォォォォ!!!」

 

 教頭が絶叫しながら、ガッツポーズする。

 観客たちも色めき立つ。

 

 俺は粉砕、彼らは喝采――。

 

 そんな光景は一切合切、存在しなかった。

 

「なっ…………」

 

「今の一発はなんだい、ムンドゥスくん?」

「何だとォォォォォォ!!!?」

 

 驚き、どよめき、阿鼻叫喚。

 観客席は混乱の極みとなっていた。

 彼らの目の前で、俺は全身を複雑骨折しているであろう拳を食らって、傷ひとつなく佇む。

 

「主様、いくら攻撃力が下限近いとはいえ、躱せるなら躱すことをオススメしますよ。ほら、お顔がちょっと汚れていますよ」

「大丈夫、大丈夫。かすり傷一つついていないだろ? レーネはまだ攻撃しないで俺に任せてほしい」

「承知しました」

 

 俺が掛けた魔法『衰弱』は攻撃力と防御力を低下させる効果が、重複してかかるようにしてあるオリジナルの魔法だ。

 何層にも重なったデバフが時間経過とともに蓄積され、最終的には攻撃も防御も最低値(1)になるのだ。

 

「攻撃力が最低値になっただとォ!? 3分前にたった一回しか唱えていないだろォがァ! しかも私のバフもあったはずだ! それすらも凌駕したとでも言うのかァァァァ!!!」

「どうした、どんどん打ち込めよ? 俺はここを動かないからさ」

 

 強打・連打――それがどうしたと言わんがばかりに俺はピンピンしている。

 ムンドゥスも業を煮やしてついには踏みつけ、果てはボディプレスを仕掛けてきた。

 10メートルの巨大な影が頭上から迫る。

 

 ドォォォン!

 轟音と土煙。

 観衆の見守る中、ムンドゥスが起き上がると――。

 

「おお、すごい。地面にめり込んだ! やるな、ムンドゥスくん!」

「バカな!? 10トンの質量の暴力ボディプレスだぞ! 何故生きていられる!?」

 

 後には地面にくっきり巨大なゴーレムの大の字と、ヒト一人分の縦穴。

 

 さて、攻撃力がこの程度ということは、おそらくもう防御力も下限に達しているだろう。

 

「ふうむ、攻撃力を限りなく減らしたらどうなるか十分検証したから、今度は防御力だな」

 

 制服の裾をめくり、ファイティングポーズを取る。

 

「ま、まさか、殴る気か……!? あいつはバカか! いくら攻撃力とか防御力とか下げようと、バフ込みで防御力カンストだぞ! パンチなんて効くわけ――」

「ていっ」

 

 俺は肥えた豚のように鈍くなったムンドゥスの脚部を素手で殴る。

 

「…………は?」

 

 ダイヤモンド合金の脚にヒビが入る。

 

「お、ヒビ入ってる。

 このまま殴り続けたら壊せそうだけど、流石に手が痛くなるな。レーネ、任せた!」

 

 レーネが刀を一振り、脚はボロボロと崩れた。

 結果、動揺。

 

「あり得ぬ、許せぬ、断じて認めぬゥゥゥ!!! ムンドゥスが……破壊されるなど……そんなことが……」

「教頭、学長、それから生徒のみんなも、見ていってくれ。これから俺たちが、金貨5000枚以上かかるゴーレムを破壊するところを、さ」

「あ……、やめよ! ちょっと待て! 待つのだ、ルージュ学生!」

 

 学長までもが狼狽していた。

 

「おや、どうしたんですか、学長? もう教頭から言質は取りましたよ? 『ムンドゥスを倒すことが合格条件』、『試験中に破壊しても弁償の責任はない』、そうですよね?」

「いや、それは……知らん! 教頭が勝手に言っただけだ! わしは破壊を許可すると一言も言っていないぞ!」

 

「学長!?」

「う~ん、そうですか。でも今回の試験監督は教頭ですし? 後から合格条件を満たしていないとか言われるのも面倒ですし? 破壊しますね」

「やめ――」

 

「やれ、レーネ」

 

 グボシャァ!

 レーネがきれいさっぱり粉砕する。

 

「がっ……ああァァ……ぐわあああァァァァ!!!」

 

 教頭は頭をかきむしりながら、泡を吐いて卒倒した。

 

「オロロロロォォォォォォ……」

 

 学長は全身から力が抜けてうなだれる。

 

「なんてことしやがる!」「ふざけんな!」「学校に戻ってくんな!」

 観客席はガヤガヤと驚嘆に包まれているが、一方で罵詈雑言飛ばすにとどまらず、卵を投げつけてくる連中もいた。

 俺は軽く詠唱して杖を振るう。

 するとどうだろう。

 

 卵が当たろうが痛くない。

 そして、卵が割れることはなかった。

 それはもはや卵でなくフニャフニャと、スポンジのように弾力を持ってるだけの、柔らかなボールとなっていた。

 

「卵を入れるバスケットを用意しておけばよかったですね、主様。どうやら観客の皆様は勝者への施しに余念のない紳士淑女のようですので」

「これが称賛に聞こえるか?」

 

 耳をすませば、罵声、怒号、そして驚怖。

 そこに俺たちを称える声はなかった。

 

「闘技場で勝者を称えないことなどありますか? であれば、この言葉すべて即ち、称賛でしょう」

「ハハッ、違いない」

 

 平民出身の落ちこぼれが、使えない魔法で誰も倒したことのない学園最強のゴーレムを破壊したのだから。

 

「どういうことだ!? 何で卵が割れないんだよ!!?」

「ぶつかる小物体すべてに自動で『軟化ソフテン』が掛けられる術式ですね」

 

 レーネが俺に耳打ちする。

 

「地底の月では投石をしてくる猿型の魔物によく悩まされたからな。あのときに開発した術式がまた役に立ったと喜ぶべきかな」

 

 ただ、いくら卵が柔らかくなろうと、掛けられる言葉までは柔らかくできない。

 生徒たちの俺への態度が柔らかくなるわけではないからだ。

 こればかりは魔法でどうもならない。

 

「これは、敵を作りすぎたかな……」

 

 そうして、俺の復学初日は終わった。


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