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20話:懐かしの学び舎へ

「いいか、レーネ。俺は二度とあんなマネはしたくない」

「いいじゃないですか。主様の実力が私の正体にベールを掛けたのですから」

「でもやだ。俺は目立ちたくない。というわけで、役割ロールを決めよう」

 

 俺とレーネはバーウィックの正門を歩いていた。

 ちょうど新学期が始まる時期だったので、長期休暇明けの生徒たちがゾロゾロと登校しており、場違いな格好の俺たちを奇異の目で見てはヒソヒソと言葉をかわす。


 俺の制服はまだあったが、レーネに関してはこれから話を通さねばならない。

 目立ちたくないと言った手前、こればかりは仕方があるまい。

 

「何ですかあなた達!? ここをどこだと思っているんですか!?」

 

 出た出た。

 このタマがついてるのか疑いたくなる甲高い声で、ヒステリックにまくしたてるのは一人しかいない。


 眼鏡以外しわくちゃな顔になるのも納得できるくらい、怒りちらしている初老の男はバーウィック魔法学校教頭『鶏(と生徒たちの間であだ名される)』クリメント・クズネツォフだ。

 

「知ってるよ。『崇高なる魔術の学び舎バーウィック』だろ?」

「なっ、あなた!? 無礼ですよ! 学生なら名前と学年を名乗りなさい! それと隣の人はなんですか!?」

 

 正門前の騒動が気になった生徒たちが、俺たちを取り囲むように人だかりを作る。

 

「お久しぶりですね、教頭先生。6年生のクレオ・ルージュ、復学手続きのために戻りました。隣は従者のレーネです」

 

 普段レーネがしているように恭しく言う。

 隣のレーネも上品にお辞儀をする。

 

「るー……じゅ。ルージュ……? はて?」

 

 教頭は名前を反芻しながらパラパラと生徒名簿を捲る。

 しかし、そこに俺の名前はない。

 

「おい、あれって……!」「ああ、見たことある。『落第先輩デバフナード』だろ、あれ」「落第先輩ってあの伝説の卒業式の人!? てっきり田舎に帰ったのかと思っていたわ!」「そうそう、デバフ(笑)の研究ばっかりしていたら留年したでおなじみの」「私は餓死したと思ってたわ。だってあの人いっつも貧乏そうだったから」「落第先輩ウッスウッス!」


 ギャラリーが答え合わせをする。

 その声を聞いて教頭も思い出したようだ。

 

「ルージュ君!? 思い出しました! あなたは1年前に無断欠して以降、ずっと音沙汰なかったルージュ君ではありませんか!?」

 

「1年か……。社会から姿を消すには長すぎる時間が過ぎた。どうせ俺は行方不明か死亡扱いされているだろうが、それでも――」

「学費も未滞納! 学校を愚弄するふざけた態度です! 復学したい? そういうのは復学申請書を書いて正規の手順を踏むものです! 尤も今日で貴方はここの生徒でなくなりますがね!」

「『ここの生徒じゃなくなる』……?」

 

 教頭は眼鏡をクイと上げてニタァと笑う。

 

「ええ、今日付で生徒登録を抹消するつもりだったんですよ、あなた。今更来たって無駄なんです。どうせ消え去るんですから」

「あー、話しているとこ遮って悪いんですけど、ついでに俺の従者のレーネの入学手続きも済ませたいのですが」

 

「だ・か・ら! あなたのその大人を舐め腐った態度が気に食わんのですよ! 大体新学期始まった直後にそういう話するの非常識だとわかりませんか? わかりませんよね? 社会に出たことのないガキはこれだから嫌いですよ!」


 教頭の話は相変わらず長い。

 姦しい声でずっとまくしたてるから耳がキンキンする。

 

「まあ、ですよね。そう言うと思っていました。なのでこちらとしても要件を呑む『メリット』を提示しておきましょう」

「御託はいりません。誰か! 彼らを学外へ連れ出しなさい!」

 

 ガラの悪そうな生徒が何人か名乗り出て、にじり寄ってくる。

 

「へいへい、お安い御用で」「ほら、落第先輩、田舎で土いじりでもしてましょうね~」「落第先輩チスチス!」

 

 スッと懐から金貨を取り出す。

 

「何ですか? それっぽっちの金で買収しようと言うんですか? 平民の分際で!」

 

「こいつの全財産なんじゃねぇの?」「まさか1年間姿をくらましていたのって、この金貨を稼ぐためだった……!?」「盗んだじゃないの~」「やっぱり平民様は違うなぁ。金貨一枚で買収出来る気でいるなんて」「落第先輩オスオス!」

 

 俺もこの学校のことはよくわかっている。

 魔法を使う素質があれば平民でも受け入れているというのは建前。

 基本的にお貴族様に箔をつけるための学校だ。


 金とコネで無理を通す生徒たちの姿をよく見てきた。

 だから同じように『これから賄賂を渡しますよ』ってサインを見せてみたのだが、どうもわかってくれなかったようだ。

 

「金貨一枚で察してくれませんか……。全部見せないとダメですか?」

 

 仕方がない。

 空間圧縮箱を取り出し、開く。

 先程ギルドで換金してもらった数百とある金貨がジャラジャラと溢れ出す。

 

「平民のあなたがどうやって!? どっかから盗んだに決まっている!? そうなんでしょう、ルージュ君!」

「ここに領収証があります。冒険者ギルドで換金したもので、500万ソリドあります」

 

 教頭は俺から領収証をひったくるように取って、目を皿にして一字一句見逃さず読み、苦々しい声で言う。

 

「ぐぬぬ……、この領収証に間違いはないようですねぇ……」

 

 眉間のシワをさらに何層にもしてピクピクと厳しい顔の教頭と、周囲の困惑した反応も含めて不安になってくる。

 

「もしかして、足りませんかねぇ」

「足りないとかじゃない! ふざけるな! 認めないぞ! この金だってなんらかの犯罪じみた手段で手に入れたんだろう!? そうに決まっている! お前如きの実力でこんな大金を手に入れるはずがない!」

 

「実力で手に入れたってことを示せば、認めてくれるんですか?」

「誰もそんなことを言っていない! とっとと出ていけ!」

「いや、認めよう」

 

 鶴の一声、とはこういうことなのだろう。

 老人の低く重く威厳を携えた声が届いた途端、教頭も生徒たちも静まり返る。

 

「が、学長!?」

 

 俺たちを中心に取り囲む生徒たちを割って、俺のほうに歩いてくるのはエヴゲーニ・アタナソフ学長だった。

 一年ぶりに俺は学長と相対した。

 

「アタナソフ学長、ご無沙汰しております。お会いするのは卒業式以来ですね」

「ふんっ、まだ根にもっておったか」

「まさか! 当時の俺に、自分の理論を証明するに足る実力がなかったのは確かです。学長の沙汰に思うところないと言ったら嘘になりますが、今は学長の判断の正しさを噛みしめるばかり。俺はバーウィックの生徒として今度こそ理論を立証し、卒業証書を学長からもらいたいだけですよ」

 

 半分は本心だ。

 落第しなければ、地底の荒波に揉まれていなかっただろう。

 結果的に俺は自分の卒業研究を立証できるだけの力を手に入れた。


 だが、それはそれ、これはこれ。

 落第にしたということは俺の心血注いだ研究を否定したわけで、許したのではない。

 

「どうだかな。お前が卒業したいなら、再びわしの学び舎に通いたいなら、試験を受けてもらう。強くなったというなら力を示せ」

「俺の復学と従者の入学を許可していただき、ありがとうございます」

 

 俺とレーネは学長にお辞儀をする。

 学長は金貨の山と、従者として紹介されたレーネに品定めするような視線を送る。

 ニヤリと僅かに口角を上げたように見えた。

 

「勘違いするなよ。わしの個人的感情でいえば、お前は好かん。だがお前如き下賤の者でも我が校の益となるならば拾う。学園全体の利益と公平性を重んじただけだ」

 

 『学園全体の利益と公平性』ね。学長個人の私欲のためだろうて。

 本当にそんなことを考えているのなら、一生徒の卒業研究を「一考の余地もなし」と握りつぶしたりしない。

 

 それだけ言うと、学長は踵を返す。

 納得行かないように教頭が追いすがるが――


「しかし、学長……!」

 「試験内容を考えるのは任せた。異議はないな、クズネツォフ教頭?」

 

 答えは聞くまでもないのだろう。

 学長は教頭には一瞥もくれず、その場を離れていく。

  

「ぐっ……! うう……、いいでしょう! 公衆の面前で私の顔に泥を塗ってくれたのです! そのふざけた態度を矯正してあげます! あなた方がバーウィックにふさわしいか、試験内容は私が決めます! 覚悟しておくことですね!」

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