21話:復学試験はコロシアムの中で
試験会場――闘技場。
ここは大規模な魔法の行使が許される場所だ。
実技試験の他、生徒同士の決闘に使われたりする。
その性質上、この世のあらゆる娯楽コンテンツを消費して退屈しているであろう貴族の生徒たちに、飽くなきエンターテイメントを提供する場所でもある。
今回は卒業を間近に落第した落ちこぼれが、1年ぶりに帰ってきたと思ったら、謎の美少女を従者として連れているという話題沸騰中のカード。
その試験を見に野次馬が押し寄せ、新学期早々で授業が少ないこともあってか、あっという間に観客席が埋まる。
彼らは売り子から買ったじゃがいものチップスだとか、炒って膨らませたトウモロコシの実だとかをつまみながら、敗者に容赦なく投げつける用の生卵もこれまた売り子から買っていた。
どうやら今日は卵の売れ行きがいいらしい。
嫌われたものである。
「悪趣味な娯楽もあったものです。彼らは私達を狩猟場の兎か何かと思っているのでしょうね? 自分たちは石をぶつけても牙をむかれることはないと、そう信じられることのなんと幸せなことでしょう」
闘技場の真ん中で、レーネは観客たちを見回して、心底呆れたようなため息をつく。
「何、麗しの学び舎に戻れるんだ。大衆に消費されるコンテンツにもなってやるさ。レーネにも付き合わせてしまって悪いな」
「いえ、どんなことであれ、主様のお役に立てるなら光栄です」
ここは貴族どもが見世物を嗤う習慣の残滓だ。
ほとほと悪趣味というのは同意だが、郷に入らねばならんのも事実。
これまでも奴らの悪趣味に耐えてきたのだ。
これくらいなんてことはない。
「とはいえ、一から十まで彼らの流儀に合わせることもありません。娯楽に飢えているのでしょう? 兎と思っていたものが獅子だなんて、そんなサプライズもいい刺激になりましょう」
「お、早速エンターテイナーの自覚が芽生えたか。いい心がけだ、レーネ」
「え~、静粛に! 静粛に!」
教頭が闘技場の司会席からアナウンスする。
無理して大声出すもんだから、金切り声だ。
「これより、本校6年クレオ・ルージュの復学と、その従者レーネの入学をかけた試験を行う。試験内容は――」
教頭が指をパチンと鳴らす。
闘技場の奥の扉が開き、キマイラにゴーレム、錬金スライム、使い魔として使役されたカラス、使役魔犬といった魔法生物・錬金生物の類が闘技場に姿を表す。
「合格条件はここにいる魔法生物の殲滅、それだけです」
「シンプルでしょう?」と言わんがばかり、実際その程度でいいのかと呆気にとられてしまった。
しかし、外野はざわめいている。
教頭の隣に座る学長はつまらなそうに頬杖を付きながら、こちらを値踏みするように見ている。
「ただし、受験生が戦闘不能になるまで試験は継続され、試験中の棄権は一切認められません」
これが意味するところは、獰猛な魔法生物たちに蹂躙され命乞いする姿を、衆目に晒せと、敗者をいたぶる恣意的な暴力だ。
ニチャァと粘ついた沈黙が一瞬を支配する。
観客の唾を飲み込む音が聞こえるようだ。
次の瞬間には観客席は興奮、熱狂に包まれる。
教頭もただでさえ深いシワを歪めて、気持ち悪いぐらいにニタニタしている。
観客たちは俺たちがボロボロに噛みちぎられ、踏み潰される姿しか想像できないのだろう。
「狩人は獲物を追い詰める快感に酔いしれこそすれ、狼に囲まれた兎を見て興奮するのは理解できませんね」
レーネは、「一体この催しのどこが嗜虐心をくすぐるのですか?」と疑問を浮かべる。それもそうだろう。
彼らと俺たちとで見えている未来が違うのだ。
獲物はあっち、捕食者はこっち。
そこらへんを履き違えていては、オッズの高い方へ賭けて負けるのもやむなし。
大損して不運を嘆こうが、右へ倣えと自明という名の罠に掛かった自業自得。
「受験生諸君はこれでよろしいですか?」
嫌味な本心が漏れ聞こえそうなほど、嬉しそうな声音だ。
「問題ないです。ぜひ始めてください」
どうせ異議を唱えても、復学を取り消されるだけだ。
もとより選択肢にない。
「それでは、試験開始!」
合図とともに魔法生物を操る鐘を鳴らされ、大歓声の中、十数体の生物が一斉に迫る。
「レーネ、手はず通りに行く。前に出て敵を屠ってやれ。全部お前に一任する」
「かしこまりました。主様は後ろで見ていてください」
この程度の敵を倒すことくらい、レーネなら一人でも余裕だろう。
俺はその間に、多重に魔法詠唱を進めつつ、罠がないか警戒する。
あの教頭のことだ。
何かしら小細工を用意していてもおかしくない。
前へ躍り出て魔法生物に囲まれるレーネは、その状態から抜刀とともに次々と魔法生物切り刻んでいく。
「牙には牙を、岩を纏いし魔物を捕食する月狼に、噛み砕けぬものはありません。月狼は群れることなく、されど影と群れなすものにございます。吸血種式抜刀術奥義『月狼の狩り』」
レーネは拳を振り下ろすゴーレムを、その拳ごと刀で粉砕していく。
「魔法にて繋ぎ止められた土器よ、砕けて後は、もとの土塊に帰りなさい」
対ゴーレムはコア破壊と相場が決まっているのだが、彼女はそんなことを無視してバラバラに切り刻み、ゴーレムを土に還していく。
あっという間に闘技場にいた魔法生物をすべて倒してしまった。
「教頭先生、俺たち魔法生物を倒しましたよ? これで試験は合格ですよね?」
「ぐ……、いや、まだです! まだ試験は終わっていませんよ! 言ったでしょう? 『ここにいる魔法生物すべて倒したら』と」
そう言って教頭は、試験開始直前に魔法生物の扉をあけた時同じように、パチンと指を鳴らす。
しかし、何も起こらない。
数秒おいて何度も指を鳴らすも、やはり何も起こらず、彼の表情は焦燥の色が濃くなっていく。
「ははぁ。もしかして俺の後ろに隠された仕掛け扉の裏に待機している、使役魔犬を呼んでらっしゃる?」
「なっ!? まさか気づいて……!?」
「使役魔犬なら今スヤスヤですよ。一応、彼らも学園の備品なわけで、無闇に殺生したくないですからね。
この闘技場に姿を見せない限り、『殲滅』の対象じゃないですし? まさか教頭が、合図とともに後ろから俺を襲わせるなんて卑怯なマネ、するわけないですし?」
「まさか試験開始前に睡眠薬でも盛っていたのか……!?」
「睡眠薬? そんなもの用意している訳ないじゃないですか」
「じゃあなぜ出てこない!? お前は何をしたんだ!?」
その問いには答えずに、正解を言う。
「『睡眠』という状態異常をかける魔法をご存知ですか?」
「バ、バカな……! あんなカスみたいな魔法が……!?」
「理論上は、可能ですよ」
元々、『睡眠』は相手を少しウトウトさせる程度の効果の薄い魔法だと思われていた。
「でも今言ったことは全部推測なわけで、はじめからそんな使役魔犬なかったってことで、もう俺たちは合格でいいですか?」
「いや、試験は継続です! そ、そんな使役魔犬とか隠し扉とか私は知りませんがっ!」
「はぁ……。まあ、構いませんけど。これ以上何と戦えばいいんですか?」
「私の定義した『ここ』とは闘技場全体のことです! つまり、まだあなた達が倒すべき魔法生物はいるということです!」
ガラガラと再び闘技場の扉が開き、おかわりの魔法生物が連れてこられる。
「おいおい、こんなものまで持ち出すなんて、俺たちを文字通り潰す気だな」
それは十数メートルのゴーレムで、大扉を窮屈そうにくぐり抜けては、ズシンズシンと振動を伴って歩く、バーウィック最大のゴーレム・『ムンドゥス号』だった。




