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2話:奈落――複雑骨折の治し方

 魔術の素養を認められてバーウィック魔法学校から入学許可証を受け取ったとき、村人総出で祝ってくれたな。

 収穫したばかりの芋をふんだんに使って、マッシュドポテトとポテトサラダとベイクドポテトの芋パを開いたもんだった。

 村のみんなが出し合ったなけなしのお金を持たせて送り出してくれたっけ……。


 ――止めろ!


 これは走馬灯じゃないか……!

 縁起でもない! 

 ここで死ぬつもりか? 

 まぶたを開け! 

 手足を動かせ! 

 痛みを感じろ! 

 あれだけ体を食われたんだ、痛みがないわけがない! 

 痛みが俺の意識を覚醒させてくれる……。


 無痛とは死への甘い誘惑。


 ……。

 …………。

 ………………。


 あ、やばい。

 意識がまた持ってかれる。

 過去の記憶が永遠に同じ三文芝居ソープオペラを続けるシアターのように蘇ってくる。

 

 ……そうだ、俺は入学して早くも現実を知ったんだ。

 学園は伝統的な貴族(魔法使い)の家系が優遇される封建社会の縮図で、農村出身の俺は入学早々、白い目で見られていた。


 なにより魔術の素養を受け継いでいない俺では使える魔法も、絶対的な魔力量も限られていた。

 だから座学以外の成績はいつも最下位ブービー、唯一座学で一位トップだったからここまでやってこれたようなものだ。


 同級生による『決闘イジメ』、教師からの明らかに不当な評価、押し付けられた雑用をこなしていると必ず嫌がらせされる日々……全部クソッタレだった。

 でも自分にも魔術師としての道が残されていると信じて耐えて耐えて、そして―。


 卒論発表。


「デバフが強いのは引き算ではなく割り算で計算する魔法が多いというところにあります。例えば毒付与のスリップダメージは固定値でなく割合で削ります。

つまり、理論上はどんな高耐久力の強敵も割合ダメージで削る事が可能です。攻撃力・防御力・スピードそれぞれ1%になるまで弱体化デバフをかければ、無力化も可能ということです」


「これでクレオ・ルージュ君の卒業論文発表は以上です。それでは質疑応答に移らせていただきます。質問のある方は挙手をお願いします」

「はいはい、しつも~ん! でもそれって理論上であって、現実にはそんなに効果量の高いデバフはないし、付与成功率低いから、魔術耐性の高い敵相手には効きませんよね~?」


「まあ、あの……。効果量や付与成功率に関しては相手とのレベル差、スキル、装備に依存するところではありますが、重ねがけすることで理論値を出すことは可能ですので……」

「フッ、『理論値』ねぇ。便利な言葉ですね~。この研究は理論値の追求ばかりですが、これ実践で役に立つんですか~?」


「あんたは学生の研究に何求めてんだよ……! そもそも理論を求めるのが魔術の研究じゃないのかよ!」

 ……という反論は胸にしまい込んで――。


「仰る通り、実践での検証はスライムのみでして、割合効果の魔法だと下級の魔物だとデータに差異が出づらくて、有用性が数値として現れづらいというのがありまして……。ただ、効果量が固定値の場合は下級の魔物にもレベルを上げれば十分有効だという結果もあります。割合効果も検証結果と理論からは強力な魔物ほど効果的というのが今回の研究から考察できます。なので強力なデバッファーなら、実践でもパーティのサポートに留まらない活躍が見込めるというのが私の考えです」


「え? お考えだけ!? じゃあ妄想だけで実用性皆無のカス魔法の研究してたってことですか~?」


 何が面白いのか周りがドッと笑いに包まれる。誰も使わない魔法で粋がる落ちこぼれを貶めようという意志の表れだろう。


 魔術会の主流は攻撃魔法や回復魔法であり、弱体化・状態異常魔法なんて異端もいいところだ。

 バーウィックでも受講者が20人にも満たないマイナー科目となっている。

 だがここで否定されたまま引き下がっては、入学してから今日までずっと研究してきた自分の努力そのものを否定することになる。


「いいえ、弱体化・状態異常魔法の唯一無二なところとして、使用者の魔力に左右される魔法が少ないというのがあります」


「わかるよ? メジャーな魔法だとほかと比べて君の魔力じゃ見劣りしてしまう。スライムしか相手にできないもんねぇ。だから先行研究の少ない弱体化・状態異常魔法なんて選んだんだよね? “オリジナリティ”なんて言えば聞こえはいいけど、悪く言うとそれって“逃げ”だよね」


 言わせておけば、次から次へと嫌味が飛んでくる。

 一体どんな生き方をすれば人の神経を逆なでするような言葉だけ選んで話せるのか。

 苛立つ気を鎮めるように深呼吸。


「仰る通り、私の魔力が至らないのは事実です。しかし、決して逃げではありません。むしろこれは私なりに見出した活路です。私のように魔力に劣る者も『デバッファー』としてなら、十分に活躍し得ます。魔力=火力と見る今の魔法協会の魔力至上主義に新たな風をもたらすことにも――」

「はいはいオツカレ、変人ナードくん。君の研究、デバッファー……だっけ? ま、社会に出てなにかの役に立つといいね」


 そんな捨て台詞とともに質疑応答は終わる。j

 ヒソヒソとどよめく侮蔑が止まない。

 フツフツと沸き立つ怒りが止まない。

 結局こいつらは何も理解しない/するつもりがない。

 ただ俺を吊し上げてお祭りのくす玉のように叩きたいだけなのだ。


 ――ふざけやがって……。


 握った拳から血が滲んだ。

 そんなに可笑しいかよ……!?

 俺の魔法学校での研鑽の日々が……!

 唯一見つけた魔術師として活きる道が……!

 それに必死にすがる俺が……!

 滑稽だっていうのか!?


 ……。

 …………。

 ………………。


「あああああぁぁぁ!!」


 慟哭とともに覚醒する。

 こんな走馬灯の中で死ぬのは嫌だ……!

 いかに傷だらけでも肉体的苦痛を遮断していた俺の意識が、苦痛に満ちた記憶に目覚めるなんて。

 

 意識が戻るとともに、体中の痛みも思い出したようだ。

 固く冷たい岩に血がどくどくと流れていく。

 俺の一部だったものが、体を離れてただの液体酸化鉄となっていくのだ。


「くっ、停滞せよ(ステイシス)!」


 俺はなんとか動く右手と握られていた魔杖で、自身の循環系のみに弱体化『停滞』を打ち込み、血の巡りを遅らせ出血を抑える。

 傷口ごと塞ぐような回復魔法の完全下位互換な応急処置だが、俺に使える魔法はこれくらいしかない。


「……麻痺せよ(パラライズ)!」


 次いで岩床に叩きつけられて軋む体に部分的に『麻痺』をかけて、痛覚が麻痺させる。

 ありえない方向に関節の曲がった片足を引きずり、魔杖を支えにしながら辛うじて歩くことができた。

 精密性を極度に高めることによって、弱体化魔法をピンポイントな無力化と部分的な応急治療に応用する方法論――俺の研究テーマの一つだ。こんな形で役に立つのは皮肉だが。


「ハハ……。俺の研究も……捨てたもんじゃないだろ……」


 自分に言い聞かせるようにひとりごちる。

 しかしこれで俺の魔力は完全に尽きてしまった。

 今の俺はただの死にぞこないだ。


 それでも。


 ズキズキと痛む体に鞭打って――。

 歩き出す。


 脚から骨がむき出しになっていようと――。

 血を大量に失っていようと――。

 痛みで冴えた頭を回転させて、歩く。


 魔力の気配を感じるほうへ歩むのは、リスクのある行為だ。

 落下した先がどこかわからないがおそらくダンジョン最深部、強力な魔物と出くわす可能性が遥かに高い。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それがヒントだった。生存本能のまま数歩歩いた先に青白い光が見えた。


()()()()()……」


 青白く輝くのはダンジョンに点在する回復の泉。

 ポーションの原料となる治癒効果のある水が湧き出るポイントだ。

 魔物たちはこの泉を毛嫌いして寄ってこないので、冒険者たちの休憩地点として重用されている。

 この泉の周辺も微弱ながら回復効果のある空間になっている。そのおかげで俺もまだ生きている。


 俺は魔力で光り輝く泉から水をすくい、飲み込む。

 そして浴びるように何度も体に水をかけていく。

 みるみるうちに傷が塞がり、魔力が満ちていく。


「信じられねぇ。なんて幸運だ!」


 いや、それも道理かもしれない――と考え直す。

 このベルホフが低級迷宮に指定されている理由は出てくる魔物の等級が低いだけではない。

 回復の泉が他の迷宮と比べても出現頻度が高いのだ。

 ここも深部とはいえ、ベルホフの一部であることに変わりはないのだから、遭遇するのも確率的に高いといえる。


 ランダムに湧き出ては枯れる魔力由来の湧き水の正体は未だ謎だが、階層の出入り口に頻出するという話もある。

 俺の落下してきたクレパスが入り口だと定義されたなら……ありえない話でもない。


 そのように考察しながら妖しげな光を発する泉を眺めて、ふいに気づく。

 本来真っ暗なはずの最奥の洞窟のはずなのに光源がこれだけではないのだ。

 先程までは瀕死の状態で、回復の泉を見つけることしか頭になかったから気が付かなかったが、この階層は明るすぎる。


 頭上から降り注ぐほのかな光を感じ取り、俺はソレを見上げる。


「おいおい、嘘だろ……」


 それは“月”だった。

 神話に謳われる古龍がえぐり取ったかのような広大な鍾乳洞の中心には、まばゆく輝く巨大な球体が浮かんでいたのだ。


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